【著作物の定義】ソフトウェア等のテスト業務に使用するテスト設計書のひな型の著作物性を否定した事例
▶令和4年5月31日東京地方裁判所[令和1(ワ)12715]
6 争点3-1(被告らの行為は原告のノウハウを侵害する不法行為に該当するか)について
(1)
原告は、本件各ファイルがノウハウとして法律上の保護に値するものであり、被告らの行為はこれを侵害するものであるから不法行為に該当する旨主張する。
しかし、本件各ファイルは、下記7に記載のとおり、著作権法2条1項1号所定の「著作物」に該当せず、また、下記8に記載のとおり、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」にも該当しないものである。しかして、本件各ファイルの利用行為は、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決参照)。
もっとも、これを前提としても、原告の主張は、被告らによる本件各ファイルの利用行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業の自由を侵害するものであるとして、前記特段の事情が存在する旨をいうものと解する余地がある。
そこで、被告らが、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する態様において、本件各ファイルを利用したといえるかについて検討する。
(2)
前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(略)
(3)
上記認定事実によれば、本件ファイル1は、テスト業務で確認すべき事項や確認結果を記載するために使用されるテスト設計書のひな型であることが認められ、具体的なテスト業務を想定したテスト観点やテスト結果等は記載されておらず、それらを記入すべき枠としての表が記載されているものに過ぎない。加えて、本件研修資料が具体的にどのような資料であったのかについては証拠上明らかでないが、本件研修資料は、少なくとも、被告Aが本件ファイル1を加工修正して作成したものであって、本件研修や被告モリカトロンにおけるテスト業務において本件ファイル1がそのまま使用されたものではない。これらの事情を考慮すれば、被告らの行為が、具体的、客観的見地からみて、直ちに自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとまではいえない。
また、本件ファイル2は、テスト設計書のひな型の一部であるところ、原告の主張によれば、原告は、テスト業務に使用するテスト項目を●(省略)●本件ファイル2に係る●(省略)●ものであるという。しかして、これを前提としても、本件ファイル2は、●(省略)●が記載されたもので、原告が整理したテスト項目のわずかな一部分を記載したものに過ぎないということになる。また、前提事実によれば、テスト業務は、ゲームソフト等のソフトウェアが仕様どおりに動作するかを確認してプログラムの不具合の有無を検出することを内容とするものであるため、そこで確認すべき事項は、ソフトウェアの仕様として明示的に記載されている事項か、当該ソフトウェアが当然有すべき性能に係る事項に限定されると考えられる。このようなテスト業務の性質にも照らして検討すると、上記認定のような本件ファイル2自体が、客観的,具体的見地からみて、原告独自のテスト観点等を記載したものとして、著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を有するとまではいいがたく、被告らの行為が、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害するものであるとはいえない。
以上によれば、本件において、上記特段の事情があるとはいえず、被告らの行為が、原告に対する不法行為を構成するものではないというべきである。
(4)
よって、原告の被告らに対するノウハウの無断使用を理由とする不法行為による損害賠償請求は、いずれも理由がない。
7 争点4-1(本件各ファイルは「著作物」に該当するか)について
(1)
著作権法による保護の対象となる「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)をいう。
