Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

設計図書(個人住宅の建築のための建築設計図面)の著作物性を否定した事例

▶平成141219日東京地方裁判所[平成14()2978]
()原告は建築の設計監理等を業とする会社であり,被告の依頼によりその自宅の設計図面を作成して被告に交付したが,その後両者の間の契約が解消されたため,被告は別の業者に自宅の設計監理を依頼した。
原告は,①被告は原告の許諾を得ることなく原告作成の設計図面を利用して別の業者をして設計図面を作成させたものであり,被告の行為は著作権(複製権)及び著作者人格権の侵害に当たる,②被告の上記行為は,知的創造物に対する法的利益を侵害する民法上の一般不法行為に当たる,③被告の上記行為は,契約終了に伴う信義則に違反する,④被告が,上記行為により,設計料相当額の支払を免れたことは不当利得に当たると主張して,被告に対し,損害賠償を求めた(上記①ないし③の請求は選択的併合の関係にあり,同④は予備的な請求である。)。 これに対し,被告は,原告作成の設計図面が「著作物」(著作権法10条1項6号)に該当することを争うほか,被告の行為は民法上の一般不法行為又は信義則違反等にも該当しないとして,原告の請求を争った。

1 争点1(著作権ないし著作者人格権の侵害の成否)について
 (1) 建築設計図面の著作物性
 著作権法は,著作物の意義につき,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と定め(同法2条1項1号),著作物の例示の一つとして,「地図又は学術的な性質を有する図面,図表,模型その他の図形の著作物」(同法10条1項6号)を挙げている。
 したがって,建築設計図面については,表現方法又は表現された学術的な思想に創作性が認められるものであれば著作物に該当するものというべきであるが,作図上の工夫や図面により表現されたがありふれたものであって,創作性が認められない場合には,当該図面をもって著作物ということはできない。
 (2) 原告設計図書の著作物性
 そこで,上記(1)の観点から,原告作成の原告設計図書(基本設計図書,実施設計図書)の著作物性について検討する
 ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告設計図書の内容等に関して,次の事実が認められる。
 ()原告会社が作成した実施設計図書は,全部で14枚の表及び図からなる青焼きの書面であり,各図表には「A-1」から「A-14」までの番号が付されている。その詳細は以下のとおりである。
 A-1 設計概要書・外部仕上表
 A-2 内部仕上表
 A-3 案内図 配置図
 A-4 各階平面図 屋根伏図
 A-5 立面図 断面図
 A-6 矩計図
 A-7 軸組計算表 採光・換気・排煙面積計算表
 A-8 各階床伏図
 A-9 1階平面図 2階平面図
 A-10 小屋裏平面図 屋根平面図
 A-11 展開図1
 A-12 展開図2
 A-13 建具表
 A-14 各階電灯・コンセント配置図
 ()原告会社が作成した基本設計図書は,平成13年5月31日付けの建築確認申請書に添付されたものであり,5枚の図面からなっている。その5枚の内容は,前記A-3,A-4,A-5,A-6及びA-7と同一である(ただし,5枚目のA-7 軸組計算表 採光・換気・排煙面積計算表には,「A-8」の番号が付されている。)。
 ()前記A-3ないしA-12及びA-14の各図面にはそれぞれの示す内容に応じて建物内部・外部の構造や寸法,各部屋の面積等が表示されている。
 イ 原告設計図書は,個人住宅の建築のための建築設計図面であるところ,このような建築設計図面は,建物の建築を施工する工務店等が設計者の意図したとおりに施工できるように建物の具体的な構造を通常の製図法によって表現したものであって,建築に関する基本的な知識を有する施工担当者であればだれでも理解できる共通のルールに従って表現されているのが通常であり,その表現方法そのものに独創性を見いだす余地はない。本件における原告設計図書も,そのような通常の設計図の域を出るものではなく,その表現方法において特段の独創性,創作性は認められない。
 また,原告設計図書に表現されている建物は,通常の個人住宅であるところ,このような個人住宅は,敷地の面積・形状や,道路・近隣建物等との位置関係,建ぺい率,容積率,高さ,日影等に関する法令上の各種の制約が存在するほか,間取りについても家族構成等に基づく施主の要望を採り入れる必要があることから,建物面積や建物構造等,間取り,各部屋の寸法等について,設計者による独自の工夫の入る余地はほとんどない。本件における原告設計図書も,そのような通常の設計図の域を出るものではなく,表現された建物の間取り,構造等において特段の独創性,創作性は認められない。
上記によれば,原告設計図書,すなわち基本設計図書及び実施設計図書は,いずれも,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)ということができず,著作権法10条1項6号にいう図形の著作物に該当するということはできない。
 ウ この点に関し,原告は,原告設計図書における工夫として,①1尺(303㎜)の標準寸法を利用しなかったこと,②駐車場を建物の斜め方向に設けたこと,③小屋裏を居間・食堂と一体的に計画したこと,④バルコニーをロフト部分に設けたことを挙げて,これらの具体的な工夫については創作性が認められる旨主張する。
しかし,原告の挙げる上記の工夫のうち,①は建物の設計において他に例がないわけではなく,独創性のある表現方法とまではいえないし,②③④についても,建物の間取りや構造上独創性のあるものとまではいえない。
 原告の上記主張は,採用できない。
 エ 以上によれば,原告設計図書は著作物に該当するものとはいえないから,著作権(複製権)の侵害及び著作者人格権の侵害を理由として損害賠償を求める原告の請求は,その余の点について検討するまでもなく,理由がない。
2 争点2(民法上の一般不法行為の成否)について
 (1) 被告設計図書の作成経過等について
