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著作権判例セレクション

【一般不法行為】「アイデアの盗用」に基づく不法行為の主張を退けた事例/「交渉行為として社会的に相当な範囲を超えたもの」として不法行為性を認定した事例

▶令和6118日東京地方裁判所[令和4()70089]▶令和6828日知的財産高等裁判所[令和6()10016]
() 本判決(控訴審)の本文中において用いる略語の定義は、次のとおりである。
原告 被控訴人(原審本訴原告・反訴被告)
被告 控訴人(原審本訴被告・反訴原告)
本件実用新案権等 原判決別紙「被告実用新案権等目録」記載の実用新案権及び著作権
被告アイデア 被告が原告に対し平成26年頃に提案した「送る人も受け取る人も伴に徳をもたらす」というアイデア
本件施策 年賀はがきに関する販売促進施策として原告が実施した「送る人にも福来たるキャンペーン」
A 原告従業員のA
本件通知書 原告訴訟代理人が被告に送付した平成31年4月2日付け「通知書」
(事案の要旨)
⑴ 原告は、郵便法の規定により郵便業務等を営む株式会社であり、被告は、本件実用新案権等を有する者である。被告は、被告アイデアを考案し、平成26年頃から、原告に提案したことがあった。他方、原告は、平成31年用年賀はがきに関する販売促進施策として本件施策を実施した。
⑵ 本件本訴は、原告が、被告に対し、① 被告が、原告の本件施策について、平成30年11月頃から本件実用新案権等の侵害等を理由に継続的に金銭の支払等を原告に要求したと主張して、原告の被告に対する本件実用新案権等の侵害の不法行為に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務がいずれも存在しないことの確認を求めるとともに、② 被告が、平成31年4月頃、原告から前記要求に応じない旨の回答を受けたにもかかわらず、その後も3年以上にわたり執拗に要求を繰り返すなどしたことは、原告に対する不法行為を構成すると主張して、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として200万円及びこれに対する不法行為後の日である令和5年1月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
本件反訴は、被告が、原告に対し、本件施策は被告アイデアと同じ意味・目的を有するものであるから、原告が被告の了解なく本件施策を実施した行為は被告アイデアの盗用であり、また、原告訴訟代理人が、被告に対し、平成31年から令和4年12月まで、民事・刑事を問わず法的措置を執るなどと述べて脅迫したことも不法行為を構成すると主張して、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として2000万円(一部請求)の支払を求める事案である。
⑶ 原審は、原告の本訴請求は、前記債務が存在しないことの確認を求め、また50万円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして一部認容し、その余の本訴請求及び被告の反訴請求は理由がないとしていずれも棄却した。これに対し、被告が敗訴部分を不服として本件控訴を提起した。

[原審]
1 本訴請求のうち債務不存在確認請求について
原告は、本件において、原告の被告に対する本件実用新案権等の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務の不存在確認を求めている。
これに対し、被告は、その請求棄却を求める一方で、令和 5 5 11 日実施の第3 回弁論準備手続期日において、本件施策につき、原告の被告に対する本件実用新案権等の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務や不当利得返還債務の存在に関する主張立証の予定はない旨を述べた。
また、これらの債務の存在を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の被告に対する上記各債務は存在しないものと認められる。
これに反する被告の主張は採用できない。
2 反訴請求について
(1) 事案に鑑み、まず、争点 2-1(被告の原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の有無)について判断する。