しかして、「創作的に表現したもの」に当たるというためには、その表現を行った者の個性が発揮されていればよいと考えられるが、本件においてその意義について検討すると、まず、前記のとおり、テスト業務において確認すべき事項は、テスト業務の性質上、テストの対象となるソフトウェアの仕様として明示的に記載されている事項か、当該ソフトウェアが当然有すべき性能に係る事項に限定されると考えられることが指摘できる。また、前提事実によれば、テスト設計書は、テスト業務の担当者が、テスト業務で確認すべき事項や確認結果を可視化して作業の抜け漏れを防止すること等を目的として通常作成する資料であるため、確認対象、確認方法及び確認結果を必須の構成要素とするものであり、かつ、テスト業務の担当者らや委託者等の様々な関係者がこれを参照等することが想定され、その記載内容に高度の簡潔さや明瞭さが求められるものであることも指摘できる。このようなテスト業務の性質やテスト設計書の機能に照らすと、テスト設計書は、誰が制作してもある程度同じような表現方法を採用せざるを得ないものであるといえ、その表現に制作者の個性が発揮されていると評価すべき余地は狭くなると考えられる。そのため、テスト設計書の創作性の有無については、このような事情をも踏まえ、特定の制作者に表現方法の過度の独占を認める結果とならないよう慎重に判断する必要があるというべきである。
そこで、上記のような事情を踏まえつつ、本件各ファイルに制作者の個性が発揮されているといえるかについて、原告が本件各ファイルの創作性を基礎付ける事情として指摘するものを中心に検討する。
(2)
原告は、本件ファイル1に関し、①シートの選択及び配列、②各シートのレイアウト及び配色並びに③各シートに記載された文言について、原告独自の表現方法であって、原告の個性が表されている旨主張する。
しかしながら、次のとおり、原告の上記各主張について、上記のような事情を踏まえて検討すると、本件ファイル1に制作者の個性が発揮されているとまではいえないというべきである。
まず、上記①について、原告は、テストに必要な項目を●(省略)●を行ったこと、●(省略)●ことなどを主張するが、これらの工夫はアイデアというべきものであり、著作権法が保護の対象とする表現には当たらない。
また、上記②について、原告は、レイアウト及び配色を統一したことなどを主張するが、一定の目的の下に複数のシートを作成する場合に、見やすさ等を考慮して各シートのレイアウトや配色を統一することは、テスト設計書に限らず広く一般的に行われる工夫にすぎず、本件各ファイルの制作者の個性が発揮されたものと評価することはできない。
さらに、上記③について、原告は、●(省略)●こと、●(省略)●こと、それらの名称や説明等の表現は多数ある他の記載方法から選択したものであることなどを主張するが、表の中の限られたスペースに名称や説明等を記載する場合に、見やすさ等を考慮して文章形式ではなく記号や改行等を用いた簡潔な表現とすることは、テスト設計書に限らず広く一般的に行われる工夫にすぎず、本件各ファイルの制作者の個性が発揮されたものと評価することはできない。
そして、この他の原告の主張を踏まえて検討しても、本件ファイル1に制作者の個性が発揮されたものと評価すべき表現の存在は認められない。
したがって、本件ファイル1が著作権法の保護の対象となる「著作物」に当たるということはできない。
(3)
原告は、本件ファイル2に関し、①●(省略)●テスト観点等の選択及び配列、②●(省略)●記載、③●(省略)●記載事項の選択及び配列●(省略)●並びに④●(省略)●具体的な記載内容について、原告独自の表現方法であって、原告の個性が表されているなどと主張する。
しかしながら、次のとおり、原告の上記各主張について、前記のような事情を踏まえて検討すると、本件ファイル2に制作者の何らかの個性が発揮されているとはいえないというべきである。
まず、上記①について、原告は、●(省略)●ことなどを主張するが、テスト設計書の機能に照らせば、本件ファイル2の具体的な記載内容は、いずれも基本的なテスト項目やテスト観点等について簡潔な言葉で表現したものにすぎず、制作者の個性が発揮されたものと評価すべき表現は見当たらない。
また、上記②について、原告は、●(省略)●を目的として、●(省略)●ことなどを主張するが、●(省略)●という工夫は、著作権法の保護の対象とならないアイデアに属する事柄であり、また、その具体的な記載内容は平凡なものであって、制作者の個性が発揮されたものとはいえない。
また、上記③について、原告は、●(省略)●ことなどを主張するが、そのような工夫自体はアイデアというべきものであり、著作権法が保護の対象とする表現には当たらない。
さらに、上記④について、原告は、●(省略)●が表れているなどと主張するが、本件ファイル2の実行パターン表の具体的な記載内容は、いずれも基本的なテスト項目やテスト方法等について簡潔な言葉で表現したものにすぎず、制作者の個性が発揮されたものと評価すべき表現は見当たらない。
そして、この他の原告の主張を踏まえて検討しても、本件ファイル2に制作者の個性が発揮されたものと評価すべき表現の存在は認められない。
したがって、本件ファイル2が著作権法の保護の対象となる「著作物」に当たるということはできない。
(4)
以上によれば、原告の被告らに対する著作権侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求は、いずれも理由がない。