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著作権判例セレクション

【実演家の権利】実演家(オペラ歌手)の著作隣接権侵害を認定した事例/CDの音質及び録音内容が劣悪であるとのオペラ歌手の名誉棄損の主張を認めなかった事例

平成110827日東京地方裁判所[平成9()25997]
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、イタリアのオペラ歌手であり、被告は、音楽プロデュースを業とし、海外のクラシックアーティストの来日公演などを行っている会社である。
2 被告は、平成3年、原告を招聘してリサイタルを行い、原告は、日本国内で行われた右リサイタルにおいて、アンコール曲として、ドニゼッティ作曲の「連隊の娘」より「ああ、友よ、何と楽しい日」を歌唱した(以下「本件歌唱」という。)。
3 被告は、右リサイタルを記録用に録音した。
4 被告は、平成8年に、本件歌唱の右録音のほか他の14人の歌手の曲を収録した「東京プロムジカ一〇周年記念CD」(10th Anniversary Present by TOKYO PROMUSICA)と題するCDを製作し(以下、「本件CD」という。)、販売した。
二 本件は、原告が、被告に対し、「本件CDは、原告の実演の録音物を原告に無断で製作したものである」と主張して、著作隣接権に基づいて、その製作、販売の禁止及び被告が保管している本件CDの廃棄を求めるとともに、著作隣接権の侵害による損害賠償を求め、さらに、「本件CDは、その音質及び録音内容が劣悪であるから、本件CDの製作、販売行為は、原告の歌手としての名誉を毀損するものである」と主張して、名誉毀損による損害賠償及び謝罪広告の掲載を求める事案である。

