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著作権判例セレクション

【地図図形著作物】ビジネスのシステム(やり方)を示す図形の著作物性を否定した事例

平成230610日東京地方裁判所[平成22()31663]
() 本件は,2つの図及び説明文から成る「バイナリーオートシステム」との表題が付された別紙記載の図面(「原告図面」)について第一発行年月日の登録を得た原告が,被告のプラウシオン・エージェントクラブ契約書面(「被告契約書面」)は原告図面と同一又は類似の表現を用いており,これを作成,使用する被告の行為は原告が有する原告図面の著作権(複製権,二次的著作物の利用権)を侵害するとして,被告に対し,著作権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づ所定の金員の支払を求めた事案である。
(前提事実)
〇 原告は,平成15年4月25日,文化庁長官に対し,原告図面について次のとおり第一発行年月日登録を申請し,平成15年5月13日付けで登録がされた。
ア 著作物の題号
 「バイナリーオートシステム」
イ 著作物の種類
「編集著作物」
ウ 著作物の内容又は体様
「本著作物はA4版の表と文で,バイナリーオートシステムについての概要を表したものである。
 バイナリーオートシステム
1.二つに分かれて自動的に振り分けて下につけていくシステム
2.図1表 左右小数の方で計算して支払いを決める。
3.図2表 左右大数の方で計算して支払いを決める。」
3
エ 第一発行年月日
 「平成十二年十月十日」
〇 被告は,健康器具の販売等を業とする株式会社であり,「プラウシオン・エージェントクラブ」という名称の事業(「被告事業」)を行っている。被告事業は,バイナリーと呼ばれるビジネスプランを採用したものであり,特定商取引に関する法律33条1項所定の連鎖販売取引に当たる。連鎖販売取引においては,一定の場合に契約の内容を明らかにする書面を契約の相手方に交付しなければならないものとされており(同法37条2項),被告は,本件訴訟が提起される前の一定期間,被告契約書面を同項の書面として作成,使用していた。
 (争点に関する原告の主張)
「バイナリーオートシステムは,ある物品やサービス等を購入又は販売する人の集団内における報酬の算出方法を定めたものであり,Aが紹介した2人の人物B,Cを必ず左右2つのグループに振り分け,更にB,Cを起点とする2つのグループにA,B又はCが紹介した人物D,E,F,G…を振り分けていき,各人の下に2つのグループの形成を繰り返していくことで,最初に形成された左右2つのグループを維持していき,最終的に同2グループ内のメンバー全員が一定期間内に購入して得られたポイントを合計し,同2グループを比較して合計の少ない方又は多い方のポイントを基準としてAに支払われる報酬額を決めるシステムである(以下「本件システム」という。)。
本件システムのうち,左右2つのグループ内の合計ポイントのうち少ない方のポイントを基準にしてAが得られる報酬を算出する方法を採ることによって,グループ内の各メンバーに対して支払う報酬の原資が確保されることになり,物品の販売又はサービスの提供が続く限り,各メンバーに対する報酬の支払原資に不足を来すことなく報酬を支払うことができるようになる(以下,この少ない方のポイントを基準にして報酬を算出する方法を「本件ビジネスプラン」という。)」
(以下、略)

