Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【職務著作】色彩検定試験テキストの職務著作性(著作名義の公表要件等)が争われた事例
▶令和6325日東京地方裁判所[令和5()70315]
▶令和61225日知的財産高等裁判所[令和6()10035]

() 本件書籍[「ファッション色彩〔Ⅰ〕ファッション色彩能力検定試験3級準拠」と題する書籍]の表紙下部、背表紙下部、扉左下部及びはしがき末尾には、本件財団法人の名称が表示されている(ただし、「著」その他の本件財団法人が本件書籍の著作者ないし著作権者であることを明示的にうかがわせる記載はない。)。また、本件書籍の奥付には、「発行者」として被告理事長兼本件財団法人理事長であったBの個人名が、「発売元」として本件財団法人の名称が、また、「発行」として「学校法人文化学園文化出版局」がそれぞれ表示されると共に、それらの表示の下部に「©Bunka Publishing Bureau 2006 Printed in Japan」と記載されている。さらに、本件書籍3ページには、「はじめに」として、本件財団法人理事長との肩書付きでBによる巻頭言が掲載されている。

1 争点(1)(本件書籍の著作権の帰属)
(1) 認定事実
掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
()
(2) 被告の「発意」の有無
ア 前提事実及び前記各認定事実によれば、本件検定は、被告理事長であるEの指示に基づき、原告を含む被告教職員を構成員とする「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」及び「『ファッションカラー』グループ研究」において検討されたものであり、その過程で、原告の提案が採用されたり、原告がその内容の取りまとめをしたりしていたことなどが認められる。また、「カラーコーディネート検定(色彩検定)検討委員会」によるアンケートは、被告教職員を対象として行われたものである。これらの事情に鑑みると、本件検定は、被告が主導的立場から企画したものと理解される。
さらに、上記のような本件検定の検討過程において「テキストに対して問題が難解な場合がある」ことが先行する色彩検定の問題点として指摘されていたことに加え、本件計画案並びに第1覚書及び第2覚書の記載内容に鑑みると、本件検定の検討過程においては、本件検定の内容や実施方法等の検討にとどまらず、本件検定に準拠した、すなわち、本件検定の内容やレベルに応じた内容を有し、本件検定の受験勉強に活用されるべきテキストないし問題集を作成することが検討され、本件書籍として結実したことがうかがわれる。
そうすると、本件検定と同時に検討されていた本件書籍の制作は、被告が企画したもの、すなわち被告の発意によるものと認めるのが相当である。
イ これに対し、原告は、本件計画案を作成したのが本件財団法人であること、本件書籍の執筆に係る進捗管理や内容に関する助言等をFが行っていたことなどを指摘して、本件書籍の制作は本件財団法人の発意に基づくものである旨主張する。
しかし、前記認定のとおり、本件計画案の記載からは、本件検定に準拠したガイドブックの著作権者として被告が想定されていたことがうかがわれることに鑑みると、本件計画案の作成者が本件財団法人であることをもって、本件財団法人が本件書籍の制作を発意したと認めることは必ずしもできない。また、被告が本件検定の実施及びこれに準拠したガイドブックの制作を主導していたとみられること、そのような関係にありながらも、被告と本件財団法人とは、本件検定の実施並びにガイドブック(本件書籍)の発行及び販売に向けて相互に連携する関係にあったといえることに鑑みると、仮に原告の主張のとおり原告による本件書籍の執筆に関する事務にFが関与していたとしても、そのことをもって、本件書籍につき、被告ではなく本件財団法人が発意したものとみることは必ずしもできない。
したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
(3) 「職務上作成する著作物」
ア 原告は、業務内容を「文化服装学院の業務その他付属関連する業務」とする「文化服装学院専任講師嘱託」として被告から雇用されていたところ、被告理事長Eから指示を受けた本件検定の検討は、文化服装学院の業務に付属関連する業務に当たるものとみられる。そうすると、その検討過程で指示を受け、本件検定の実施と共にその制作が決定された本件書籍の執筆も、文化服装学院の業務に付属関連する業務といえる。
