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著作権判例セレクション

【職務上作成する著作物の著作者】 職務著作の趣旨と要件(大学と外部機関の共同研究が背景となった事例)

▶平成22218日東京地方裁判所[平成20()7142]▶平成220804日知的財産高等裁判所[平成22()10029]
[控訴審]
当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 認定事実
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2 著作権及び著作者人格権に基づく請求について
(1) 著作権法15条1項の趣旨について
著作権法15条1項は,法人等において,その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し,これが法人等の名義で公表されるという実態があることにかんがみて,同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである(最高裁平成15年4月11日第二小法廷判決参照)。
以下,著作権法15条1項の要件,すなわち,①法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと,②法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること,③法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること,④作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがないこと,の順に判断する。
(2) 法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと
ア 法人等が著作物の作成を企画,構想し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には,法人等の発意があるとすることに異論はないところであるが,さらに,法人等と業務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画や法人等が第三者との間で締結した契約等に従って,業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,「法人等の発意」の要件を満たすものと解すべきである。
イ 本件についてこれをみるに,前記認定事実のとおり,①控訴人は被控訴人の准教授であること,②北見工業大学共同研究取扱規程(被控訴人規程)には,被控訴人は,共同研究の遂行上必要な施設及び設備を供するとともに,当該施設及び設備の維持管理に必要な経常経費等を負担すること,共同研究の申込みをしようとする民間機関等の長は,所定の申込書を学長に提出し,研究代表者に所定の共同研究計画書を提出させこれを受理したときは,審議機関の議を経た上,文科省と協議して,当該共同研究の受入れについて決定すること,これを受けて,契約担当官が所定の契約書により民間機関等の長と速やかに契約を締結しなければならないこと等が定められていること,③北見市環境調査研究,常呂川水系水質調査研究及び北見市一般廃棄物処理に関する環境調査並びにごみ質調査,作業環境調査は,いずれも被控訴人規程の上記手続に則り,被控訴人において受入れを承認し,本件各共同研究契約を締結したものであること,④控訴人は,本件各共同研究において,被控訴人の研究担当者として共同研究に参加し,研究代表者を務めたこと,⑤平成15年度の本件各共同研究に係る契約には,被控訴人及び北見市等とは,「双方協力して,本共同研究の実施期間中に得られた研究成果について報告書を,本共同研究完了後にとりまとめる。」(第4条),「本共同研究によって得られた研究成果(研究期間が複数年度にわたる場合は当該年度に得られた研究成果)について,秘密保持の義務を遵守した上で開示,発表若しくは公開することができる。ただし,公表の時期・方法などについては,…協議の上,定める。」(第19条)等の条項があること,⑥本件各平成15年度報告書は,概ね,調査の概要(調査項目,調査地点,調査回数等),調査結果(データの記載),結果の解析及び考察,資料等から構成されるものであること,以上の事実が認められる。
これらの本件各共同研究契約締結の経緯や,控訴人の役割,本件各平成15年度報告書作成の経緯及び内容等の認定事実に照らすと,被控訴人と北見市等との本件各共同研究は,被控訴人と北見市等との契約に基づき行われたものであり,被控訴人は,北見市等に対し,本件各共同研究契約に従った内容の研究を実施,遂行すべき義務を負っていたものであるところ,控訴人は,被控訴人と北見市等との間の本件各共同研究契約において,被控訴人側の研究担当者として共同研究に参加したのであるから,被控訴人の北見市等に対する上記義務を履行するため,控訴人も,被控訴人の従業者として上記契約に従った内容の研究を実施,遂行すべき義務を負うとともに,これについて,被控訴人の指揮監督に服することとなるのであって,上記契約に従い,本件各共同研究の実施期間中に得られた研究成果について,共同研究完了後に本件各平成15年度報告書がとりまとめられたものということができる。