第四 当裁判所の判断
一 争点1について
1 以下の証拠等によると、次の事実が認められる。
() 被告は、原告に対し、平成8520日ころ、本件CDを製作する趣旨を説明するとともに、本件CDに本件歌唱を収録する予定であること及び本件CDのほとんどは顧客や関係者に贈与されるものであるが、一部を祝賀企画の来場者に販売する予定であることを記載した文書を送付した。 
被告は、その後1か月以内に、原告から連絡が無かったことから、本件CDを製作し、関係者への配布等を開始した。
() 被告代表者は、同年7月、原告が本件CDが日本で販売されていることを知って立腹していることを知り、原告に対し、同年716日ころ、製作費を回収するために本件CDを200枚に限り販売したことについて了解を求める旨のファクシミリ文書を送付した。
原告は、被告代表者に対し、同日ころ、本件CDの製作、販売に抗議する内容のファクシミリ文書を送付したが、右文書には、①関係者に文書による承諾を求めないままCDを製作、販売することなど通常ではあり得ないこと、②ライブリサイタルの最後の曲を「ザベストセレクション」という題のCDに収録することが通常ではあり得ないこと、③本件CDが日本から出ない旨の証明文書を求めること、④本件歌唱を原告の指定する曲に差し替えるか又は原告の歌唱をすべて削除するのであれば、全世界に販売してもかまわないこと、⑤原告の職業上の侵害ができる限りすみやかに回復される場合に限り、被告からの連絡に応じるが、そうでない場合は、電話、ファックス、その他いかなる被告からの連絡にも応じないことなどが記載されていた。
() 被告代表者は、同月18日ころ、原告に対し、本件CDを世界市場では販売しないことを約束する一方、製作費を回収するため、本件CDを300枚に限りタワーレコードで販売することの了解を求める旨のファクシミリ文書を送付した。
() その後、原告は、平成96月まで、被告に連絡をしなかったが、同月11日付け内容証明郵便により、被告に対し、本件CDの製作、販売につき抗議をした。
2 右1認定の事実によると、被告は、平成85月に、原告に対して、本件CDに本件歌唱を収録する旨記載した文書を送付し、原告は、その後1か月以内に、被告に連絡を取らなかったのであるが、そうであるからといって、本件CDに本件歌唱を収録することについて原告の許諾があったということができないことは明らかである。
右1認定の事実によると、原告は、本件CDが日本で販売されていることを知って、同年7月に、被告に対して、本件CDの製作、販売に強く抗議する文書を送付し、右文書に、原告の職業上の侵害が回復されない場合には被告からの連絡に一切応じない旨記載し、その後も、本件CDの製作、販売を了解することなく、再度これに抗議する文書を被告に送付しているものと認められる。なお、右1()③④の記載は、右1()の原告の文書全体の内容に照らすと、本件CDを日本国内で販売することを許諾した趣旨であるとは到底解されない。
したがって、原告が、世界市場で販売しないことを条件として本件CDの製作、販売を黙示的に許諾したものと認めることは到底できず、その他、原告が本件CDの製作、販売を許諾したものというべき事実は全く認められない。
二 争点2について
原告は、本件CDは、その音質及び録音内容が劣悪で、聴取者に原告の歌唱力が低いという誤解を与えるものであるから、本件CDの製作、販売は原告の名誉を毀損するものであるとして、損害賠償及び名誉回復措置を請求する。
しかしながら、証拠によると、本件CDは、その音質及び録音内容が、原告の歌唱力について誤った印象を与えるほど劣悪であるとは認められないから、本件CDの製造、販売が、原告の名誉を毀損するものとは認められない。
そうすると、本訴請求のうち名誉侵害による損害賠償及び謝罪広告を求める請求については、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
三 争点3について
右一で認定した事実によると、被告が、本件CDの製作、販売について原告の許諾を受けたというべき事実は全く存しないから、被告代表者には、本件CDの製作に当たって、原告の著作隣接権侵害につき故意があったものと認められる。
そうすると、被告は、本件CDの製作、販売によって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
四 争点4について
1 以下の証拠等によると、次の事実が認められる。
() 被告は、本件CDを1000枚製作し、その費用として、プレス代等として309000円、CDジャケットカバー代等として25万円の合計559000円を支出した。
被告は、被告の設立10周年を記念するために本件CDを製作したもので、もともと本件CDによって利益を得ることは考えていなかった。
() 被告は、制作費用の一部を回収するため、平成86月に、タワーレコード株式会社に、本件CDを単価1200円で300枚販売し、本件CDは、その後、タワーレコードにおいて12039九円で販売されていた。被告は、平成912月に、右300枚のうち127枚の返品を受け、返品代金として152394円をタワーレコード株式会社に支払い、結局、本件CDを173枚販売したことにより207606円の収入を得た。
被告は、残りの700枚の本件CDのうち、一部を被告主催のコンサートの会場で販売したほか、その余の本件CDを、報道関係者、出版関係者、顧客等に無償で配布した。
2 右1認定の事実によると、本件CDの製作販売によって、被告は、207606円の収入を得たことが認められるが、それは、本件CDの製作費用を下回っており、その他、被告が、本件CDの製作、販売によって得た利益の額を認めるに足りる証拠はない。
3 そこで、右1認定の事実と前記の事実に基づき、原告が本件CDの製作、販売に対して受けるべき対価の額について検討するに、本件CDは、小売価格としては約2000円相当のもので、1000枚製作されたこと、本件CDの多くは無償で配布されたが、それは、被告にとって広告宣伝の効果があったものと推認されること、本件CDの製作費用は559000円であったこと、本件CDは、本件歌唱のほか他の14人の歌手の曲が収録されていることなど諸般の事情を総合すると、原告が本件CDの製作、販売に対して受けるべき対価の額は、10万円と認めるのが相当である。
4 原告が、本件訴訟の提起、維持のために弁護士である原告訴訟代理人らを選任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の性質、内容、審理の経過、訴訟の結果及びその他の諸般の事情を考慮すると、20万円をもって、本件著作隣接権侵害行為と相当因果関係のある損害(弁護士費用)として被告がこれを賠償する義務があると認められる。