ア 被告は、まず、原告が被告の了解なく本件施策を実施したことは被告アイデアの盗用に当たるなどとして、原告の行為が被告に対する不法行為となる旨を主張する。
しかし、そもそも、被告アイデア(「送る人にも受け取る人にも伴に徳がある」)は、年賀はがき等を受け取った側だけでなく、送った側にも賞金等何らかの利益を付与することにより年賀はがき等の販売促進を図るというものであり、単なるビジネス上のアイデアに過ぎない。しかも、被告アイデアに類似する施策は原告において遅くとも平成19年以降何度も実施されていたことに鑑みると、被告アイデアは、被告が原告に対して提案した平成26年時点において、既にありふれたものであったといえる。また、上記事情を踏まえると、原告は、被告による被告アイデアの提案とは無関係に本件施策を実施したことがうかがわれ、本件施策の実施をもって被告アイデアを盗用したとはいい得ない。そうである以上、原告がその実施に当たり被告の了解を得るべき理由も必要も認められない。
また、本件著作権に係る著作権登録においては、平成元年120日をもって「著作物が最初に公表された年月日」とされているが、これを裏付けるに足りる証拠はない。その点をひとまず措くとしても、その登録日はこれに遥かに後れ、被告が原告に対し被告アイデアを提案等した平成26年よりも更に後の平成 2891日である。しかも、本件実用新案権に係る実用新案登録出願は平成2511月に行われたところ、その願書に添付された明細書及び図面には、本件著作権に係る著作権登録において「著作物の種類及び内容」欄に「著作物の内容又は体様」として表示されているものとほぼ同一の構成が記載されている。そうすると、本件著作権に係る著作物が最初に公表されたとされる上記日付の記載につき、裏付けなくこれをにわかに信用することはできない。そもそも、本件著作権に係る著作物として登録されているのは、「送る人にも受け取る人にも徳がある」ないしこれに類する文章表現ではない。
これらの事情を総合的に考慮すれば、被告が、平成26年頃から本件施策が実施されるまでの数年間、bに対し継続的に被告アイデアの提案ないし売込みをしてきたとしても、原告による本件施策の実施をもって被告との関係で違法なものとはいえない。その他原告の行為が被告に対する不法行為に当たると評価すべき事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
イ 次に、被告は、被告による対価支払要求に対する原告訴訟代理人の対応は被告に対する脅迫、名誉毀損であり、このような原告の行為は被告に対する不法行為に当たる旨を主張する。
しかし、上記のとおり、そもそも、原告による本件施策の実施は被告に対する不法行為に当たるものでなく、原告が被告による対価支払要求を拒絶したことも、何ら違法ないし不当なものではない。
また、前提事実、証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、bは、平成301220日付け文書により、被告に対し、本件施策は被告の提案等を採用したものではなく、かつ、本件実用新案権等に抵触するものではないこと等を回答したこと、これに対し、被告は、同月26日付けで、原告に対し、「世論に問えば生涯の汚点を残す」、「「ことが大きくなる前に」解決をしたい」などと記載した文書を送付したこと、その後被告から送付された文書の内容をも踏まえ、原告訴訟代理人は、本件通知書により、被告に対し、被告の要求に法的根拠がないことを説明した上で、「万一、貴殿が事実を歪曲して本件を公表する行為に及んだ場合、名誉毀損罪…及び業務妨害罪…に当たる可能性があり、また、上記態様により対価を要求する行為は恐喝未遂罪に当たる可能性があります…。通知人はむやみに紛争を好むものではありませんが、万一、貴殿が上記行為に及んだ場合は、通知人は、やむを得ず、民事・刑事の法的措置を執る可能性がありますので、念のため申し添えます。」との通知を行ったこと、その後も被告に対する通知書において同様の注意喚起を行ったことが認められる。
このような原告及び原告訴訟代理人と被告との間で行われた一連のやり取りの経緯に鑑みると、原告訴訟代理人が、被告に対し、被告の行為が名誉毀損罪等に当たる可能性があり、その場合、民事・刑事の法的措置を執る可能性がある旨を回答したこと及びその後も同様の注意喚起を行ったことは、被告の要求に対する回答としてなお社会的に相当な範囲にとどまるものであり、違法なものとして不法行為責任を生じさせるものとはいえない。
したがって、この点に関する被告の主張も採用できない。
(2) 小括
