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著作権判例セレクション

コンテンツ契約紛争事例】電子カルテシステムの複製権侵害を認定した事例/電子カルの販売委託契約及びプログラム使用許諾契約

▶令和523日東京地方裁判所[令和2()13631]
() 以下の認定事実参照
●日本メディカルバンクは、被告Aが代表者であったところ、医療機関により使用される電子カルテ等を取り扱うシステムであり、コンピュータプログラムを有するアトム電子カルテを開発し、平成18年1月までには、少なくとも10か所の医療機関にアトム電子カルテが導入された。アトム電子カルテは、メディカルベスト社を介して、平成18年頃、B診療所にも導入された。
●日本メディカルバンクは、平成19年に経営が破綻し、同年5月11日、株式会社日本MBS(以下「日本MBS」いう。)に対し、アトム電子カルテのプログラムの著作物の著作権を譲渡し、同年6月5日にその旨がプログラム登録原簿に登録された。日本MBSは、同年11月5日、エム・ビジョンに対して、アトム電子カルテのプログラムの著作物の著作権を譲渡し、平成20年10月31日にその旨がプログラム登録原簿に登録された。
●原告は、電子カルテ等についての医療機関向けのシステムを販売する事業を新たに開始することとし、その事業を行っている者から事業譲渡を受けることとした。原告は、平成20年4月1日、当時被告Aが代表取締役であった日本メディカルバンクとの間で、同社が原告に対して医療システム関連の販売及び開発・保守等の事業を譲渡することを内容とする基本契約書を作成して、その事業の譲渡を受けた。また前同日、被告Aは原告の契約社員になった。
●原告、日本メディカルバンク及びエム・ビジョンは、平成20年7月1日、次の内容のプログラム使用許諾契約書(以下「本件使用許諾契約書」という。)を作成して本件使用許諾契約を締結した。
「第1条(定義)
本件契約において、次の語句は、下記の意味を有するものとする。
「本件ソフトウエア」:本契約に従い甲(判決注:エム・ビジョン)が供給する電子カルテシステム(ただし、乙(判決注:日本メディカルバンク)が開発し、平成19年5月11日に株式会社日本MBSが乙から譲り受けたものをいう。)
「本件改良ソフトウエア」:本件ソフトウエアの乙又は丙(判決注:原告)による改良又は改作後のコンピュータ・ソフトウエア(ただし、乙又10 は丙による改良又は改作に創作性が認められることが必要。)。
第2条(使用許諾)
1 甲は、乙に対し、本件ソフトウエアについて、乙と日本国内の第三者がライセンス契約を締結することを許諾する。
2 甲は、乙に対し、本件ソフトウエアの使用権を、甲が書面により許諾した者に対して再許諾することを許諾する。
3 乙は、丙に対し、本件ソフトウエアについて、丙と日本国内の第三者がライセンス契約を締結することを許諾する。
・・・・・・
第8条(権利帰属)
1 本件ソフトウエア及び本件ソフトウエア関連物の所有権、著作権、特許権等、一切の法的権利は甲に帰属する。
2 乙又は丙が、本件ソフトウエアを改良又は改作した場合において、本件改良プログラム及び本件改良プログラム関連物の所有権、著作権、特許権等、一切の法的権利は丙に帰属するものとし、乙又は丙は本件改良プログラム及び本件改良プログラム関連物の内容を甲に開示する。
3 丙は、甲に対し、本件改良プログラム及び本件改良プログラム関連物の所有権、著作権、特許権等を、本契約書第14条にかかわらず、本契約締結日より10年間、無償での使用を許諾するものとする。ただし、本条項期間満了後においても、甲又は丙からも本条項期間満了6か月前の書面による異議がない場合には、本条項は有効に5年間延長されたものとみなされ、以降同様とする。
本条第3項の場合、丙は、甲に対し、甲が本件改良プログラム及び本件改良プログラム関連物の使用を第三者に再許諾することを許諾する

6 争点5-2(本件導入が原告の e-J 電子カルテの複製に当たるか)について