 そこで,一般不法行為等を理由とする原告の請求につき判断するために,本件における原告設計図書及び被告設計図書の作成の経緯等について検討するに,前記の「前提となる事実」欄記載の事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
()
 カ 前記のとおり,原告会社と被告との間の建物設計契約は原告会社により解除されたが,契約解除の後,原告会社従業員のDは被告に対し原告設計図書は不要なので処分しても構わない旨連絡した。被告は,原告会社から後で何か文句を言われるのが嫌だったので,受け取った基本設計図書,見積書,資料等を平成13年7月8日ころ宅配便で原告会社に返送した。
 キ 原告設計図書と被告設計図書とを比較すると,建物の配置,間取りは同一であり,1階平面図,2階平面図,小屋裏平面図については寸法もほぼ同一である。他方,被告設計図書には,原告設計図書においては独立した図面として含まれていない「小屋裏断面詳細図」が含まれているほか,Cが被告の希望を採り入れた結果として,バルコニーの軒の出を長くしたこと,LDKの形状を変更したこと,2階洋室の引戸を引き違いに変更したことといったような全部で9箇所の変更箇所があった。さらに,原告設計図書では詳細な寸法が記載されていなかった箇所についても,Cは,例えば収納部については一般的な収まり寸法によるなどして,細かい寸法を自ら記載した。
 (2) 上記認定の事実関係によれば,たしかに被告は,原告会社との間の契約が解除された後,スターホームに本件土地上の建物の設計を依頼するに当たって,原告設計図書のうち基本設計図書の平面図と立面図のコピーをCに交付したものであり,Cがこれを参考にした上で,被告の希望を採り入れて被告設計図書を作成したことが認められる。
 しかしながら,上記の原告設計図書の図面は,そもそも被告の要望をCにおいて図面化した乙2図面を基にして作成されたものである上,上記のとおり,Cは,原告設計図書を参考にしたとはいっても,更に被告の希望を付け加えて被告設計図書を作成したものであり,前記(1)キ記載のとおり,両者の間には少なからぬ相違部分が存在するものであるから,被告設計図書をもって原告設計図書を複製したものということはできない。
上記のとおり,原告設計図書は著作権上の保護を受ける著作物に該当すると認めることができるものではない上,被告設計図書は原告設計図書と相違部分がありその複製ということができないものであることに加えて,被告と原告会社との間の契約は,木原造林を含めた三者の間の行き違いはあったにしても,原告会社の側から解除を申し入れたものであり,原告設計図書は本件土地上の建物の建設に用いる以外の用途がなく,被告との間の契約を自ら解除した以上原告会社にとっては価値のないものであったことなどの点を総合考慮すれば,原告設計図書のうちの一部の図面のコピーをCに交付した被告の行為については,これをもって一般不法行為(民法709条)に該当するとまでは認められない。
 (3) 原告は,建物の間取りが同一であること,部屋等の面積が同一であることなどを挙げて,被告設計図書は原告設計図書を複製したものであると主張するが,前記のとおり,原告設計図書自体が被告に希望を図面化した乙2図面を基にして作成されたものであり,施主である被告の希望自体に変化がない以上,間取りが同一になるのは当然である上,本件土地は都心における狭小な宅地であり(東京都千代田区(以下略)所在,面積44.61平方メートル),部屋数を3とし,1階に駐車場を設けるなどの被告の希望の内容や,建ぺい率,容積率,高さ,日影等に関する法令上の制約の存在を考えると,間取りや部屋等の面積,建物の高さ,構造などに設計者の独自の工夫が入る余地は,ほとんどないものであり,そのようななかで,前記(1)キ記載のような相違点が存在するのであるから,被告設計図書をもって原告設計図書を複製したものということはできない。
 原告の主張は,採用できない。
 (4) 上記によれば,民法上の一般不法行為を理由とする原告の請求も,理由がない。
 3 争点3(契約終了後の信義則に基づく損害賠償請求の可否)について
 契約終了後の信義則違反が損害賠償請求を基礎付ける事由であるという原告の主張については,その法律上の根拠が必ずしも明らかでなく,主張自体失当というべきであるが,仮に,いわゆる契約締結上の過失ないしそれに準ずるものとしてこれを構成する意図であるとしても,本件の事実関係においては,被告に信義則違反の行為があったと認めることはできない。また,仮に被告が原告設計図書のうちの一部の図面のコピーをCに交付した行為が信義則に反するものと評価し得るとしても,上記認定のとおり,そもそも契約の解除は原告会社の側から申し入れたものであり,被告の行為により契約解除後に原告会社において何らかの積極損害を被ったものではなく,また,被告との間の契約を自ら解除した以上逸失利益を考慮することもできないから,被告の行為を理由に損害賠償を求めることはできないというべきである。
上記によれば,契約終了後の信義則違反を理由をいう原告の請求も,理由がない。
 4 争点4(不当利得返還請求の可否)について
 原告は,さらに,被告が原告設計図書の写しを利用して被告作成図書を作成したことにより支払を免れた設計料相当額は,被告の不当利得に当たると主張する。
しかしながら,前記2(1)において説示したとおり,被告設計図書の作成経緯や,被告設計図書には原告設計図書と少なからぬ相違があること等に照らせば,被告設計図書の作成に当たって原告設計図書を参考にしたことがあるとしても,原告設計図書をそのまま利用したものではない。また,前述のとおり,原告会社は自ら被告との間の契約を解除したものであり,原告設計図書が本件土地上の建物建設以外の用途に利用することができないものであることに照らせば,契約解除後においては原告会社に逸失利益による損害が生ずる余地はなく,また,証拠上被告がスターホームに支払った設計料が通常の場合に比べて低額であったと認めることもできないから,被告において利得を得たということもできない。
したがって,不当利得の返還を理由とする原告の請求も,理由がない。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は,いずれも理由がない。