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権(及び不当利得返還請求権)を有しない。
3 本訴請求のうち損害賠償請求について
(1) 前提事実、前記認定事実、証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告は、原告が本件施策において被告アイデアを採用したなどと考え、平成301118日付け文書により、原告に対し、上記使用の対価等に係る契約の締結に関する打合せの実施を求めたが、bは、同年1220日付け文書により、原告に対し、本件施策は被告の提案等を採用したものではないなどと回答した。
これに対し、被告は、原告(b)に対し、同月26日付け文書により、「まさに、通常世間でいう“パクリ”とはこの事だと痛感したところです」、「過去4年間も引き伸ばし、発売する当日も知らされずアイデアを「パクる」とは半官のやるべきことではないと憤りを感じずにはいられないところです。その代償は大きい。」、「訴訟は損失と時間の無駄であり責任者の有無を問うため、世論に問えば生涯の汚点を残す。」、「来る平成31120日までに次なる回答か会見を「ことが大きくなる前に」解決をしたいので、返答をお待ち致します。」、「今度封書にてb氏に提出いたしましたが文書…及び証拠…に対し貴社代表取締役…及び会長…に本状が万が一届かない場合、また、受け取り拒否や対応、証拠隠滅した場合には即日公表する準備は整っていること…を申し述べておきます。」などと返答した。
イ 被告は、原告(b)に対し、平成31116日付け文書により、「私供は、要求を満すため、別紙の通り、契約書の「ひな型」を作成し事前にお送り致します。」、「b様のみではお話が出来かねますので、責任ある方とお話をさせて頂きたく、ご準備のほどお願いいたします。」、「万が一お知らせがない場合には、前回申し上げていた通りに、「世論及社内的」に不本意ながら実行をするしかありません。」などと伝えた。
また、同文書に別紙として添付された「(仮)契約書」には、被告が原告に対して本件実用新案権等及び被告アイデアの全部又は一部を譲渡することや、その対価として原告が被告に対し契約金等を支払うこと等の契約条項が記載されている。
ウ 原告(b)は、被告の平成301226日付け及び平成31116日付け各文書に対し、平成31118日付け文書により、被告アイデアについて、商品購入者に抽選で賞品を提供するというアイデア自体はありふれたものであり、法的保護を受けられるものではないこと、原告は、被告から被告アイデアの提案を受ける前であり、本件実用新案権の登録出願前である平成25111日から、平成26年用年賀はがきの販売促進施策として本件施策と同様の仕組みのキャンペーンを実施していたこと、本件施策は本件実用新案権等を侵害するものではないことを指摘した上で、原告が正当な理由のない被告の対価支払要求に応じることは一切ないこと等を回答した。
エ 被告は、原告(b)に対し、平成3121日付け文書により、「そうであったのなら「最初から解っていながら嘘ついて」アイデアを引張り出し今まで来たのか、と憤慨いたしました。」、「類似商品であったなら、持ち込んだ折、断るのが常識ではないか、…今さら実案や著作権が少々違うなんと言ってる場合ではない。」、「この件を貴社社長…、会長…及日本郵政…に、会う事を拒否できない要人と一緒に近日中に会見を申し入れます。」、「私共を少し甘く見られたようで、非常に残念です。」、「どちらでもかまいませんが、ない場合は、かならず遂行致す事をお約束致します。」などと伝えた。
オ また、被告は、原告の社長等及び日本郵政社長に対し、同月22日付け文書により、「4年経って今更類似であるとか、抵触していないとか、今日まで当方のアイデアを引っ張り出し不条理だとは思いませんか。」、「このアイデアが貴社に届くまでには社長様方ご存知とは思いますが3名の要人の方々が関与されておられますが、経緯を申し上げましたら不信がられておられ私共申し開きに難儀致しているところです。また、お話が大きくなるのを最小限にと考えております。」などと伝えた。
他方、bに対しては、被告は、同年315日付け文書により、上記文書を原告社長等に送付したこと及びこれに対する回答を受領していないためbから直接同封書類を渡してほしい旨を伝えると共に、「私共も、いろいろと知識人の方々に相談いたしましたらトップの方々から前向きのお返事がもしいただけなかったら、公にするか、裁判にするしかないだろうとの意見が多々でした。」、「先般より、私の空手道と発明が、月刊誌と週刊誌に掲載され、全国的にマスコミ等に取り上げて頂けるようになりました。…多少下話しで年賀ハガキの件も話しております。」などと伝えた。
