Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】手紙の複製権・譲渡権・プライバシー権等の侵害が争点となった事例

▶平成16928日大阪地方裁判所[平成16()6772]
() 本件は、原告が被告に出した手紙に関し、被告が大阪書籍に対して複製物を渡すなどした行為が、①上記手紙についての複製権、譲渡権及び著作者人格権侵害である、②プライバシー侵害である、③信義則に反する行為であるとして、損害賠償を請求した訴訟である。

1 争点(1)(複製権侵害)について
 (1) 本件においては、本件手紙の原本がどうなったのかを認めるに足りる的確な証拠もなく、また、本件手紙の原本や複製物が被告から大阪書籍以外の者に交付されたことを窺わせる証拠もない。上記事実に照らせば、被告が大阪書籍に交付した物が、本件手紙の複製物であったと断じることはできないため、被告が、本件手紙を複製したと認めるに足りる証拠はない。
 (2) 被告が大阪書籍に交付した物が本件手紙の複製物であった場合の原告の損害について判断する。
本件手紙は、活字で印刷されたものであって、原告はこれについて、①教科書各社の不正行為の実態と原告の対応は、教科書発行業者、教材発行業者、写真エージェンシー各社にとっては垂涎の情報であった、②「自書告身帖事件最高裁判決」に係る研究は、他に類例を見ない原告独自のものであり、新説であるとしており、これを文芸ないし学術の著作物であると主張するものと解される。しかし、被告がこれを複製して大阪書籍に交付していたとしても、そのことにより、原告に損害が発生したものと認めることはできない。その理由は、次のとおりである。
ア 本件全証拠によっても、本件手紙の原本や複製物が有償で取引されているとは認められず、原告が本件手紙を販売することができたとも、被告が本件手紙の複製及び譲渡により利益を受けたとも認めることはできない。
イ 本件全証拠によっても、原告の所蔵品に関する教科書各社の行為の実態と原告の対応や「自書告身帖事件最高裁判決」に係る研究を始めとする、本件手紙に記載されている内容に関する原告の著作物が、市場で有償で取引されていると認めることはできない。また、被告が、本件手紙を複製した部数が、1部より多かったと認めるに足りる証拠もない。
そうだとすると、被告が本件手紙を1部複製して大阪書籍に交付した行為をしたとして、その行為について、原告に著作権の行使につき受けるべき金銭の額があると認めることはできない(少なくとも、本件手紙を多数部複製した場合はともかくとして、1部限りの複製について、原告が著作権の行使につき受けるべき金銭の額が、法令に従って端数計算をした場合に金1円以上となると認めることはできない。)。
ウ 原告は、被告が大阪書籍に本件手紙を交付したために、それが別件二次訴訟に証拠として提出され、その結果、裁判所の判断を誤らせ、原告が一部敗訴したから、その敗訴部分279万円について被告の誤審寄与率3分の1を乗じた93万円が、原告の損害である旨主張する。
しかし、被告が本件手紙の原本を大阪書籍に交付していた場合にも、大阪書籍は、本件手紙の写しを別件二次訴訟に証拠として提出できたことは明らかである。また、大阪書籍が、本件手紙を閲読して内容を認識していただけであった場合でも、大阪書籍は、文書送付嘱託申立等の方法により、本件手紙の写しを別件二次訴訟に証拠として提出できたことも明らかである。したがって、被告が本件手紙を複製したとしても、そのことと、大阪書籍が本件手紙の写しを別件二次訴訟に証拠として提出したこととの間に、相当因果関係を認めることはできない。まして、別件二次訴訟の判決との間の相当因果関係は、更にこれを認めることができない。
エ 他に、被告が本件手紙を複製したことにより、原告に損害が発生したと認めるに足りる証拠はない。
2 争点(2)(譲渡権侵害)について
(1) 著作権法26条の2第1項の規定は、平成11年法律第77号の施行の際(平成12年1月1日)現に存する著作物の原作品の譲渡による場合には適用されない(同法附則2項)。そして、原告が本件手紙を書き送ったのは平成10年6月であるから、本件手紙の原本の譲渡には著作権法26条の2第1項の適用がない。
換言すれば、被告から大阪書籍への本件手紙の交付に同条項の適用があるためには、交付されたものが複製物であることが必要である。ところが、前記1(1)のとおり、被告が、大阪書籍に交付した物が、原本であったか複製物であったか判然とせず、被告が大阪書籍に手紙の複製物を譲渡したとまで直ちに認めることはできない。したがって、この点において、被告が譲渡権を侵害したと認めるに足りる証拠はない。
 (2) また、前記1(2)認定のとおり、被告に譲渡権侵害があったとしても、原告に損害が発生したと認めることはできない。
3 争点(3)(公表権侵害)について
大阪書籍は被告の取引先であり、被告は、その縁故で大阪書籍に本件手紙の原本又は複製物を交付したのであるから、被告の行為は、原告の公表権を侵害するものではない。また、仮に、大阪書籍が、本件手紙を同業他社に交付したとしても、同業他社の数も、それらの社内で誰が見ることができるかも不明であって、これをもって直ちに、本件手紙を「公衆に提供し、又は提示した」ということができないのみならず、これを被告が行わせたとか、被告が大阪書籍に交付する際に予見していたとか、すべきであったと認めるに足りる証拠もない。
したがって、被告が原告の公表権を侵害したと認めることはできない。
4 争点(4)(同一性保持権侵害)について
証拠には、本件手紙の写しについて、一部塗りつぶしや書込みがあることが認められる。しかし、これは大阪書籍によって行われたと推認されるものであって、本件全証拠によっても、これが被告によって行われたとか、被告が大阪書籍に交付する際に予見していたとか、すべきであったと認めることはできない。
したがって、被告が原告の同一性保持権を侵害したと認めることはできない。
