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著作権判例セレクション

 性的描写を含むオマージュ作品の著作物性及び侵害性を認めた事例

令和5630日東京地方裁判所[令和4()25601]
() 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者が、ツイッターにおいて、原告の作成した別紙記載の文章(「本件原告文章」)を複製又は翻案して作成した別紙記載の文章(「本件投稿文章」)を投稿(「本件投稿)したことにより、本件原告文章に係る原告の著作権(複製権、翻5 案権及び公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)が侵害されたことが明らかであり、上記氏名不詳者に対する損害賠償請求権等の行使のため、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、プロバイダ責任制限法5条2項に基づき、本件発信者情報の開示を求めた事案である。

1 争点1(本件投稿により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか)について
(1)  本件原告文章の著作物性について
弁論の全趣旨によれば、原告は、キャラクター名、舞台設定、「エリートポイント」との概念及び呼称並びに末尾の台詞について、本件映画を参考にして本件原告文章を作成したことが認められるものの、他方で、本件映画は全年齢を対象としたものと認められるから、その内容に性的な描写を含んでいないものと考えられる。
以上を前提に本件原告文章を検討すると、登場人物が性的行為を行っている状況を描写するものであって、その具体的な動作や会話の内容、感情の叙述のほか、全体的な記述の順序及び構成において工夫がされていると認めることができ、その表現には原告の個性が表れているといえる。
したがって、本件原告文章は、原告の「思想又は感情を創作的に表現したものであつて」「文芸」「の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)といえ、「言語の著作物」(同法10条1項1号)に当たるというべきである。
(2)   本件投稿文章が本件原告文章を複製又は翻案したものかについて
ア 言語の著作物の「複製」(著作権法2条1項15号)とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうと解される。
 また、言語の著作物の「翻案」(同法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないと解される。
イ 本件原告文章の冒頭部分と本件投稿文章の冒頭部分とは、天下統一カスカベ学園は入学すると皆エリートになることができる評判の学校であるとの紹介、歯を立てると夕飯抜きとなる旨の台詞、登場人物が生徒会室で性的行為に及んでいること、オツムンは気を利かせているのか黙っていること、事が終わった後にポイントを減点するのだろうが、当該ポイントは無用の長物であることを表現している点において、その内容及び順序がほぼ共通していることが認められる。
このような本件投稿文章の冒頭部分における表現上の共通性に照らせば、本件投稿文章の冒頭部分は、本件原告文章の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、かつ、本件原告文章の表現上の本質的な特徴を感得することができるものといえる。
そして、本件投稿文章の冒頭部分における記述のうち、特に登場人物が性的行為を一向に止めないとの動作の描写には、本件原告文章と差異があるところ、この差異部分における記述の内容及び方法には、作者の新たな思想又は感情が創作的に表現されているものといえる。
ウ 次に、本件原告文章の末尾部分と本件投稿文章の末尾部分とは、どんなことをされても言うことを聞くのは、風間くんだからと述べていること、主人公が「しんのすけ」を突き飛ばしたこと、唇を許すと躾という建前が崩れること、青春や恋愛のような無駄なものは必要がないこと、主人公が「お願いだから」と述べること、主人公が敵意を込めて「しんのすけ」を睨みつけたこと、「しんのすけ」が主人公の耳元で「風間くんを」「諦めない」と述べたことを表現している点において、その内容及び順序がほぼ共通していることが認められる。
このような本件投稿文章の末尾部分における上記の表現上の共通性(なお、本件原告文章のうち、末尾の「オラは、風間くんを絶対諦めない」との台詞は、本件映画を参考にしたものであると認められ(前記(1))、この部分には原告の表現上の創作性があるとはいい難いから、この点における共通性は考慮しない。)に照らせば、本件投稿文章の末尾部分は、本件原告文章の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、かつ、本件原告文章の表現上の本質的な特徴を感得することができるものといえる。
そして、本件投稿文章の末尾部分における記述のうち、特に主人公が、あの頃の自分はここにいないと述べることや、「しんのすけ」の瞳に僕の表情が映る様子を描写している点において、本件原告文章と差異があるとこ20 ろ、この差異部分における記述の内容及び方法には、作者の新たな思想又は感情が創作的に表現されているものといえる。
エ 前記イ及びウにおいて説示した本件原告文章と本件投稿文章の各冒頭部分及び各末尾部分の表現上の共通性に鑑みれば、本件原告文章に接することなく独自に本件投稿文章を作成することは極めて困難と考えられる上、25 氏名不詳者は、本件投稿に当たり、本件作品投稿サイトに上げていた小説であると述べていること(前提事実(3))からすると、本件作品投稿サイトの存在を認識していたと認められ、本件原告文章に接する機会があったといえる。これらの事情を考慮すると、本件投稿文章は本件原告文章に依拠して作成されたものと認めるのが相当である。
オ 以上によれば、本件投稿文章は、本件原告文章を翻案したものと認められる。
(3)  本件投稿により原告の著作権又は著作者人格権が侵害されたかについて前提事実(3)のとおり、氏名不詳者は、本件投稿により、本件投稿文章の全文を送信可能化(著作権法2条1項9号の5イ、同項9号の4、同項7号の2)したと認められ、前記(2)において説示したとおり、本件投稿文章は、本件原告文章を翻案したものであるから、本件原告文章の表現上の本質的な特徴を感得できる部分についても送信可能化されたと評価できる。
そして、本件全証拠によっても、本件投稿について違法性阻却事由が存在することは全くうかがわれない。
したがって、本件投稿により、少なくとも本件原告文章に係る原告の著作権(公衆送信権)が侵害されたことは明らかである。
2 争点2(原告が本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由を有するか)について
(1) 弁論の全趣旨によれば、原告は、氏名不詳者に対し、本件原告文章に係る原告の著作権が侵害されたことを理由として損害賠償請求等をする意思を有しており、そのためには、被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があると認められる。
したがって、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(2) これに対し、被告は、本件映画の著作権者の許諾がない限り、本件映画の二次的著作物である本件原告文章の作成は違法な行為であるから、原告に損害は発生していないし、万が一、原告に生じた損害が観念できるとしても、氏名不詳者の故意又は過失による違法行為との因果関係を欠くと主張する。
そこで検討すると、前記1(2)アのとおり、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないと解される。
前記1(1)において認定したとおり、原告は、キャラクター名、舞台設定、「エリートポイント」との概念及び呼称並びに末尾の台詞について、本件映画を参考にするとともに、一部の台詞については、TVアニメ「クレヨンしんちゃん」をオマージュして、本件原告文章を作成したことが認められる。
しかし、本件映画やTVアニメ「クレヨンしんちゃん」(以下、これらを合わせて「本件映画等」ということがある。)のうち、原告が参考にした部分の具体的な内容を認めるに足りる証拠はなく、原告が自認する事項についても、これらが、アイデアなど表現それ自体でないか、表現上の創作性がない部分である可能性を否定できない。このほか、本件全証拠によっても、本件原告文章について、本件映画等の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が本件映画等の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものであるとは認められない。
そうすると、本件証拠上、原告が本件文章を作成した行為が、本件映画等を複製又は翻案するものであって、著作権を侵害する違法なものであるということはできない。
したがって、被告の上記主張は、その前提を欠くものであって、採用することはできない。