したがって、本件書籍は、原告が被告の業務に従事する者として「職務上作成する著作物」に当たると認められる。
イ これに対し、原告は、被告における勤務状況等を指摘して、被告における「職務上」作成したものではない旨を主張する。しかし、原告自身、本件書籍の執筆にあたり、被告の学園内において、他の被告職員との打合せ、被告が所蔵する資料の借り出し、調査等の目的での図書館の利用といった執筆に関連する作業を行ったことは認めている。加えて、被告は、給与とは別に、「原稿料」名目で本件書籍の執筆に対する対価を支払ったことを考えると、原告の被告における勤務状況等を踏まえても、なお原告による本件書籍の執筆は被告における職務の一環として行われたものとみるのが相当である。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
 (4) 「著作の名義の下に公表するもの」
ア 本件書籍の奥付には「©Bunka Publishing Bureau 2006 Printed in Japan」との記載があるところ、これは、本件計画案においてガイドブックの奥付に記載することとされていた「Copyright 学校法人文化学園」との記載に代わるものと理解される。そうすると、本件書籍の上記奥付は、少なくとも本件書籍の著作権が「Bunka Publishing Bureau」に帰属することを示すものと理解される。「Bunka Publishing Bureau」とは、「文化出版局」と和訳することが可能である。
また、本件書籍の奥付には、ほかに「発売元」として本件財団法人の名称が記載されると共に、「発行」として被告文化出版局の名称が記載されている。
他方、本件書籍の著作者に明示的に言及した記載は存在しない。
このような奥付の記載に加え、被告においては、被告の名称を明示的に付すことなく、「文化出版局」名義で書籍を出版している例があり、その際には本件書籍と同様に「©Bunka Publishing Bureau」との表示が奥付に存在することに鑑みると、本件書籍は、被告の著作の名義の下に公表されたものと認められる。
なお、原告は、「Bunka Publishing Bureau」の記載につき、「被告の部局であることなど同業者の中では周知である」と主張する。仮にこれが正しいとすると、上記記載は、より一層、被告の著作の名義と理解されるものといえる。
イ これに対し、原告は、本件書籍に被告の名称が明示されていないことなどを指摘して、公表要件を欠く旨主張する。
しかし、上記のとおり、本件書籍の奥付の記載は著作者が被告であることを示すものと理解し得る。
また、確かに、本件書籍の表紙下部、背表紙下部、扉左下部及びはしがき末尾には、被告ではなく、本件財団法人の名称が記載されている。一般的に、これらの箇所に表示される者が当該書籍の著作者と認識される例は多いといえる。しかし、本件書籍の場合、本件財団法人の名称は記載されているものの、これに「著」などの端的に本件財団法人が著作者であることをうかがわせる記載は付されていない。そうすると、本件書籍の表紙等における本件財団法人の名称の記載は、奥付の記載と必ずしも矛盾するものとはいえない。
その他原告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する原告の主張は採用できない。
(5) 小括
以上に加え、本件において、「その作成時における契約、勤務規則その他に別段の定め」がないことは当事者間に争いがないことから、本件書籍の著作者は被告と認められる(著作権法 15 1 項)。
まとめ
したがって、原告は、本件書籍に係る著作権を有しないことから、その余の点につき論ずるまでもなく、被告に対し、著作権に基づく差止請求権(著作権法 112 1 項)及び著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権(民法 709 条)を有さず、また、悪意の受益者に対する返還請求権(民法 704 条)も有しない。

[控訴審同旨]
1 当裁判所も、争点(1)イにつき、職務著作の成立をいう被控訴人の主張には理由があり、控訴人は本件書籍の著作権を有しないから控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 職務著作の成否に関する認定事実及び被控訴人の「発意」の要件充足が認められることについては、原判決「事実及び理由」の……記載のとおりであるから、これを引用する。
3 「職務上作成する著作物」について