カ 原告訴訟代理人は、本件通知書により、被告に対し、本件施策の実施は本件実用新案権等を侵害するものではなく、対価の要求には法的根拠がないから、被告の要求に応じることはできないことを伝えると共に、被告が事実を歪曲して本件を公表し、対価を要求した場合には名誉毀損罪や恐喝未遂罪等に当たる可能性があることを指摘し、その場合、原告はやむを得ず民事・刑事の法的措置を執る可能性がある旨を通知した(前記2(1)イ)。
キ その後、被告は、別紙「文書送受信時系列(平成301118日以降)」の「被告発信文書」欄記載のとおり、平成31410日~令和41124 日の間、原告に対し 20件、日本郵政株式会社に対し3件の文書を送付して自己の要求を繰り返し、総務省に対し4件の文書を送付して本件に関する原告の苦情を述べた。
その間、被告は、原告に対し、令和4615日付け文書により、「先般より、「発明家の光と影」の出版が締め切りに近づき、貴社との「年賀はがき」の件も最終的にまとまりましたので、その内容を送ります。」などと伝えると共に、「㊵ あなたも私も徳をする年賀はがきシステム(日本郵便にパクられた)」などと記載した文書を添付した。
また、被告は、原告に対し、同年1022日付け文書により、「先般、令和4525日付にて、貴方郵便より標記の件につき、「法的処置を準備中である」とご通知をいただきました。…令和41020 日現在までいまだ何の通知もありません。単なる一般市民のアイデア提供者に対し法を片手に脅しを日本郵便はする企業なのでしょうか?」、「来る令和4115日までにこの問題の解決をどうするか弁護士殿の個人の見解ではなく日本郵便としての方針を期日までにご返答してください。
もし脅しであるとすれば、日本郵便及び顧問弁護士村西大作氏に対し由々しき問題として発展していくことを申し述べておきます。」などと伝えた。
さらに、被告は、同年1112日付け文書により、原告社長、b及び原告訴訟代理人に対し、上記書面に対する回答がされず放置されたとして、警察に対し上記3名の刑事告発をすること、原告訴訟代理人につき詳細な経緯を懲罰委員会に提出して懲戒請求すること、「今日までの経緯の中、前記のような事例が裏で行われていることの「是非」を世論に問うため週刊誌やその他の機関に証拠をもって情報を近日提供する」こと等を伝えた。
【ク 被告の上記対応に対し、原告訴訟代理人は、原告の代理人として、平成31年4月25日から令和4年5月25日までの間、被告に対し、合計5件の回答ないし通知文書を送付して対応した。そして、このうち、令和4年5月25日付け文書では、原告は、被告に対し、被告の主張には理由がなく、数年にわたる被告との不毛なやりとりを終結させるべく法的措置の準備を進めている旨を伝えた。
しかし、その後、前記キのとおり、被告は、同年10月22日付け文書を送付して、原告がアイデア提供者に対し法を片手に脅しをするのであれば、原告及び原告訴訟代理人に由々しき問題として発展していく旨を伝え、さらに、同年11月12日付け文書を送付して、被告は、刑事告発、弁護士懲戒請求及び週刊誌等への情報提供を行う意向であり、原告がアイデア提供者である一般市民を侮り平然とそのアイデアを盗用していることに理不尽極まりなく思っているから、本件については「和解」以外は全てを取り下げる考えは今のところなく、必ず近日のうちに実行する旨などを伝えた。
そこで、原告は、同月21日付け文書により、「既にお伝えしたとおり、通知人は貴殿の要求が不当であることを法的に明らかにするための法的措置の準備を進めており、年内に提訴する予定です」などと伝えた。
その後の同年12月5日、原告は、本件訴訟を提起した。】
(2) 争点 1-1(原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の有無)について
ア 前記のとおり、そもそも、原告による本件施策の実施は、被告との関係で不法行為を構成するものとはいえない。
また、前記認定事実によれば、被告は、bから平成31118日付け文書を受領したことにより、本件施策と類似した施策が数年前から実施されていたことを知り、本件施策が被告アイデアを採用したものではないことを理解し得たといえる(なお、被告の同年21日付け文書は、これを理解したことを前提としたものとも見得る。)。
