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著作権判例セレクション
【編集著作物】未発表等の作品集の編集著作物性(編集著作者性)が争点となった事例
▶平成27年1月22日東京地方裁判所[平成25(ワ)22541]▶平成28年1月27日知的財産高等裁判所[平成27(ネ)10022]
(注) 本件は,原告が,被告(出版社)による書籍の販売が原告の編集著作物の著作権及び著作者人格権を侵害すると主張して,被告に対し,書籍の複製,販売の差止め及びその廃棄などを求めた事案である。
なお,故B(筆名「C」。以下「故C」という。)は,別紙記載の「ツエペリン飛行船と默想」から「第二局千日手再差し直し局観戦記」までの小説等合計125編を著述した。故Cは,昭和55年8月28日に死亡し,二次の相続を経て,長女D及び次女Eがその著作権を取得した。原告は,Dの子である。
2 上記認定の事実に基づき,検討する。
(1) 原告が被告に送付した故Cの小説等は,ほぼ全部が本件編集物に収録され,また,原告は,本件編集物の編集に当たり,Fに対し,書名,分類項目やその順序,一部の小説等が属する分類項目などについて提案等をしたものである。
(2) しかしながら,被告が故Cの未発表の作品や全集未収録の作品の刊行を企画したのであり,被告は,故Cの小説等が著作物であることから,原告に刊行の話を持ちかけ,原告も,著作権者の一人の子であり,故Cの孫として,日記掲載についての著作権者の意向を伝えたり,故Cの作品を集め,分類等について意見や希望を述べたものである(原告も,陳述書において,遺族を代表して出版に携わることになった旨述べている。)。そして,原告が自らの考えだけで故Cの小説等の選択や配列を確定したことを認めるに足りる証拠はない(原告は,平成24年11月3日に作成したものとして,甲22(配列案メモ)を提出する。甲22に記載された故Cの小説等の配列と本件編集物の配列とはほぼ一致しているところ,原告は,本人尋問において,甲22について,原告がその写しを当裁判所に提出した平成25年8月26日の直前に,備忘のための手書きのメモをパソコンで打ち直したものであると陳述する。これによれば,原告は,平成24年11月3日に甲22を作成したものではないし,甲22の基となった手書きのメモを所持していながら,これを書証とするのではなく,あえて,パソコンで打ち直した甲22を書証としたというのであるから,甲22があるからといって,その基となった手書きのメモがあったとは考え難い。)。
これらの事情を併せ考えると,原告が本件編集物の編集に関与したとしても,これを編集著作の観点からみれば,企画案や構想の域を出るものとはいえないのであって,これをもって,原告が本件編集物を編集したということはできず,他にこのことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 原告は,Fから解説の執筆を依頼されたので,自ら本件編集物の編集をすることにしたと主張するところ,確かに,Fは,解説の執筆の依頼に先立ち,原告から「編者が解説ないしあとがきを執筆する必要があるように思いますが」との記載のある電子メールを受け取っている。しかしながら,解説の執筆の依頼はその3月後であり,Fが故Cの小説等の配列を原告の考えに委ねる趣旨をも含めて解説の執筆を依頼したことを窺わせるような事情はない。そして,原告がFから解説の執筆を依頼された後も,故Cの小説等の配列は,原告の考えだけでされたわけではなく,かえって,原告は,分類について最終的に被告が判断して構わない旨を伝えるなど,故Cの小説等の配列の確定を被告に委ねていたとみられるのである。原告の主張は,採用することができない。
(4) したがって,本件編集物の著作権が原告に帰属したということはできず,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がない。3
よって,原告の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
[控訴審]
2 争点1(控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否か)について
(1) 本件書籍が編集著作物か否かについて
ア 著作物として保護される編集著作物は,編集物であって,その素材の選択又は配列によって創作性を有するものである(著作権法12条1項)。
イ 本件書籍は,前記のとおり,その題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とし,目次,故甲Ⅰの作品125編,「解題」,甲Ⅰ略年譜,甲Ⅰ著作目録及び初出一覧から構成される。そして,本件書籍は,故甲Ⅰの作品合計125編を,別紙目次に記載のとおり,「Ⅰ
創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の6項目に分類配列したものであり,各項目内における作品の配列は,「ツエペリン飛行船と默想」を除き,初出あるいは執筆の時期(推定を含む。)により年代順に配列するという方針に沿ったものである。