(1) 上記引用の認定事実によれば、本件検定は、被控訴人の理事長兼本件財団法人の理事であった Dの指示により、発足に向けた検討が始まったものであり、関係団体としては被控訴人と本件財団法人の関与が想定されていたところ、両者の関係は、最終的に、①本件検定の実施主体は本件財団法人とするが、②本件検定の標準テキストというべきガイドブック(本件書籍)は、被控訴人を「発行」主体とし、被控訴人(文化服装学院)が内容を検討し、その職員において執筆するという役割分担が整理されたこと、実際にも、本件書籍の執筆を担当したのは、控訴人を含む被控訴人の従業員3名であり、この3名に対しては、被控訴人から「原稿料」が支払われていることが認められる。
以上の事実によれば、本件書籍は、被控訴人の従業員としての控訴人が、その職務上作成したものと認めることができる。なお、控訴人も、本件書籍の執筆に当たり、文化服装学院内において執筆することがあり、被控訴人の職員と打ち合わせ、被控訴人が所蔵する資料を借り出し、調査等の目的で文化服装学院の図書館を利用したことを認めている。
(2) 以上の認定・判断に反する控訴人の主張は、以下のとおり、いずれも採用できない。
ア まず、控訴人は、本件書籍の作成指示は、本件財団法人の当時の事務局長兼理事であったAから受けたと主張し、本件当時の文化服装学院の教務部長のBの陳述書中には、控訴人がAとやり取りをしており、自分としては本件書籍の執筆を被控訴人の業務として行ってはならないと厳命していたとの記載もある。
しかし、本件財団法人作成の本件計画案中に、本件書籍は被控訴人(文化服装学院)の職員に「執筆願っている」旨の記載があるほか、被控訴人と本件財団法人間の覚書においても、本件書籍は、被控訴人(文化服装学院)側で執筆を含む編集・出版を担当することが明記されている。 Bの陳述書は、これら関係証拠と矛盾するものであって、採用できない。
イ また、控訴人は、本件書籍執筆当時の嘱託業務量からして、膨大な分量のある本件書籍を執筆することはできなかったとも主張する。しかし、嘱託業務としての所定の勤務時間内に本件書籍の執筆をすることが困難であったとしても、講師としての本来の報酬とは別に相応の報酬を受け取ることを前提に、付随業務として本件書籍の執筆を新たに引き受けるということはあり得る話であり、控訴人の上記主張は、本件書籍の執筆が被控訴人従業員としての職務(付随業務)に含まれないと解すべき理由にはならない。
ウ さらに、控訴人は、本件書籍執筆に関して本俸を上回る原稿料が支払われていることから、本件執筆が嘱託専任講師業務とは別の性質のものであると主張する。しかし、ここで重要なのは、「原稿料」が、本件財団法人からではなく、控訴人の使用者である被控訴人から支払われているという事実である。本件財団法人( A)に指示されて執筆した旨をいう控訴人の主張は、この事実と整合せず、原稿料の支払に関する客観的な事実関係は、むしろ、被控訴人従業員としての職務(付随業務)に基づいて本件書籍の執筆がされたことを推認させるものである。なお、本来の講師としての報酬と別枠での支払になっているという点に関していえば、当該原稿料の支払は、付随業務の負担が重いことに配慮した補償的な現金支給であったと理解できるから、いずれにせよ上記認定判断を左右しない。
4 「著作の名義の下に公表するもの」について
(1) 本件書籍の奥付等の記載について
ア 前記引用に係る前提事実(原判決「事実及び理由」のとおり、本件書籍の奥付には、「発行」として「学校法人文化学園文化出版局」の名称が記載され、この「発行」の記載とは別に、「発売元」として本件財団法人の名称が記載されており、これらの記載から離れた下部には「ⒸBunka Publishing Bureau」(文化出版局)の記載がされている。
ところで、学校法人においては収益事業の区分経理が求められているところ(私立学校法26条3項)、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、収益事業組織である文化出版局に属する業務を行う場合には、「学校法人文化学園文化出版局」又は単に「文化出版局」という名称を使用していたことが認められ、「Bunka Publishing          Bureau」とは、その英語表記であると認められる。したがって、「学校法人文化学園文化出版局」及び「Bunka Publishing Bureau」との表記は、法人としては被控訴人を指すものと理解すべきである。
