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著作権判例セレクション
古文単語の語呂合わせの著作物性及び侵害性が問題になった事例
▶平成11年9月30日東京高等裁判所[平成11(ネ)1150]
(注)〇…原審で著作物性が認められたもの ×…控訴審で著作物性が否定されたもの ◎…控訴審で著作物性が認められたもの
古語「あさまし」の語呂合わせ…〇◎「朝めざましに驚くばかり。」(ただし、被告語呂合わせ「朝目覚ましに驚き呆れる。」の依拠性を否定)
古語「あやし」の語呂合わせ…〇◎「アッ、ヤシの実だ。いや、シイタケだ。」(ただし、対応する被告語呂合わせ「朝目覚ましに驚き呆れる。」との実質的同一性を否定)
古語「ひがひがし」の語呂合わせ…〇◎「『日が東に沈む』というひねくれた奴」(ただし、対応する被告語呂合わせ「日が東に沈むとはひねくれている。」との実質的同一性を否定)
以下、原審及び控訴審ともに著作物性を否定した例:
古語「さかし」の語呂合わせ…××「『坂下』かしこい」
古語「やさし」の語呂合わせ…××「『やさし』い優美ちゃん」
古語「やうやう(ようよう)」の語呂合わせ…××「『ヨーヨー』だんだんうまくなる。」
第二 事案の要点及び訴訟の経緯等
一 本件訴訟は、一審原告が、自ら執筆した書籍(原告書籍)に掲載した古文単語と現代訳語とを結合して一連の意味のある語句や文章にした語呂合わせ(原判決別紙対照表1ないし42の原告語呂合わせ)が一つ一つ創作性を有する著作物であり、一審被告が執筆した書籍(被告書籍)に掲載された語呂合わせ(原判決別紙対照表1ないし42の被告語呂合わせ)は、それぞれ右原告語呂合わせと実質的に同一又は類似であり、原告語呂合わせに依拠して作成されたものであるから、一審原告の有する著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権)を侵害するとして、一審被告に対し、財産権損害及び慰藉料を請求したものである。
これに対し、一審被告は、被告語呂合わせはいずれも独自に作成したものであり、原告書籍を参考にしていないし、依拠したこともないと争っている。
二 原判決は、原告語呂合わせのうち、1、13、27につき著作物性を認め、被告語呂合わせ1、13、27が右原告語呂合わせと実質的に同一であり、これらに依拠して作成されたものと推認し、一審原告の有する複製権及び氏名表示権を侵害しているものと認定した上、一審被告に対し、財産的損害五万円、慰謝料五万円の支払を命じ、その余の一審原告の請求を棄却した。
三 当事者双方が控訴し、当審において、一審被告は、原判決後調査したところ、古語の語呂合わせに関する書籍として、一審原告の執筆に係る最初に発行された原告書籍一より1年以上前の平成元年1月発行の「ネコタン365」(五十嵐一郎著・株式会社学習研究社発行。)が存在し、同書籍には、原判決が著作物性を認めた原告語呂合わせ13及び27に類似した語呂合わせが既に掲載されていたことが判明したが、「ネコタン365」に掲載されている語呂合わせと類似したものは、その後に発行された原告書籍、被告書籍及び他の同種書籍に掲載されている語呂合わせ中にもそれぞれ10%前後見られるところであり、このことは、古語の語呂合わせ作成においてはその性質上他の類書を参考にすることがなくても偶然の一致が生じ得ることを裏付けるものであると主張した。
四 原判決が著作物性を認定した原告語呂合わせ1、13、27並びにこれらに対応する「ネコタン365」の語呂合わせ及び被告語呂合わせは、次のとおりである。
1 古語「あさまし」(原告書籍一は「めざまし」とも関連付けている。)
・ネコタン365 「あさましい・・・手を食う猫に驚きあきれる。」
・原告書籍一 「朝めざましに驚くばかり。」
・被告書籍一 「朝目覚ましに驚き呆れる。」
13 古語「あやし」
・ネコタン365 「あ、やしの木だ!でもちょっとみすぼらしい。」
・原告書籍二 「アッ、ヤシの実だ。いや、シイタケだ。」
・被告書籍一 「あっやしの実だ、いや、しいたけだ、そーまつぼっくりだ、不思議だな。」