B診療所に導入された電子カルテシステムは、e-J 電子カルテに対してごく一部の設定項目の追加などを行ったものであり、そのプログラムは e-J 電子カルテのプログラムと基本的には同じものといえる。B診療所に導入された電子カルテシステムは、原告が著作権を有する e-J 電子カルテのプログラムの創作的部分を利用したもので、被告会社により加えられた部分はわずかといえるものであり、被告会社は、e-J 電子カルテのプログラムの創作性のある部分を複製した上で、電子カルテシステムを作成し、これを販売したといえる。よって、本件導入は、e-J 電子カルテを複製したものであるといえる。
7 争点6(被告会社に e-J 電子カルテの使用権原があったか)について
事案に鑑み、次に、被告会社が著作権者からの許諾に基づき本件導入をする権原があったかについて検討する。
被告らは、e-J 電子カルテはアトム電子カルテを改変して作成されたものであり、エム・ビジョンは、本件使用許諾契約に基づき、アトム電子カルテを改変したものといえる e-J 電子カルテのソースコードの使用を第三者に許諾でき、被告会社はこの許諾を受けたので、被告会社がこれを用いることが違法と評価される理由はない旨主張する。これは、エム・ビジョンが、本件使用許諾契約8条5項に基づき、「第三者」である被告会社に対して、「本件改良プログラム」である e-J 電子カルテに係るプログラムの「使用」を再許諾したところ、本件導入は、「使用」に当たると主張する趣旨であると解される。
この点について、「本件改良プログラム」は、「本件ソフトウェア」(アトム電子カルテ)を改良又は改作したもの(本件使用許諾契約8条2項)とされており、前記で認定したとおり、原告は、e-J 電子カルテの作成に当たり、アトム電子カルテのソースコードを利用したことが認められる。しかし、アトム電子カルテとe-J電子カルテは別のプログラムといえるプログラムを有するシステムであり、e-J 電子カルテが本件使用許諾契約におけるアトム電子カルテを「改良」したものに該当するといえるかは必ずしも明らかではない。
また、本件使用許諾契約8条5項に基づきエム・ビジョンによる再許諾が許されるのは「第三者」による「使用」であるところ、「使用」の文言は「第三者」が当該プログラムを直接利用するという趣旨に親和的であり、「第三者」がさらに別の者に当該プログラムを利用させることまでも包含していると解するのは困 難である。本件のように、第三者(被告会社)が同プログラムを転得者に販売等して当該転得者のパソコンの記憶媒体に複製等し、当該プログラムを転得者に利用させることが「第三者」による「使用」に当たるとは認め難い。
さらに、被告らが主張するエム・ビジョンの被告会社に対する再許諾を認めるには足りない。すなわち被告らが主張する上記再許諾を裏付ける客観的な証拠の提出は何らない。エム・ビジョンが被告会社に対して被告らが主張するような再許諾をしたというのであれば、それは、被告会社がアトム電子カルテやそれを改変したプログラムを販売することができる根拠になるものであって会社である被告会社の活動にとり極めて重要なものであるにもかかわらず、それに関する書面等の客観的証拠がないのは不自然である。また、e-J 電子カルテについて、平20 成23年に原告と被告会社との間で締結された本件販売委託契約において、e-J電子カルテの権利が原告にあることが確認された上で、原告が被告会社にその販売を委託し、また、原告は被告会社を販売代理店とし、原告は、被告会社に対し、e-J 電子カルテの使用許諾権や指定顧客への再販売権を許諾するが、第三者への権利譲渡は認めず、被告会社は原告に対し、クライアント1台について5万円の25 ライセンス料を支払うとしている。このように本件販売委託契約では、被告会社が同契約に基づかずにe-J電子カルテを自由に販売することはできないことが前提とされ、また、被告会社がそれを販売した場合には原告に対しライセンス料を支払う義務が定められているといえるが、これは本件訴訟で被告らが主張する eJ 電子カルテの位置付けや再許諾の存在と矛盾するものである。