イ 以上の前提で、上記奥付のⒸマークの意義を検討するに、控訴人は、あくまでも著作権者を示すものであって著作者の表示ではないと主張するのに対し、被控訴人は、著作権者の表示に止まらず著作者を示す表示としても世間一般に認識されている旨主張する。
この点、確かに、サンフランシスコ平和条約及び万国著作権条約批准に至る沿革に照らすと、本来、Ⓒマークが著作権者を示す表示であることは、控訴人の主張するとおりと解されるが、他方、証拠によれば、Ⓒマークはクレジット表記(コンテンツの著作者、提供者を示すもの)としても社会一般に浸透しつつあることが認められる。Ⓒマークと「著者」、「作者」、「著」、「作」等の表記が併存する場合には、Ⓒマークが著作権者の表示、「著者」等が著作者の表示を意味すると理解すべきであるが、本件書籍においては、「著者」、「作者」、「著」、「作」等の表示はない。少なくともこのような場合には、Ⓒマークをクレジット表記と理解する余地もあると解され、最終的にこれが著作者表示として認められるかどうかは、本件書籍の著作物としての性質等を総合して判断する必要があるというべきである。
ウ ところで、本件書籍の表紙、背表紙、扉及びはしがきには本件財団法人の名称が記載されているが、これは、本件書籍を本件検定の標準テキストとして推奨していることを示すために、本件検定の実施主体である本件財団法人の名称を前面に出したと理解されるものであり、これを著作者の表示と解すべき根拠はない。
(2) 本件書籍の著作物としての性質等
上記(1)イの観点から更に検討するに、上記のとおり、本件書籍は、新たに発足する本件検定の標準テキストというべき位置付けのガイドブックであり、本件検定に準拠し、その内容が制約されることは、「ファッション色彩[Ⅰ]ファッション色彩能力検定試験3級準拠」という題名からも明らかなものである。このように、本件書籍は、その性質上、執筆者個人の表現の個性・創作性が重視されるものではなく、あくまで本件検定試験に準拠したテキストとして制約を受けた上で執筆されたものであるから、そのようなテキストの発行を企画・編集した発行主体(組織体)を著作物の創作主体として遇することが自然といえる。本件書籍が、あえて執筆者個人(自然人)を著作者として明示していないのは、上記の趣旨に基づくものと理解される。
(3) 上記(1)で示した奥付の記載(特にⒸマーク)に本件書籍の著作物としての性質等を総合すると、本件書籍は、被控訴人の著作名義の下に公表されたものと認めることができる。なお、本件計画案に照らすと、上記奥付の記載は、本件書籍が執筆された当時に想定されていた公表名義と基本的に異なるものではないと認められる。
(4) これに対し、控訴人は、本件財団法人が主催する他の検定に準拠する各種書籍においては、Ⓒマーク下の表示が全て本件財団法人の名称であると主張する。しかし、上記主張にいう「他の検定」とは、「ファッションビジネス能力検定」、「パターンメーキング技術検定」、「ファッション販売能力検定」であって、本件の「ファッション色彩能力検定」とは、求められる専門性、テキストの内容等も当然異なるものである。
それぞれのテキストを発行するに当たっての企画・編集等の作業、執筆者の構成等も当然異なるはずであり、それぞれの実情に応じた著作者表示が行われた結果、上記「他の検定」に係るテキストでは本件財団法人を、本件書籍では被控訴人を著作者として表示することになったとしても、何の不思議もない。
その他、控訴人は、第1覚書や第2覚書に「出版権は被控訴人」(各第3条)、「再販時の印税なし」(各第8条)との趣旨の記載があることを指摘し、被控訴人が本件書籍の著作者であれば、わざわざこれらの規定を置く必要はないとも主張する。しかし、前者の出版権に関する記載(各第3条)は、端的に被控訴人が著作者・著作権者であることを示していると理解することが可能かつ自然であり、後者の印税に関する記載(各第8条)については、著作者の帰属を明示的にも黙示的にも定めるものとはいえない。
5 小括
 以上に加え、本件において「その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定め」がないことは当事者間に争いがないから、本件書籍について25 は職務著作(著作権法15条1項)の成立が認められ、その著作者は被控訴人であると認められる。控訴人が本件書籍の著作権を有するとは認められない。
第5 結論
よって、その余の点について検討するまでもなく、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない5 からこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。