したがって,本件各平成15年度報告書の作成は,被控訴人が北見市等との間で締結した契約に従って,控訴人が被控訴人側の研究担当者として所定の職務を遂行し,控訴人の職務の遂行上その作成が予定されたものであったというべく,被控訴人の発意に基づくものと評価することができる。
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エ 以上によれば,本件各平成15年度報告書は,著作権法15条1項にいう「法人その他使用者(法人等)の発意に基づくこと」の要件を充たすものであり,控訴人の主張は理由がない。
(3) 法人等の業務に従事する者が職務上作成したものであること
ア 前記認定事実のとおり,①控訴人は,被控訴人の准教授を務めており,両者の間には雇用関係があったこと,②被控訴人と北見市等との間の本件各共同研究契約において,控訴人を研究担当者として参加させる旨の約定がされたこと,③控訴人が共同研究に参加する旨を申し入れ,被控訴人がこれを受けて控訴人を被控訴人の研究担当者として本件各共同研究に参加させたことにより,控訴人が本件各共同研究に従事することは,被控訴人側の研究者として本件各共同研究に参加する控訴人の職務の内容となっていたこと,④本件各平成15年度契約書は,本件各共同研究契約に基づき,本件各共同研究の終了後に,研究担当者が北見市等と協力して共同研究の実施期間中に得られた研究成果についての報告書としてとりまとめられたこと,以上の事実が認められる。
このような事実に照らせば,本件各平成15年度報告書は,被控訴人の業務に従事する控訴人が,職務上作成したものであるということができる。
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(4) 法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること
ア 前記認定事実のとおり,①本件北見市環境調査報告書(甲4)の表紙下部中央には「北見工業大学地域共同研究センター」,「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」と上下二段で記載されていること,同報告書の目次及び本文中には執筆分担者の表示等はないこと,同報告書の「まえがき」中には,「本調査は北見市より北見工業大学地域共同研究センターに委託された北見市環境調査を本学化学システム工学科環境科学研究室と北見市との共同研究(調査)として行ったもので,本年度はその11年目である。」との記載があること,報告書の「まえがき」には,「本共同研究の研究メンバーは下記の通りである。」とした上,他の研究担当者の氏名の表示とともに,控訴人の氏名が表示されていること,②本件常呂川水系水質調査報告書の表紙下部中央には「北見工業大学地域共同研究センター」,「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」と上下二段で記載されていること,同報告書の目次及び本文中には執筆分担者の表示等はないこと,同報告書の「まえがき」中には,「本調査は(中略)常呂川水系環境保全対策協議会より北見工業大学地域共同研究センターに委託された同水系水質調査を協議会と本学化学システム工学科環境科学研究室との共同研究(調査)として行ったものであり,本年度は11年目である。」との記載があること,「まえがき」の末尾には「共同研究代表」との肩書きに続いて控訴人の氏名が表示されていること,③本件北見市一般廃棄物処理に関する環境調査等報告書の表紙下部中央には「北見工業大学地域共同センター」,「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」と上下二段で記載されていること,同報告書の目次及び本文中には執筆分担者の表示等はないこと,同報告書の「はじめに」中には,「本研究は北見市がこれらの施設からの有害物質発生を抑制し,大気,水,地下水など環境汚染を未然防止すること,および廃棄物処理プロセスにおける作業安全管理を図ることを目的として北見工業大学地域共同研究センターに委託し,本学化学システム工学科環境科学研究室と北見市環境緑化部廃棄物処理場との共同研究として行ったものである。」との記載があること,「はじめに」の末尾及び「まとめ」の末尾には,「共同研究代表者」との肩書に続いて控訴人の氏名が表示されていること,④研究成果の公表について,被控訴人規程13条は,「学長は,共同研究による研究成果を公表する場合は,公表時期及び方法について,民間機関等との間で適切に定める。」と規定しており,共同研究による研究成果の公表は,被控訴人を代表する学長の権限となっていること,以上の事実が認められる。
