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著作権判例セレクション
【言語著作物】火災保険改定説明書面の著作物性及び侵害性を認定した事例
▶平成23年12月22日東京地方裁判所[平成22(ワ)36616]
(注) 本件は,損害保険の代理店業等を営む原告が,損害保険会社である被告に対し,被告が,原告と被告間の損害保険代理店契約が解除された後に,原告の著作物である別紙1の「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題する説明書面(「本件説明書面」)を複製し,これを含む別紙2の案内資料(「被告案内資料」)を原告の顧客である社会福祉法人に送付し,被告との火災保険契約の締結を勧誘した行為は,原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害,上記解除に伴い原告と被告間で締結された秘密保持契約違反の債務不履行,不正競争防止法2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為に該当するとして,民法709条,415条及び不競法4条に基づく損害賠償と遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争点1(著作権侵害の成否)について
(1)
本件説明書面の著作物性
ア 本件説明書面は,別紙1のとおりのものであり,「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題して,本件改定の内容を顧客向けに文章で説明する本文部分(1枚目)と,地域別に建物の構造級別区分ごとの保険料率の改定幅を数値で示した一覧表及び本件改定の前後それぞれにおける建物の構造級別区分の判定の仕方をフローチャート方式で示した図表などが記載された別添資料部分(2枚目)とからなるものである。
そして,本件説明書面のうち,上記本文部分においては,「主な改定の内容」が,「1.火災保険上の建物構造級別の判定方法の簡素化」,「2.火災保険料率の大幅な改定」,「3.保険法の改定による対応」の3点に整理されて,それぞれの内容が数行程度の簡略な文章で紹介されるとともに,特に内容的に重要な部分については,太文字で表記されたり,下線が付されるなど,一見して本件改定のポイントが把握しやすいような構成とされている。
また,上記別添資料部分においては,本件改定による建物の構造級別区分の判定方法の変更点について,一見して理解しやすいように,フローチャート方式の図表を用いた説明がされ,しかも,当該フローチャート図の中に,楕円で囲った白抜きの文字や太い矢印を適宜用いるなど,視覚的にも分かりやすくするための工夫が施されている。
以上で述べたような本件説明書面の構成やデザインは,本件改定の内容を説明するための表現方法として様々な可能性があり得る中で,本件説明書面の作成者が,本件改定の内容を分かりやすく説明するという観点から特定の選択を行い,その選択に従った表現を行ったものといえるのであり,これらを総合した成果物である本件説明書面の中に作成者の個性が表現されているものと認めることができる。
イ これに対し被告は,①本件説明書面の内容は,火災保険の内容が改定されるという既定の事実や本件改定による変更点についての客観的なデータの羅列又は集合にすぎない,②本件説明書面は,その目的からみて,本件改定の内容を正確に記述することが強く求められるものであるから,その記載内容に作成者の個性が表れるものではないなどと主張する。
しかしながら,本件説明書面の内容が,単なる事実やデータの羅列のみからなるものでないことは明らかであり,また,本件説明書面の記載が,本件改定の内容を正確に記述しつつも,より分かりやすく説明するという観点からの工夫が施された表現を含むものであることは,前記アで述べたとおりであるから,被告の上記主張は理由がない。
ウ 以上によれば,本件説明書面は,作成者の思想又は感情を創作的に表現したものであって,著作権法2条1項1号の著作物に当たるものといえる。
(2)
本件説明書面の職務著作該当性
ア 前記争いのない事実等と(証拠)び弁論の全趣旨を総合すれば,本件説明書面は,平成21年10月ころ,その当時原告の第一営業部長の地位にあったY1が,原告の顧客である本件特約火災保険の契約者らに対し,本件改定の内容を周知させるための説明書面として作成,配布することを発案し,原告の担当取締役及び代表取締役の承認を得た上で,自ら単独で原告保有のパソコンを使用して勤務時間中にデータ作成を行い,その後の印刷業者による印刷を経て完成したものであることが認められる。