さらに、被告会社がB診療所への電子カルテシステムを導入したことを原告が知った後の平成25年1月24日、被告会社及び被告Aは、原告の許可なく e-J 電子カルテを販売することはしないなどの記載がある平成25年合意書に署名押印等し、また、被告Aも立ち会って、被告会社の端末から e-J 電子カルテのデータを消去する作業が行われた。これらの行動は、本件訴訟で被告らが主張する e-J 電子カルテの位置付けや再許諾の存在と矛盾するものであり、また、被告Aらが、上記の際に自由な意思でこれらの行為をしたものではないと認めるに足りる証拠もない。被告Aの供述中には、被告ら主張の再許諾と本件販売委託契約の内容や平成25年合意書の関係について述べる部分があるが、本件販売委託契約の文言とは相いれないことを述べたり、B診療所に導入した電子カルテシステムがアトム電子カルテとは異なるものであってe-J電子カルテとその構成がほぼ同一であるにも関わらず(前記)、それを否定するなど客観的な事実に反して自身の見解を述べるなどしたりするものであり、上記の矛盾を説明するものではない。これらからすると、エム・ビジョンが、被告会社に対し、被告会社主張の再許諾をしたことは認められない。
これらによれば、e-J電子カルテとその構成がほぼ同一のカルテシステムについて、被告会社がエム・ビジョンによる本件使用許諾契約に基づく再許諾によりB診療所への販売が許されていた旨を主張する被告らの主張には理由がない。
以上によれば、被告会社はe-J電子カルテの複製を行う権限はなかったところ、被告会社はその複製を行って、B診療所に導入された電子カルテシステムを作成したのであり、その行為は原告に対する複製権侵害の不法行為となる。
8 争点5-3(損害及び因果関係)について
被告会社は、原告に対し、複製権侵害の不法行為を行ったところ、原告は、被告会社の行為がなければ、原告が e-J 電子カルテを400万円で販売することができたと主張する。しかし、原告は、B診療所に対し e-J 電子カルテを400万円で販売するとする見積書を提出したものの、B診療所がその額で電子カルテシステムを導入する何らかの意向を示したことを認めるに足りない。原告は、当初、400万円よりも高額の見積書を提出し、それに対してB診療所はこれを承諾せず、原告は従前の見積書より値引きした400万円の見積書を提出したが、それについてもB診療所がその額で電子カルテシステムを導入する意向を示したことがあったとは認められないという経緯からすれば、被告会社の行為がなかったとしても、B診療所への電子カルテシステムの販売のために原告においてさらなる値引きが必要となった可能性があり、被告会社の行為により原告に400万円の損害が生じたとは認めるに足りない。もっとも、B診療所は、当時、新しい電子カルテシステムの導入を探っていたこと、B診療所が原告や被告会社以外の電子カルテシステムを導入しようしていたことは認めるに足りないこと、原告による見積書の提出後の相当に近接した時期に、e-J 電子カルテとほとんどの構成が15 同一でありほぼ機能を同じくする電子カルテシステムを被告会社が315万円で販売したこと、平成28年9月頃まで原告はB診療所からの値引要請を受けるとこれに柔軟に応じており、同月以降も値引要請を拒んでいたとの事情も認めるに足りないことなどを考慮すると、被告会社の行為がなければ、B診療所が同年10月以降に原告に値引きを求めて原告がこれに応じていた蓋然性があり、原告は、少なくとも315万円でe-J電子カルテを販売できたと認め、同額について、被告会社の違法な行為と相当因果関係がある損害と認める。また、被告会社の行為は原告に対する複製権侵害の不法行為であるところ、これを現実に行ったのは、被告会社の代表取締役であった被告Aであると認められ、被告会社と被告Aは共同不法行為を行った者として連帯して責任を負う。
なお、原告は、予備的請求1として、B診療所に e-J 電子カルテを販売したことが不正競争行為であると主張して、400万円の損害賠償請求をするところ、仮に原告が主張する行為が不正競争であると認められたとしても、それによる損害額が上記で認定した損害額を超えるとは認められない。このことにより、予備的請求1についての予備的主張を判断する必要はなく、その提出は、訴訟の完結を遅延させることとはならない。