5 争点(5)(著作者の名誉、声望を害する方法によりその著作物を利用する行為を禁止する権利の侵害)
被告が、取引先である大阪書籍に本件手紙の原本又は複製物を交付したことをもって、著作者の名誉、声望を害する方法により本件手紙を利用したということはできない。原告が、この点について主張するところは、被告が交付した動機であって、著作物利用の方法ではない。
6 争点(6)(プライバシー侵害)について
(1) 証拠によれば、原告は、平成10年、その所有する錦絵を大阪書籍の出版する書籍に無断で掲載されたとして、大阪書籍を被告として、原告と大阪書籍との間の錦絵の利用許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(別件一次訴訟)を提起した。同訴訟は、平成13年4月、大阪書籍が原告請求額の一部を支払うこと、大阪書籍が、上記請求に係る社会科教科書、同教師用指導書、社会科資料集及び同教師用指導書における利用・使用以外に、その時点までに原告所蔵品映像・画像を使用・利用していたことが判明した場合には、「浅井コレクション蔵品映像利用規定」(平成8年7月28日改訂)に基づき解決すること等を内容とする訴訟上の和解(以下「別件和解」という。)をしたことが認められる。
(2) 本件手紙の内容は、別紙1のとおりであって、原告のコレクションに関して大阪書籍等が無断転・掲載を行っているのを発見して、大阪書籍に支払いを求めたこと、そのことが正当であるとする原告の主張、「自書告身帖事件最高裁判決」についての原告の見解、原告は泣き寝入りする考えはないことなど、原告と大阪書籍等との紛争についての原告の主張を記載したものであって、一般に私生活上の事実と理解される事柄が記載されているものではない。
(3) 上記本件手紙の内容からして、被告が、これを大阪書籍という特定の取引先だけに開示したとしても、そのことをもって、被告が原告のプライバシーを侵害したとすることはできない。
(4) 証拠によれば、原告と、被告との関係は、前記のとおりであって、原告と被告の代表者との間には親族関係もなく、取引先であるという以上の交際もなかったものと認められる。本件手紙がその程度の関係にある被告に手紙として送付され、特にその内容がプライバシーである旨原告が被告に説明したとか、守秘義務を課したとか、とも認められないことも、前記(3)の認定を裏付けるものというべきである。
よって、プライバシー侵害に関する原告の請求は理由がない。
7 争点(7)(信義則違反行為)について
(1) 信頼関係の破壊について
原告と被告との関係が、原告と被告の代表者との間には親族関係もなく、取引先であるという以上の交際もなかったことは前記6(4)認定のとおりである。そうだとすると、被告が、本件手紙を複写して大阪書籍に交付したとしても、これを信義則に反する行為とすることはできない。
(2) 支払い約束の反故について
ア 証拠によれば、原告と被告(代表取締役B)が、原告が300万円を請求した手紙に関して電話で話をした際に、原告がその一部を録音しており、そこには、被告が「その一文と一緒にお願いしたいんですが。今月末までに振り込みさせていただきますが。」として、何らかの条件と引き替えに何かの金員を支払う意向があることを表明したとみえる発言をしたことが認められる。
イ しかし、およそ、会話でのやりとりは、契約書とは異なり、様々な前提や文脈の中で、様々なやりとりをするものであって、一言隻句を捉えてその意味だけを論じるべきものではなく、会話全体から解釈しなければならないものである。
しかも、当事者双方が異なる前提や条件に立ったまま、それに気が付かないで交渉し、互いに異なった条件・約定で合意が成立したと誤信する行違いもしばしば起こるものである。
この観点から、上記録音をみると、上記録音は、会話の途中からのものであって、録音されている部分には、金額がいくらかという話もなく、録音前に決められていたかもしれない前提や条件の有無も判然としない。また、被告の前記発言のすぐ後には、原告が「法律的にも非常に問題があるということを、このごろ聞かされましてね、というか読みましてね。それに実害というか実損が生じているもんですので」として、原告が被告に対し、録音開始前に、原告に損害賠償請求権があることを前提とする説明をしていたようにも思えるうえ、被告がいう「その一文」の具体的文言も明確に合意されているかどうかも確認できない。しかも、最後に、被告が「きちっとさせていただきます」と述べた後、「あの、それからちょっとあのここにはあのー」として、条件か依頼か何かを持ち出そうとし、原告に対して「はい。わかりました。じゃお願いします。」と依頼する間の発言も録音されていない。
ウ 以上の点に加え、被告が電話で話した趣旨は、原告の損害賠償の請求が正当であるというのなら支払いをしなければならないという抽象的意味において了解したという意味であるとの被告の主張に鑑みると、前記録音をもっては、いまだ、原告が本訴において主張するような内容の支払い約束があったと認めるには足りないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
エ 証拠によれば、原告は、上記録音に係る会話の後、「私の当該書簡にかかる著作権が侵害され、私に精神的損害及び財産的損害が発生したことに係る解決策としまして、次のとおり覚書案を作成いたしましたのでご検討願います。」として、被告が300万円を支払うこと等を内容とする覚書案であって原告と被告が記名押印することを予定したものを被告宛に送付していることが認められるが、これは、原告が、支払い約束の合意がまだ未成立であると認識していたからであるように理解され、このことも、上記認定を裏付けるものである。
8 結論
以上の事実によれば、原告の請求は、その余について判断するまでもなく理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。