にもかかわらず、被告は、当初はbに対し、その後原告社長等に対しても、3年以上かつ合計20回以上という長期かつ多数回にわたり、本件施策に係る対価の支払を要求する文書を執拗に送付し、その間、原告が原告訴訟代理人に被告への対応を委任した後もそのような態度を変えることはなく、剰え、被告の言い分に理解を示す有力者の関与ないし介入や被告の言い分に基づく書籍の出版ないし週刊誌等のマスメディアへの情報提供等を明示的又は暗に示唆し、遂には、原告社長、b及び原告訴訟代理人の刑事告発等を示唆するに至ったものである。
このような経緯等を踏まえると、遅くとも本件通知書を受領した後の被告の一連の行為は、原告に対し、社会的に受忍すべき限度を超えて執拗かつ一方的に対価の支払を要求するなどしてその業務を妨害し、本件訴訟の提起を余儀なくさせたものとして違法であり、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
したがって、原告は、被告に対し、不法行為(民法 709 条)に基づく損害賠償請求権を有する。
イ これに対し、被告は、原告に被告アイデアを盗用されたと考えていたため抗議するのは当然であり、原告に無視し続けられたことから、やむを得ず、刑事告発や懲戒請求をするほかないと決断して、これを原告に通知した旨などを主張する。
しかし、被告は、本件通知書により原告訴訟代理人から被告の言い分に対する法的見地からの原告の反論が示された後も、前記のとおり、長期間かつ多数回にわたり、法的正当性を裏付ける資料等を示すことなく、しかも、被告の言い分を受け入れなければ原告やb個人等が何らかの不利益を受けかねないかの如く仄めかしながら、自己の言い分を執拗に主張し続けたものというほかない。この点に関する被告の主張は採用できない。
(3) 争点 1-2(原告に生じた損害の有無及びその額)について
原告は、原告訴訟代理人への委任後に限っても、被告による上記不法行為により複数の通知書の送付や本件訴訟の提起といった対応を余儀なくされ、その遂行のために原告訴訟代理人との委任契約の締結並びにこれに基づく弁護士報酬及び実費の支払という経済的負担を強いられたことが認められる。
これにより支出した費用は、被告の不法行為に起因する原告の損害といえる。
被告の上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額としては、本件事案の内容等を考慮すると、50万円をもって相当とすべきである。これに反する被告の主張は採用できない。
(4) 小括
したがって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、50万円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為の後である令和5115日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金請求権を有する。

[控訴審]
1 当裁判所は、原告の本訴請求は、原告の被告に対する本件実用新案権等の侵害の不法行為に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務がいずれも存在しないことの確認を求め、また原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求のうち11万円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから一部認容すべきものであり、原告のその余の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 原告の本訴請求のうちの債務不存在確認請求について
原告の本訴請求のうち、原告の被告に対する本件実用新案権等の侵害の不法行為に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務がいずれも存在しないことの確認を求める部分に理由があることは、原判決の…に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 被告の反訴請求について
反訴争点2-1(被告の原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の有無)について
⑴ 被告の反訴請求である被告の原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求に理由がないことは、原判決の…に記載のとおりであるから、これを引用する。
