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著作権判例セレクション
【出版許諾】出版許諾契約の解釈(発行部数の限定があったか否か等)が問題となった事例/出版権設定契約に法82条の類推適用を認めなかった事例
▶平成13年11月30日東京地方裁判所[平成12(ワ)15312]
(注) 本件は,民家の写真及び解説文について著作権及び著作者人格権を有する原告が,同著作物を掲載した書籍を出版,販売した被告らの行為等が原告の同権利を侵害するとして,被告らに対して,上記書籍の出版等の差止め及び損害賠償金の支払を求めた事案である。
1 争点(1)(原告の出版許諾に発行部数の限定があったか。)について
(1) 証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
ア 本件出版許諾契約締結に至る経緯
(ア) 原告は,日本各地の民家の撮影を中心として活動している写真家であり,写真集を数多く出版,公表している。
被告新潮社は,かつて,原告の撮影した写真を掲載した書籍「民家Ⅰ町家」を出版したことがあったが,同書籍に掲載されている写真を使用したりして,「とんぼの本」のシリーズの1つとして,全国の民家や町並みの写真や観光的な情報を掲載した新たな書籍を出版することを企画した。同被告は,被告日本アート・センターに対して,本件書籍の編集,製作を委託した。
(イ) 編集等を担当したBは,平成8年5,6月ころ,原告に対して,電話で,原告が撮影した民家の写真を集めて,出版したい旨申し入れたところ,原告は,この申し入れを了承した。そして,同年7月2日,原告とBが面談し,Bは原告に対して,原告が既に撮影した民家の写真を中心として,これらを使用した書籍を製作すること,本件写真の使用料を105万円とすること,取材費は支払えないこと等の条件を提示をした。これに対し,原告は,民家の見学料の実費の支払を求めたところ,Bは同要求を了承した。同日の面談では,上記の企画の対象となる書籍の発行部数についての話は一切出なかった。また,当初,同書籍に民家の解説文等は,第三者が執筆することを想定していたが,後日,原告からの申し出により,原告が執筆することに合意された。
(ウ) 平成8年7月18日,被告新潮社と被告日本アート・センターとは,本件書籍の出版及び編集について,次のとおりの内容の契約(以下「本件編集委託契約」という。)を締結した。
① 被告新潮社は,本件書籍の編集業務を被告日本アート・センターに委託する。
② 本件書籍の製作に関する事項は被告新潮社が決定する。本件書籍の製作進行については,被告新潮社の協力を得て被告日本アート・センターが履行する。
③ 被告新潮社は,被告日本アート・センターに対して,本件書籍の編集業務の対価(被告日本アート・センターが原告に対して支払う原告著作物の使用料分も含む。)として370万円を支払う(この金額は,被告新潮社が発行する本件書籍の部数に左右されない。)。
(エ) 次いで,平成8年9月24日,原告は,Bと面談し,被告日本アート・センターとの間で,本件出版許諾契約を締結した。
本件出版許諾契約の締結に際して,契約書は作成されなかった。しかし,被告日本アート・センターは,原告著作物の使用料に関して本件覚書を作成し,上記面談の際に,Bが原告にこれを交付した。本件覚書には次のとおりの記載がある。
① 本文原稿料 400字1枚につき4500円
② 写真使用料 合計105万円
③ 取材費は支払わないが,民家の見学料の実費は支払う。
④ 上記以外の事項については協議する。
(2) 本件出版許諾契約締結後の経緯
(ア) 平成9年2月28日,被告日本アート・センターは原告に対して,本件出版許諾契約に基づき,一部金50万円を支払った。
同年3月25日,被告新潮社は,本件書籍の1刷(1万部)を,定価1500円で出版した。本件書籍には,原告の撮影に係るカラー写真がカラー112点,白黒21点(「民家Ⅰ町家」に使用された写真は,カラー21点,白黒2点)が掲載された。同月,原告とBは,原告著作物の使用料について協議し,①本件写真の使用料としては,本件覚書記載の使用料に25万円上乗せして130万円,②本件紀行文の原稿料としては本件覚書に記載された算定方法どおり34万6500円と確定した。そして,被告日本アート・センターは原告に対して,同年4月30日に80万円,同年5月30日に34万6500円を支払った。
(イ) 原告は本件書籍が発行されてからしばらく経過した後,本件書籍の第1刷に訂正すべき箇所を発見したことから,Bに電話で,増刷するのであれば,訂正箇所があるので直して欲しいと伝えた。
Bは,平成9年9月ころ,原告に対して,葉書で本件書籍の増刷が決定した旨の通知をした。
その後,同年10月23日,原告と被告らとの間で,第2刷分の著作権使用料に関する見解の対立が表面化したため,原告とC及びBが集まって,協議することになった。原告は,本件書籍の第2刷分に対しては別途使用料を支払うべきであると見解を述べ,これに対し,Bらは,本件出版許諾の対価は既に支払済みである旨見解を述べた。
(ウ) 被告新潮社は,平成10年10月5日,本件書籍の第2刷(2000部)を,定価1500円で出版した。
Cは,平成11年1月18日,原告に対して,電話で本件書籍の第3刷を発行する旨連絡し,これに対し,原告は,訂正及び追加加筆したい箇所がある旨伝えた。
被告新潮社は,平成11年2月末日,本件書籍の第3刷(2000部)を,定価1600円で出版した。