前記1の認定事実によれば,本件書籍は,故甲Ⅰの未発表,全集未収録作品から構成され,「一般の読者を対象とし,故甲Ⅰの新たな面に光を当て,全集収録作品等の読み直しを促すような,資料的でありながら読み物として読むこともできる単行本とする」という編集方針の下,収録作品が選択され,各作品の内容に応じて6項目に分類され,配列されたものであると認められる。
ところで,本件書籍を構成する故甲Ⅰの作品125編の選択は,上記のとおり,未発表,全集未収録作品であることという観点でされたものであって,前記1のとおり,収集された作品(原稿)は,判読不能なもの,未完成のもの,一部しかなく完全でないもの,全集と重複するものや対談等の記事を除き,本件書籍を構成する作品として本件書籍に収録されている。上記作品の収録及び除外基準は,ありふれたものであって,本件書籍は,素材の選択に編者の個性が表れているとまでいうことはできない(なお,前記1の認定事実によれば,本件書籍を構成する作品は,その多くを,故甲Ⅰの著作権承継者の子である控訴人が収集し,被控訴人に提供したものであると認められるが,控訴人が被控訴人にいかなる作品を提供するか選択したことは,著作権者が編集物に収録を許諾する作品を選択する行為,すなわち,素材の収集に係るものであって,創作行為としての素材の選択であるとはいえない。)。
これに対し,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の分類項目を設け,特に,上記Ⅳ,Ⅴ,Ⅵの分類項目を独立させたこと,さらに選択された作品をこれらの分類項目に従って配列した点には,編者の個性が表れているということができる。なお,個々の分類項目の中で年代順に配列したことは,ありふれたもので,編者の個性が表れているとまでいうことはできない。
ウ したがって,本件書籍は,作品を6つの分類項目を設けそれに従って配列したという素材の配列において創作性を有する編集著作物に該当するというべきである。
(2) 控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否かについて
ア 本件書籍は,前記(1)のとおり,素材の配列において創作性を有する編集著作物に該当するものであると認められるが,控訴人は,同人がその編集著作者である旨主張する。
そこで,以下,本件書籍における素材の配列について,創作性を有する行為を行った者が,控訴人であるか否かについて判断する。
イ 前記1のとおり,①本件書籍は,被控訴人(担当者は,その従業員であった甲Ⅳ)の企画に基づいて発行されたものであること,②甲Ⅳは,当初,故甲Ⅰの日記を中心に据え,未発表,全集未収録の作品によって構成される書籍の刊行を企図したものの,日記の収録については,著作権承継者からの同意が得られなかったため,同意が得られた未発表,全集未収録作品によって構成される書籍の刊行を目指すことになったこと,③甲Ⅳは,作品の収集を,著作権承継者の子である控訴人に依頼していたところ,控訴人から,編集の方向性を示すように求められ,「一般の読者に向けて,故甲Ⅰの新たな面に光を当て,読み直しを促すような,資料的でありながら読み物としても読むことができる単行本としたい」という方針を示したこと,④甲Ⅳは,控訴人から故甲Ⅰの作品の収集が終了した旨の連絡を受け,提供を受けた作品を「Ⅰ(創作的)」,「Ⅱ(評論的)」,「Ⅲ(随筆的)」,「アンケート」,「【保留中】」に分類し,分類した項目内は,未発表のものを先に,既発表で全集未収録のものを後にして,それぞれ年代順に並べた構成案(甲21)を作成し,平成24年9月28日にこれを控訴人に示したこと,⑤控訴人は,甲Ⅳに対し,構成案(甲21)について,分類項目の立て方,その配列,項目内における作品の配列の修正等について順次希望や意見を述べたが,甲Ⅳは,控訴人から希望や意見が述べられると,個々の作品を読み直すなどした上で,取り入れるべきであると判断したものについては取り入れ,異なる見解のものについては取り入れないという対応をしたこと,⑥甲Ⅳは,同年10月12日頃,自作関連の作品を独立させて,最後の分類項目とし,「Ⅰ
創作」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 観戦記」,「Ⅵ 自作関連」と分類する構成案(甲19)を立案したこと,⑦この構成案については,控訴人から,「自作関連」を独立させた場合の配置に関し,冒頭に詩を,最後に観戦記を配置し,その間に他の作品を配列するという構成は崩したくないなどの希望が述べられたが,被控訴人は,初校ゲラの段階においても,「Ⅰ(創作的)」,「Ⅱ(随筆)」,「Ⅲ(評論・感想)」,「Ⅳ(アンケート)」,「Ⅴ(将棋観戦記)」,「●(自作について)」と分類し,「自作関連」を最後に配置する方針であったこと,⑧しかし,その後も,控訴人が,「自作関連」は「観戦記」の前に配置してもらいたいとの希望を繰り返し述べたため,被控訴人は,著作権承継者の子であり,その代理人的な立場にあった控訴人の意向を無視することはできないと考え,「Ⅰ
創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」のほか,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の分類項目,配列としたこと,以上の事実が認められる。