⑵ 被告は、当審における補充主張において、被告アイデアは、年賀はがきの授受を行う者双方が抽選により商品等を受け取れる「方法論」を提案したものであり、原告はこれを盗用したなどと主張する。しかし、原告は、既に平成19年以降、所定の枚数以上の年賀はがきを予約し、又は購入した者に応募はがき又は抽選券を交付し、抽選で当選した者に商品等を提供するという内容の施策を複数回実施してきたのであるから、年賀はがきを購入した者も抽選により商品等を受け取ることができるようにするというアイデアは、これが仮に「方法論」だとしても、原告に提案がされた平成26年時点では特に独創性のあるものではなく、ありふれたものになっていたというべきである。したがって、本件施策が被告アイデアに基づき実施されたものと認めることはできないし、本件において被告アイデアが法的に保護すべき利益となるものと解することもできない。よって、被告の前記主張を採用することはできない。
被告は、当審における補充主張において、原告訴訟代理人は、執拗に、法的措置を取るなどの脅しともとれる言動をしたと主張する。しかしながら、原告訴訟代理人は、平成31年4月2日付け本件通知書を被告に送付した以降も、被告との間の文書のやり取りにおいて、被告による対価の支払要求に対しては一貫してこれに応じることはできない旨を回答し、加えて、本件の公表等に言及する被告に対し、今後の被告の行為が原告や原告訴訟代理人の業務妨害に当たる場合には、原告や原告訴訟代理人は被告に対し、民事・刑事を問わず法的措置を執ることがある旨(令和元年12月2日付け文書)、被告が出版を意図する書籍において、本件に関し、客観的真実に反し、原告やその役員、従業員又は原告訴訟代理人の名誉を毀損する可能性のある内容を掲載した場合には、やむを得ず、民事・刑事の法的措置を執る可能性がある旨(令和4年3月15日付け文書)、被告から送付された原稿は前記内容を含むので掲載を容認することはできず、掲載された場合には、法的措置を執る可能性が極めて高い旨(令和4年5月28日付け文書)を伝えているものであり、被告による対価の支払要求に応じられないとする回答として社会的に相当な範囲にとどまるものというべきである。よって、被告の前記主張を採用することはできない。
4 原告の本訴請求のうちの損害賠償請求について
    認定事実
原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求に係る認定事実は、原判決の…を次のとおり補正するほかは、原判決の…に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(略:原審【 】内参照)
⑵ 本訴争点1-1(原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の有無)について
ア 前記のとおり、本件施策は被告アイデアに基づいて実施されたものではないから、原告による本件施策の実施は、被告との関係で何ら被告の法的に保護すべき利益を侵害するものではなく、不法行為を構成しない。そして、被告は、Aから平成31年1月18日付け文書を受領したことにより本件施策と類似した施策が数年前から実施されていたことを知ったのであるから、本件施策が被告アイデアを採用したものではなく、被告に対する不法行為を構成するものではないことを容易に理解することができたというべきである。
それにもかかわらず、被告は、その後も、当初はAに対し、その後は原告社長等に対し、3年以上、合計20回以上という長期、多数回にわたり、本件施策に係る対価の支払を要求する文書を送付している。その間、被告は、原告が被告への対応を委任した原告訴訟代理人から平成31年4月2日付け本件通知書及びその後の送付文書により、一貫して対価の支払要求に応じることはできない旨及びその理由を伝えられていた。しかし、被告は、みずからの主張の是非を顧みることなく、対価の支払要求を続けたのみならず、被告の言い分に理解を示す有力者の関与ないし介入や被告の言い分に基づく書籍の出版ないし週刊誌等のマスメディアへの情報提供等を明示的又は暗に示唆するに至っている。すなわち、被告は、原告訴訟代理人の令和4年5月25日付け文書により、数年にわたる被告との不毛なやり取りを終結させるべく法的措置の準備を進めている旨伝えられた後も、同年10月22日付け文書及び同年11月12日付け文書を送付し、原告がアイデア提供者に対し法を片手に脅しをするのであれば、原告及び原告訴訟代理人に由々しき問題として発展していく旨、また、原告がアイデア提供者である一般市民を侮り平然とそのアイデアを盗用していることに理不尽極まりなく思っているから、必ず近日のうちに実行するなどとして、遂には、原告社長、A及び原告訴訟代理人の刑事告発等を示唆しながら、原告に対し譲歩を迫り、結局、同年12月5日、原告により本件本訴が提起されるに至ったものである。