(エ) なお,本件書籍における第2刷の執筆者略歴欄には,原告作品として,第1刷で紹介された作品に加え,淡交社から出版された「蔵」が追加され,第3刷では,第2刷で紹介された作品に加え,河出書房新書から出版された「MINKA-民家」が追加されている。
(2) 上記認定した事実を基礎に検討する。
ア 原告と被告らの本件出版許諾契約において,出版部数について4000部に限定するとの合意はされていなかったと認定するのが相当である。その理由は次のとおりである。
(ア) 原告とBとは本件出版許諾契約締結に至るまでに,2回面談をしているが,その面談の際に,本件写真の使用料については,十分に協議されていたにもかかわらず,発行部数の制限に関しては,全く協議されていなかった。また,被告日本アート・センターが本件出版許諾契約を締結するに当たって作成し,原告に交付した本件覚書には,原告著作物の使用料についての記載はあるが,本件書籍の発行部数についての記載は一切なかった。
ところで,①被告新潮社は,「とんぼの本」のシリーズの一つとして,本件書籍の出版を企画したものであり,被告らにとって,本件書籍の発行部数に制限を付するか否かは重要な事項であるといって差し支えないこと,②本件出版許諾契約において,被告日本アート・センターの原告に対する本件著作物の使用料(最終的には合計164万6500円)が,所定の発行部数に対するものであるか否かについても,同被告にとって極めて重要な事項であるといえることに照らすと,仮に,本件出版許諾契約において,原告の許諾した発行部数に限定が付されていた場合には,必ず,本件覚書やその他の書面に,その旨を記載するのが自然であるにもかかわらず,本件出版許諾契約においては,そのようなことは行われていない。
(イ) 被告新潮社と被告日本アート・センターとの間で締結された本件編集委託契約においては,被告新潮社は被告日本アート・センターに対し,本件書籍の編集業務費用として,本件書籍の発行部数を限定せずに,一定の金額を支払うこと,被告日本アート・センターは,原告に対して支払うべき原告著作物の使用料を被告新潮社から受領した編集業務費用から捻出することが明示的に記載されている。
したがって,被告新潮社と被告日本アート・センターとの間の上記契約締結後に,被告日本アート・センターと原告との間で,発行部数を4000部に限定した契約が締結されるということは不自然であるし,また,被告日本アート・センターが原告との間で,本件出版許諾契約において,被告日本アート・センターが原告に支払うことを約した使用料164万6500円が本件書籍の4000部に対する対価であると解することも不合理である。
(ウ) 原告は本件書籍の出版後,Bに対して,増刷に備えて訂正箇所を通知しているのであるから,原告自身も増刷を前提としていたものと認められ,したがって,本件出版許諾契約において,発行部数に制限が付されていたものと解するのは不自然である。
イ これに対して,原告は,本件出版許諾契約を締結した平成8年9月24日に,Bに対して,本件書籍の発行部数を尋ねたところ,Bから4000部くらいである旨の回答を得た旨主張し,証拠には,上記主張に沿う部分も存する。
しかし,上記認定のとおり,原告とBとは本件出版許諾契約締結に至るまでに,2回にわたり面談をしているが,その面談の際には,本件写真の使用料についての具体的な金額が出ていたにもかかわらず,発行部数についての話題は一切されていないという経緯に照らすならば,契約締結の当日に,上記のような会話がされたからといって(その趣旨は必ずしも明らかでない。),既に合意されていた原告著作物の使用料が4000部に対するものに限定されたと解することはできない。この点の原告の主張は採用できない。
ウ 以上のとおり,本件出版許諾契約は,原告が,被告日本アート・センターから,原告著作物の使用料として,所定の金額(164万6500円)の支払を受けることにより,被告新潮社に対して原告著作物を使用した書籍を、部数の限定なしに出版することを許諾するというものである。したがって,被告新潮社が原告著作物を使用して出版できる本件書籍の部数に制限が付されていたと解することはできない。
また,以上認定したところによれば,原告著作物の使用料が,本件書籍の出版部数4000部又は1万部に対するものであるとの原告の主張に理由がないことも明らかである。
2 争点(2)(増刷の際の通知義務違反による著作者人格権侵害の有無)について
本件出版許諾契約は,前記1で判示したとおり,出版権を設定する合意を含んでいないと認められる(この点は,当事者間に争いがない。)。
本件出版許諾契約が出版権設定契約でない以上,原告には,出版権設定契約の成立を前提とした著作権法82条所定の諸権利(修正増減する権利,増刷の際に通知を受ける権利)は当然には認められない。したがって,同法82条の適用があることを前提とする原告の主張は失当である。
なお,(証拠)及び弁論の全趣旨によれば,第2刷の増刷については,平成10年9月下旬ころ,被告日本アート・センターは,原告に対し第2刷を知らせる葉書を送付していること,第3刷の増刷については,平成11年1月中旬ころ,Cが原告に対し,第3刷の増刷が決定したことを通知し,本件書籍の執筆者略歴欄に「MINKA 民家」(河出書房新社)を追加したことが認められ,このような経緯に照らすならば,仮に増刷の際に通知すべき何らかの義務があったとしても,被告らは,その点の義務を尽くしているということができる。被告らの行為には,原告の著作者人格権を侵害すると解すべき点は存在しないと解すべきである。
3 以上のとおり,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。