以上の事実に照らせば,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ
観戦記」の分類項目を設け,特に,上記Ⅳ,Ⅴ,Ⅵの分類項目を独立させ,選択された作品をこれらの分類項目に従って配列することを決定したのは,被控訴人であると認められる。
ウ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,本件書籍の編集方針を決定し,素材の選択及び配列を行ったのは控訴人であるから,控訴人が本件書籍の編集著作者である旨主張する。
しかし,前記イのとおり,本件書籍の発行を企画し,その編集方針を決定したのは,被控訴人であると認められる。なお,控訴人は,原審における本人尋問において,甲22は,平成24年11月初旬に甲Ⅳと再校ゲラをやり取りした当時,自身が甲Ⅳに示した構成案を備忘するために作成したメモを清書したものである旨述べる。しかし,甲22は,原審において同書証の証拠調べを請求する直前である平成25年8月頃に控訴人が作成したものであるところ,その基となったというメモは本訴において証拠として提出されておらず,また,控訴人が当該メモを被控訴人に示したこともないというのであるから,甲22の基となったメモが存在したという控訴人の上記陳述は,容易に信用することができず,他に,上記メモの存在を認めるに足りる証拠は存在しない。
また,控訴人は,前記1に認定したとおり,「Ⅰ 創作(詩・小説)」の冒頭に「ツエペリン飛行船と默想」を配置し,「Ⅵ 観戦記」を末尾に配置すること及び本件書籍の題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とすることを被控訴人に求めたが,控訴人の希望を受け,本件書籍の編集方針に基づき,上記希望を受け入れるか否かを判断,決定したのは被控訴人であることは,前記イのとおりであり,素材の配列について決定権を有していたのは被控訴人である。控訴人の行為は,著作権承継者の代理人的な立場で編集方針や素材の配列についての希望や意見を述べたものにすぎず,直接創作に携わる行為ということはできない。
(イ) 控訴人は,平成24年9月28日,甲Ⅳを通じて,被控訴人から本件書籍の解説の執筆を依頼されたから,控訴人が編集著作者であると主張する。
しかし,かかる事実をもって,被控訴人が控訴人に対して,本件書籍の編集行為を控訴人に委任したとの事実を認めるに足りない。かえって,前記1認定のとおり,控訴人は,同日以降も,被控訴人に対し,「分類については最終的に被控訴人において判断して構わない」などと表明していたのであって,かかる事実に照らしても,本件書籍における作品の分類,配列の決定を控訴人が行ったものであるとはいえない。
(ウ) 控訴人は,本件書籍の題号の決定をしたから,編集著作者である旨主張する。
しかし,題号の選択それ自体が,編集著作物としての創作性を基礎付けるものではないから,本件書籍の題号が,控訴人の提案どおりのものと決定されたからといって,このことから直ちに,控訴人を本件書籍の編集著作者とすべきことになるわけではない。
(エ) 控訴人は,故甲Ⅰの未発表,全集未収録作品を収集し,被控訴人に提供するに当たり,本件書籍を選集とすること,書かれた人のプライバシーと名誉に差し障るものを除外すること並びに全集に収録された作品及びこれと類似する作品を除くという方針をとり,収録すべき作品を選択した旨主張する。
しかし,かかる行為は,著作権承継者の子である控訴人が,著作権承継者の代理人的な立場で,出版社である被控訴人に提供する作品の選択を行ったものというべきであり,素材の収集に係るものであって,創作行為としての素材の選択であるとはいえない。なお,本件書籍における素材の選択自体に創作性があるとまではいえないことは,前記(1)イのとおりである。
エ 以上によれば,控訴人が本件書籍における素材の配列について,創作的表現の作成に関与したということはできない。
(3) 小括
よって,控訴人が本件書籍の編集著作者であるとはいえない。
3 争点3(本件書籍が編集著作物ではない場合における,控訴人の被控訴人に対する差止請求等の可否)について
(1) 控訴人は,本件書籍が編集著作物ではないとされた場合に備え,予備的に,①編集契約違反,②著作物利用許諾契約の錯誤無効を主張する。
(2) 控訴人の上記主張の趣旨は判然としないものの,本件書籍が編集著作物であると認められることは,前記2(1)のとおりであり,かつ,編集著作物である本件書籍における素材の配列について,創作性を有する行為を行った者が控訴人であるとはいえないことは,前記2(2)のとおりであるから,この点において,控訴人の上記各主張は理由がない。
(3) また,上記(2)の点を措くとしても,控訴人と被控訴人との間に本件書籍の編集を控訴人に委任する旨の編集契約が締結されたとの事実を認めるに足りる証拠はないから,上記①の主張は理由がない。
さらに,控訴人が故甲Ⅰの著作権承継者ではない以上,上記②の主張は,主張自体失当である。
4 結論
以上によれば,控訴人の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
そうすると,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。