もとより、対立する当事者間において、双方が相手に譲歩を求めるために主張のやりとりをすることは通常のことであり、交渉過程において、自らの従前の主張を維持したからといって、それが直ちに不法行為になるわけではない。しかし、前記認定した本件の経緯等を踏まえると、少なくとも令和4年5月に原告から原告訴訟代理人を通じて法的措置を準備している旨の通知を受けた後に至ってもなお、同年10月及び同年11月に各文書を送付し、さらに刑事告発等を示唆しながら和解での解決を求めた被告の行為は、その主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、かつ、そのことを知り又は容易に知り得たにもかかわらず、新たな根拠を追加することなく、あえて従前と同じ主張を繰り返し、原告に対し一方的に対価の支払を要求し続けたものであって、その態様に照らし、社会的に相当な範囲を超えて原告の業務を妨害したものとして違法であり、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
したがって、原告は、被告に対し、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求権を有する。
イ これに対し、被告は、原告に被告アイデアを盗用されたと考えていたため抗議するのは当然であり、原告に無視し続けられたことから、やむを得ず、刑事告発や懲戒請求をするほかないと決断して、これを原告に通知した旨などを主張する。
しかし、前記認定したところによれば、被告は、本件の交渉過程を通じ、自らの主張する権利又は法律関係が法律的、事実的根拠を欠くものであり、かつ、そのことを知り又は容易に知り得たものというべきである。それにもかかわらず、被告は、何ら新たな根拠を示すことなく、従前と同様の対価の支払要求を繰り返した上、被告の言い分を受け入れなければ原告やA個人等が何らかの不利益を受けかねないかの如くほのめかすに至ったものであるから、その行為は、交渉行為として社会的に相当な範囲を超えたものと評価せざるを得ない。よって、被告の主張を採用することはできない。
ウ 被告は、当審における補充主張において、アイデア提供者に支払を命ずる原判決は一般常識として相当でないと主張するが、前記のとおり、被告の行為には、社会的に相当な範囲を超える部分があったものと認められる以上、被告の主張に理由はなく、これを採用することはできない。
⑶ 本訴争点1-2(原告に生じた損害の有無及びその額)について
原告は、前記被告の不法行為により、その業務を妨害され、本件訴訟を提起するなど対応を余儀なくされ、有形無形の損害を被ったと認めるのが相当である。しかるところ、前記のとおり、主張が対立する場合に当事者が交渉を行うこと自体は違法ではなく、本件における被告の行為の違法性は、その主張の根拠及び態様に照らし、交渉行為として社会的に相当な範囲を超える部分について認められるべきであることその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告の不法行為に係る原告の損害額は10万円と評価するのが相当である。また、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額としては、原告に生じた損害の1割相当額である1万円をもって相当とすべきである。
5 小括
以上によれば、原告の本訴請求は、原告の被告に対する本件実用新案権等の侵害の不法行為に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務がいずれも存在しないことの確認を求め、また原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求のうち11万円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告のその余の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がない。
そして、当事者の主張に鑑み、本件記録を検討しても、この認定判断を左右するに足りる的確な主張立証はない。
第4 結論
よって、原判決は一部相当でないから、これを変更することとして、主文のとおり判決する。