以上の事実によれば,本件説明書面は,原告の発意に基づき,その業務に従事する者が職務上作成した著作物に当たるものといえる。
イ また,本件説明書面には,別紙1のとおり,その作成者を表示するものとして,右肩部分に,「株式会社福祉施設共済会」の名称が,「あいおい損害保険株式会社」の名称と併記される形で表記されている。
したがって,本件説明書面は,原告が自己の著作名義の下で公表したものといえる。
ウ 他方,原告とY1との間の労働契約や原告の勤務規則等に,原告の従業員が職務上作成した著作物の著作者を当該従業員個人とする旨の定めがあることを認めるに足りる証拠はない。
エ 以上によれば,本件説明書面は,職務著作に関する著作権法15条1項の各要件をいずれも満たすものであるから,その著作者は原告であると認められる。
(3)
被告による著作権(複製権)の侵害の有無
前記(2)の認定事実によれば,原告は,本件説明書面の著作者として,その複製権(著作権法21条)を有するところ,被告案内資料中の「見本①」及び「見本②」と題する各書面は,被告が本件説明書面に「見本①」及び「見本②」の文字,矢印及び文字囲み(本件説明書面の本文部分中の「14.71%から最大で48.48%の大幅アップとなります。」との部分)を手書きで加えたものを複写して作成したコピーであるから,被告による上記各書面の作成行為は,本件説明書面の複製(著作権法2条1項15号)に該当することが明らかであり,また,被告は本件説明書面の複製につき原告の許諾を得ていないから,原告の上記複製権を侵害するものといえる。
2 争点2(本件秘密保持契約違反の有無)について
(略)
3 争点3(不競法2条1項13号の不正競争行為の成否)について
(略)
4 争点4(一般不法行為の成否)について
原告は,被告が,原告作成の本件説明書面を複製するなどして被告案内資料を作成し,また,被告案内書面に被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示をし,原告の顧客を奪う目的でこれらを本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人に送付して被告との火災保険契約の締結を勧誘した一連の行為は,公正な競争として社会的に許容される限度を超える違法な行為として,一般不法行為を構成する旨を主張する。
この点,原告が主張する被告の一連の行為とされるもののうち,本件説明書面を複製して被告案内資料中の「見本①」及び「見本②」と題する各書面を作成した行為が,原告の著作権(複製権)を侵害するものであることは,前記1で述べたとおりである。そして,被告による当該著作権侵害行為が少なくとも過失によるものであることは明らかであるから,被告の当該侵害行為は原告に対する不法行為を構成するものと認められる。
他方,被告案内書面に被告の提供する火災保険の内容について需要者に誤認を生じさせる表示がある旨の原告の主張に理由がないことは,前記3で述べたとおりである。また,前記2で述べたとおり,被告が被告案内資料を送付した先が原告の顧客である本件特約火災保険の契約者に限られるものとは認められないことからすると,被告が原告の顧客を奪うことを目的として被告案内資料の送付を行ったものと断定するに足りる根拠はなく,この点についても,原告の上記主張は認められない。
してみると,被告案内資料の送付に係る被告の一連の行為は,上記著作権侵害行為に係る部分を除けば,格別公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものと認めることはできないから,上記著作権侵害の不法行為が成立することとは別に,上記一連の行為全体が原告に対する一般不法行為を構成するものとする原告の主張は,これを採用することができない。
争点5(原告の損害額)について
(1)
被告の損害賠償義務
前記1で述べたとおり,被告による被告案内資料中の「見本①」及び「見本②」と題する各書面の作成行為は,原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害行為に該当するところ,その侵害について,被告には少なくとも過失があったものと認められるから,被告は,原告に対し,民法709条に基づき,原告が上記侵害行為によって受けた損害を賠償する義務があるものといえる。
(2)
著作権侵害によって原告が受けた損害
ア 逸失利益に係る損害について