これらの事実に照らすと,表紙下部中央の「北見工業大学地域共同研究センター」,「北見工業大学化学システム工学科環境科学研究室」との記載は,報告書の著作名義そのものを記載したものとみるべきであって,いずれも被控訴人の著作名義の下に公表したものであるということができる。
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ウ 以上によれば,本件各平成15年度報告書は,著作権法15条1項にいう「法人等が自己の著作の名義の下に公表するものであること」の要件を充たすものであり,控訴人の主張は理由がない。
(5) 作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがないこと
ア 本件全証拠によっても,被控訴人において,本件各平成15年度報告書が作成された時に,契約,勤務規則その他に,著作権法15条1項の適用を排して,研究者個人を著作者とする旨の定めがあったことを認めるに足りない。
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ウ 以上によれば,本件各平成15年度報告書は,著作権法15条1項にいう「作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがないこと」の要件を充たすものであり,控訴人の主張は理由がない。
(6) 控訴人のその余の主張について
ア 被控訴人の職務著作とすることの結論の不当性について
控訴人は,被控訴人の職務著作とすることの結論の不当性を主張する。
しかしながら,逆に,本件各共同研究の成果物たる本件各平成15年度報告書にかかる権利が,被控訴人ではなく,研究者個人に帰属するとすると,被控訴人の契約の相手方であって本件各共同研究に費用を投じた北見市等においても,本件各共同研究の成果物を自由に使用できないこととなるし,個人たる研究者が退職その他の事由により継続的な共同研究に関与しなくなった後に,同様の共同研究を行いその成果を作成することが困難になりかねない。このような結果は,大学と外部民間機関等との共同研究の発展,拡充を著しく阻害するおそれがある。
したがって,控訴人の主張を採用することはできない。
イ 民間企業との違いについて
学問の自由が保障されるべきことはいうまでもないが,本件各共同研究は,北見市等との間の契約に基づくいわゆる環境調査であり,投下した費用に対応する調査結果(調査データ)が作成されることが必要なものであって,その実質において,控訴人が主張する一般民間企業の場合と異なるものではない。
ウ 比較法的観点について
我が国の著作権法における職務著作規定について,比較法的観点から独自性が認められるとしても,それが直ちに本件各平成15年度報告書の職務著作性を否定することにはつながらない。
(7) 小括
以上によれば,本件各平成15年度報告書については,著作権法15条1項が適用されるということができる。したがって,控訴人は,本件各平成15年度報告書に係る著作権及び著作者人格権を有しないから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の著作権及び著作者人格権侵害に基づく請求はいずれも理由がない。
なお,付言するに,本件各平成15年度報告書の原判決別紙研究報告書対照表①ないし③記載の各部分は,いずれも,事象や用語等についての説明や,調査結果に基づくデータから当然に導かれる事実等についてのありふれた説明にすぎない。そして,本件各平成16年度報告書及び本件各平成17年度報告書が本件各平成15年度報告書に係る共同研究と同様の研究目的及び内容に従って毎年継続的に行われてきたものであり,その表現の幅が狭いことに照らし,両者が事象や用語等についての説明や,調査結果に基づくデータから当然に導かれる事実等についてのありふれた説明において共通するとしても,複製権侵害や同一性保持権侵害の対象とはならない。
3 不法行為に基づく請求について
本件各平成15年度報告書について控訴人が著作権及び著作者人格権を有していないことは,前記2のとおりである。
控訴人は,本件各平成15年度報告書に著作物性が認められないとしても,被控訴人が本件各平成16年度報告書及び本件各平成17年度報告書を作成頒布したことは控訴人に対する不法行為を構成するかのように主張するが,その作成頒布について,そもそも不法行為を基礎付ける違法性があることを認めるに足りる証拠はない。
よって,不法行為に基づく請求も理由がない。
4 結論
以上の次第であるから,控訴人の本訴請求に理由がないとした原判決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。