27 古語「ひがひがし」
・ネコタン365 「ひが、ひがしからのぼるのは、ひねくれているわけじゃない。」
・原告書籍一 「『日が東に沈む』というひねくれた奴」
・被告書籍一 「日が東に沈むとはひねくれている。」
五 当審において、当事者双方は、「ネコタン365」の存在を知らなかったし、参考にしたことはない旨主張し、それぞれの語呂合わせにつき独自に作成した経緯等を具体的に主張した。そして、一審原告は、原告語呂合わせのうち、前記13、27のほか、3、11、14、17、18、22、24、26、28、30、31、33ないし41(合計二二個)に関する著作権及び著作者人格権の主張を撤回した上、損害賠償請求額を減縮し、著作権等の侵害を主張する原告語呂合わせを1、2、4ないし10、12、15、16、19ないし21、23、25、29、32及び42(合計20個)に限定した。
(略)
第四 当裁判所の判断
当裁判所は、原告語呂合わせ1については著作物性を認め得るが、これと実質的に同一と認められる被告語呂合わせ1が原告語呂合わせ1に依拠して作成されたものと認めることができず、原告語呂合わせ4及び32は、原判決の認定、判断と同様に、著作物性を肯定し得るものの、これらに対応する被告語呂合わせ4及び32は実質的に同一のものとはいえず、また、その余の原告語呂合わせは、原判決の認定と同じく、いずれも著作物とは認められない(なお、原告語呂合わせ21については著作権の承継取得が認められない。)ものと判断した。したがって、結論として、被告語呂合わせ1、2、4ないし10、12、15、16、19ないし21、23、25、29、32及び42が原告語呂合わせ1、2、4ないし10、12、15、16、19ないし21、23、25、29、32及び42の複製権及び翻案権並びに氏名表示権及び同一性保持権をそれぞれ侵害する旨の一審原告の主張(減縮後のもの)は、いずれも理由がないと判断するものであるが、その理由は、次のとおり、付加、訂正、削除するほか、原判決の…に記載のとおりである。
一 原告語呂合わせの減縮等による削除
(略)
二 語呂合わせの創作性に関する主張について
原判決…の次に、改行して、次を加える。
「 なお、一審原告は、特許事件についての裁判例も参酌すれば、古語と現代語訳を組み合わせたようなものであっても、それらの公知語句から予測される範囲を超えた作用効果をもたらす限り、創作性を認められるべきである旨主張するが、独自の見解であり、一般論としてそのまま採用することはできない。」
三 原告語呂合わせ21(Cからの承継取得)について
原判決…を次のとおり改める。
「(二一) 原告語呂合わせ21につき、原告は、Cから著作権を譲り受けた旨主張し、その根拠として、原告語呂合わせ21は、一審原告が著作した受験参考書に掲載した「ごろあわせ募集広告」に応じて寄せられた作品の中から適当なものを選び、改訂時に語呂合わせと作者名を掲載しているものであるが、広告の文面及び一審原告の出版物がいずれも受験参考書であることを考慮すれば、応募者は受験の記念として掲載を望むのみであり、著作権等については一審原告に無償で譲渡する意思であると解するのが、当事者の意思の合理的解釈である旨主張する。
(証拠等)によれば、一審原告は、自己の著作した古文の受験参考書に、「∧あなたもゴロあわせを作ってこの本にのせよう∨ 自分で工夫した単語の覚え方を下記までお送りください。採用作品はあなたの作品であることを明記しこの本にのせます。なお、採用された方にはあなたの作品がのったこの本を郵送します。」との広告を掲載し(なお、の原告書籍二は、1993年4月20日発行の第10刷であるが、それ以前から、一審原告主張の古文の受験参考書には一審原告主張の募集広告が掲載されていたものと認められる。)、Cもこの広告に応じて自己の創作した原告語呂合わせ21を一審原告に送付したことが認められるが、右広告には、応募作品の著作権は一審原告に帰属する旨を明記した記載はなく、また、右募集広告の文言のみから、原告書籍三に掲載された投稿作品の著作権を一審原告に帰属させる旨の合意が成立したものと認めることはできない。