(ア) 原告は,被告が,本件説明書面を複製するなどして被告案内資料を作成し,これを原告の顧客である社会福祉法人に送付して被告との火災保険契約の締結を勧誘した一連の行為について,原告の本件説明書面についての著作権(複製権)の侵害,本件秘密保持契約違反の債務不履行,不競法2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為の成立がそれぞれ認められるとの前提に立った上で,被告のこれらの行為によって,本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人のうち,少なくとも29法人が契約期間の中途で本件特約火災保険に係る契約を解約し,また,本件特約火災保険の契約者である社会福祉法人のうち,少なくとも15法人が本件特約火災保険に係る保険契約の満期時にこれを更新しなかったため,原告にはこれらの契約に係る代理店手数料に相当する逸失利益の損害が生じた旨を主張する。
しかしながら,前記1ないし4で述べたとおり,原告が主張する被告の一連の行為については,本件説明書面を複製して被告案内資料中の「見本①」及び「見本②」と題する各書面を作成した行為についての著作権(複製権)侵害の不法行為の成立が認められるものの,その他の行為に係る本件秘密保持契約違反の債務不履行,不競法2条1項13号の不正競争行為及び一般不法行為の成立はいずれも認められないのであるから,原告の上記主張は,そもそもその前提を欠くものというべきである。
(イ) また,仮に,原告の上記主張が,上記著作権(複製権)侵害のみが認められる場合においても,これによって上記逸失利益の損害が発生したことが認められるとの趣旨を含むものであるとしても,そのような主張に理由がないことは,以下のとおりである。
すなわち,まず,そもそも,原告が,本件特約火災保険の契約者のうち,当該契約を中途解約したものと主張する29法人及びその満期時に契約を更新しなかったものと主張する15法人と,被告が被告案内資料を送付した先として認められる345法人とを対比してみると,上記29法人のうちの5法人及び上記15法人のうちの1法人の併せて6法人しか,上記345法人の中に含まれていないことが認められる。してみると,上記中途解約及び契約不更新の法人を併せた44法人のうち,上記6法人を除く38法人については,そもそも被告から被告案内資料の送付を受けた事実が認められないのであるから,これとは無関係に,中途解約又は契約不更新に至ったものであることが明らかといえる。
た,被告案内資料の送付を受けたものと認められる上記6法人についても,中途解約又は契約不更新に至った具体的事情は証拠上何ら明らかではない。特に,被告案内資料のうちの本件説明書面の複製物に当たる「見本①」及び「見本②」と題する各書面は,本件改定の内容を説明する書面にすぎず,かかる書面の存在が,社会福祉法人の事務担当者らにおける,被告と新規な保険契約を締結するかどうかの判断を左右するという事態は,通常考え難いことである。
したがって,被告が上記「見本①」及び「見本②」と題する各書面を作成し,これを被告案内資料の一部として上記6法人に送付したことと,上記6法人が本件特約火災保険の中途解約をし,又は契約更新をしなったこととの間に因果関係が存在するものと認めることはできない。
(ウ) 以上によれば,被告の上記著作権侵害行為によって,原告が上記逸失利益に係る損害を受けたものと認めることはできない。
イ 使用料相当額の損害について
著作権法114条3項によれば,原告は,本件説明書面の著作権(複製権)を侵害した被告に対し,その著作権の行使につき受けるべき使用料に相当する額を自己が受けた損害の額として,その賠償を請求することができる。
そこで,本件説明書面の著作権の使用料相当額について検討するに,本件説明書面は,原告の第一営業部長の地位にあったY1が,相応の労力と時間をかけて作成したものであり,その内容には,本件改定を分かりやすく説明するための工夫が見られること,また,被告による複製行為は,本件説明書面をほぼそのまま複写するというものであり,その複製及び頒布の部数も345件の多数にのぼっていること,被告は,本件説明書面の複製物を,自己の営業目的に利用しており,これによって,説明書面作成の手間を省くなど,相応の営業上の利益を得ているものといえることなど,本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,上記使用料相当額は,15万円と認めるのが相当である。
ウ 弁護士費用相当額
本件事案の性質・内容,本件訴訟に至る経過,本件審理の経過等諸般の事情に鑑みれば,被告の著作権侵害と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は,10万円と認めるのが相当である。
(3)
小括
以上によれば,原告は,被告に対し,著作権侵害の不法行為による損害賠償として,25万円(上記(2)イ及びウの合計額)及びこれに対する不法行為の後である平成22年10月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。