1 争点(1)(原告図面の著作物性)について
(1) 図Aについて
ア 図Aは,19個の円と18本の直線を組み合わせた組織図様の図形(以下「①部分」という。)と,この組織図様の図形の頂点にある円から下方向に伸びた1本の破線(以下「②部分」という。)と,組織図様の図形の略上半分を囲むように描かれた略三角形状の図形(以下「③部分」という。)から成る図形である。
組織図様の図形(①部分)は,頂点に位置する1つの円を起点にして,円から2本の直線が左右に分かれて斜め下方向に伸びていき,その先でそれぞれ円と接することを繰り返しており,頂点の円を第1世代とすると,破線部分(②部分)を挟んで左側に第5世代まで,右側に第3世代までそれぞれツリー状の図形を形成している。
破線部分(②部分)は,頂点の円から組織図様の図形である①部分を左右のグループに分けるように破線が真下に引かれている。
略三角形状の図形(③部分)は,上記第1世代から同第3世代まで左右全体を囲むように形成されている。
イ 原告は,図Aは文Aと共に,() 本件システム及び本件ビジネスプランの内容を一般人でも理解できるよう,視覚的にも文章でも分かりやすく説明,図示したものであり,自分自身を示す頂点の円を起点にピラミッド状のグループ大小を左右に分けて形成することで,図全体で自分を起点に拡大していくグループ全体(大小合わせたグループ)を表現するとともに,左右の大小のグループのうち小さい方のグループを大きい方のグループと対比できる形で,小さい方のグループの人数と一致する範囲を略三角形の図形で囲むことにより,小さい方のグループが報酬計算の算出基準となることを表現している,() 大のグループと小のグループの対比を視覚的に作り出し,この図に合わせて文章(文A)の上でも「小数」の表現を使用することで,グループの視覚的な大小の比較を作出し,グループ全体が自分を起点に拡大していくこと,他方で,幾ら多数の人数がグループを形成しても報酬の計算方法については小グループ(人数が少ない方のグループ)を基準にすることを視覚的,直感的に感得できるように工夫されているから,図形の著作物として著作物性が認められると主張する。
原告の上記主張によれば,図Aは本件システム及び本件ビジネスプランの内容を図示したものであり,①部分及び②部分は,「自分自身を示す頂点の円を起点にピラミッド状のグループ大小を左右に分けて形成することで,図全体で自分を起点に拡大していくグループ全体(大小合わせたグループ)」を,③部分は,「左右の大小のグループのうち小さい方のグループを大きい方のグループと対比できる形で,小さい方のグループの人数と一致する範囲を略三角形の図形で囲むことにより,小さい方のグループが報酬計算の算出基準となること」をそれぞれ図示しているものと認められる。しかし,著作権法上の保護を受ける著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,アイデアや着想がそれ自体として著作権法の保護の対象となるものではない。そして,本件システム及び本件ビジネスプランや,その内容である「自分を起点にグループ全体が拡大していくこと」及び「小さい方のグループが報酬計算の算出基準となること」は,アイデアないし着想というべきであるから,それ自体は著作権法によって保護されるべき対象とはならない。
次に,図Aの図形としての著作物性について検討する。
①部分のうち,複数の構成員から成る組織の構成を図式化するのに各構成員を円で表現し,構成員相互の結び付きを直線で図示している点は,ごくありふれた表現形式であって(原告図面の第一発行年月日である平成12年10月10日より前に発行された株式会社サイエンス社昭和52年10月5日発行の「アルゴリズムの設計と解析Ⅰ」,株式会社近代科学社平成2年9月25日発行の「アルゴリズムとデータ構造」にも同様の図が掲載されている。),それ自体何ら個性ある表現とはいえない。また,1人の構成員の下に必ず2人の構成員が割り振られる本件システムの内容を前提とする限り,その内容を図式化して表現しようとすれば,自ずと①部分のように1つの頂点を基に順次2本ずつ枝分かれしていく二分木(バイナリーツリー)のような表現形式を採らざるを得ないのであって,この点においても①部分は何ら個性ある表現とは認められない。②部分は,「自分自身を示す頂点の円を起点にピラミッド状のグループ大小を左右に分けて形成」することを視覚的に表現するために,組織全体を左右2つのグループに分けるように頂点の円から真下に破線を引いたものであるが,これも通常用いられるごくありふれた表現形式である。
③部分は,①部分及び②部分の存在を前提に本件ビジネスプランの内容である「左右の大小のグループのうち…小さい方のグループが報酬計算の算出基準となる」ことを図式化して表現したものであるが,その内容を図式化して表現するために,大小2つのグループのうち世代が共通する部分を略三角形の形状をした図形で囲むことは,やはりありふれた表現形式であって,何ら個性ある表現とは認められない。
ウ したがって,図Aに図形の著作物としての創作性を認めることはできない。
(2) 文Aについて
 文Aは,「左右小数の方で計算し支払いを決める。」というものである。
原告は,文Aは図Aと共に,本件システム及び本件ビジネスプランの内容を一般人でも理解できるよう,視覚的にも文章でも分かりやすく説明,図示したものであり,文章(文A)の上でも「小数」の表現を使用することで,グループの視覚的な大小の比較を作出し,人数を数として「少数・多数」で表現するのではなく,図形と文共に合わせて視覚的に「小数・大数」と表現することで,本件ビジネスモデルの根幹の理解を飛躍的に促進させる非常に重要な意味を持っているから,高い創作性があると主張する。
しかしながら,本件システム及び本件ビジネスプランの一内容である,大小2つのグループのうち小さい方のグループが報酬計算の算出基準となること自体は,アイデアないし着想であるから,それ自体は著作権法によって保護されるべき対象とはならないことは,上記(1)イに説示したとおりである。
また,文Aの言語の著作物としての創作性についてみても,文Aは極めて短い1文であり,かつ,一般に使用されるありふれた用語で表現されたものにすぎない。人数が少ないことを「小数」と表現している点についても,「小数」の用語自体は「小さい数。わずかな数。」(広辞苑第6版)を意味するから,当該用語を通常の意味で用いたにすぎず,何ら創作性ある表現とは認められない。
したがって,文Aに言語の著作物としての創作性を認めることはできない。
(3) 以上のとおり,原告図面のうち原告が図形の著作物であると主張する図A及び言語の著作物であると主張する文Aは,いずれも創作性を認めることはできないから,著作物と認めることはできない。
したがって,被告が被告契約書面を作成する行為が,原告図面の複製権侵害に当たるとすることはできない。
また,原告は,二次的著作物の利用権侵害を主張しているが,被告のいかなる行為が原告の二次的著作物(被告契約書面をいうものと解される。)の利用に関するいかなる権利を侵害するのかを特定しない。しかしながら,図A及び文Aが著作物とは認められない以上,図A及び文Aが被告契約書面の原著作物であるということはできず,被告契約書面の利用に関する被告の行為が図A及び文Aの著作権を侵害するということはできないから,この点について更に検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がないことが明らかである。
2 結論
以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。