したがって、原告語呂合わせ21の著作権侵害を理由とする一審原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。」
四 依拠について
原判決…を、次のとおり改める。
「3 次に、被告語呂合わせ1を作成するに当たり、原告語呂合わせ1への依拠があったか否かについて判断する。
確かに、原告書籍一と被告書籍一は、いずれも大学受験用に古文単語を語呂で記憶するための本であり、執筆目的が共通であること、原告書籍一は、被告書籍一の発行よりも8年程度以前から発行され、現在まで相当部数が販売されていることが認められる。
他方、原告語呂合わせと実質的に同一と認められた被告語呂合わせは、被告語呂合わせ1だけであること、一審原告が著作権等侵害を主張する原告語呂合わせの減縮後のもの20個と原告語呂合わせ13の合計21個について、他の同種書籍に比し、原告書籍と被告書籍一との一致度数のみが非常に高いとの点についても、前記のとおり、一審原告が選んだ右原告語呂合わせのほとんどは著作物とは認められないものであり、しかも、一審原告がどの古文単語を選ぶかによって一致度数はいくらでも変化し得るものにすぎないこと、一審被告は、被告語呂合わせ1を、原告語呂合わせ1とは異なり、「あさまし」の説明のために使用しているが、「めざまし」と関連付けては説明していないこと、「あさまし」の前半部分から「朝」を連想することは、さほど不自然ではないと考えられること(一審被告は、「あさまし」に対応する動詞「あさむ」についても、「朝ムッツリすけべに驚く」との語呂合わせを紹介しているものである。(証拠)のほか、一般的に、古語に関する語呂合わせは、古語と現代語訳とを結び付けて、記憶しやすい一連の語句や文章として簡潔に表そうとするものであるところ、それぞれの古語や現代語訳自体は客観的に広く知られているものであるから、各作成者が独自に工夫しても、ある程度相互に似通った発想や表現が生じ得る必然性と可能性を有しているものであること、現に、原告書籍、被告書籍及び他の同種書籍に掲載された語呂合わせの中には、これらより前に発行された「ネコタン365」に掲載されている語呂合わせと類似した発想や表現を含むものがそれぞれ10%前後存在していること、当事者双方は、いずれも「ネコタン365」の存在を知らなかったし、参考にしたことはない旨主張するところ、それぞれその主張は信用することができるものであることが認められる。
これらの事情を総合すると、被告語呂合わせ1は原告書籍一に依拠せずに、独自に創作したものである旨の当審における一審被告本人尋問の結果を信用できないものとすることはできず、他に一審被告の依拠の点を認めるに足りる証拠はない。
なお、一審原告は、本件訴訟の提起前に一審被告と電話で話し合った際、一審被告は原告書籍を参考にしていたことを自認していた旨主張し、当審における一審原告本人尋問においてそれに沿う供述をするが、右自認の点は、一審被告が当審における一審被告本人尋問において否定しているところであり、しかも、一審被告がその本人尋問において電話での一審原告に対する説明内容として供述する点も首肯し得る内容のものであるから、一審原告の主張に沿う当審における一審原告本人尋問の結果の一部は採用することができず、他に一審被告の自認の点を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、被告語呂合わせ1の作成に当たり、原告語呂合わせ1への依拠があったものとは認められず、原告語呂合わせ1についても、一審原告の有する著作権及び著作者人格権の侵害はないというべきである。」
五 まとめ
原判決…を、次のとおり改める。
「4 以上によれば、原告語呂合わせ1、2、4ないし10、12、15、16、19ないし21、23、25、29、32及び42のいずれについても、複製権及び翻案権並びに氏名表示権及び同一性保持権侵害は認められないものである。」
第五 結論
よって、一審原告の請求はすべて理由がなく、一審原告の請求の一部を認容した原判決部分は相当でないから、一審被告の控訴を認容し、一審原告の控訴を棄却することとする。