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著作権判例セレクション
【氏名表示権】氏名表示権等の侵害を認定した事例
▶令和5年10月26日大阪地方裁判所[令和5(ワ)4054]
1 争点1(本件投稿において、原告の氏名表示がされているか)について
前記前提事実のとおり、被告投稿画像には、原告の実名の表示はなく、また、原告の著作者名として本件作品に付されていた本件ウォーターマーク[※画像や動画、文書などのデジタルコンテンツに対して、著作権情報や所有者情報を示すために埋め込まれる小さな図案や文字のこと]が切り取られている(本件作品2)、又は、縮小表示されて判読不明となっている(本件作品1及び本件作品3)。
また、本件スクリーンショットには、画像以外の部分に原告のツイッターアカウント名の一部である「(省略)」との表示があるが、氏名表示権とは「その著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利」(著作権法19条115 項)をいい、「変名」とはその著作者が著作者名として用いる名称で実名以外のものと解されるところ、上記「(省略)」の表示は原告のツイッターアカウント名の一部であって原告が著作者名として用いたものではなく、この表示をもって原告の氏名表示がされたとはいえない。
以上によれば、本件投稿において、原告の氏名表示がされていると認めることはできない。
2 争点2(本件投稿(被告投稿画像の掲載)の氏名表示に関し、原告の承諾があったといえるか)について
本件記録上、本件モデルの投稿において原告の氏名表示がされていなかった事実を認めるに足りる証拠はない上、原告の本件モデルに対する氏名表示に関する承諾は、原告の被告に対する承諾とは関係がない。
よって、被告の主張は失当である。
3 争点3(被告投稿画像中、本件作品1、同3に白線等を付したことが、本件作品の「やむを得ない」改変かどうか)について
本件作品は写真であり、本件作品の批評対象を明確にする方法として本件作品に白線等を付す以外に別途文字で説明するなどの方法も容易に考えられる上、付された白線も少なくないことから、被告が白線等を付した行為を著作権法20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に該当すると認めることはできない。
よって、被告の主張を採用することはできない。
4 争点4(本件投稿(被告投稿画像の掲載)が著作権法32条1項の「引用」に当たるか)について
他人の著作物を引用して利用することが許されるためには、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要である(著作権法32条1項後段)。
前記前提事実及び証拠によれば、本件投稿は本件作品を転載した被告投稿画像(具体的には、本件作品が掲載されたスクリーンショット並びに本件作品1及び本件作品3の各転載画像)及び本件作品に対する被告の感想ないし批評を記載した文「【代/行】彼岸花をとても潰してる...!」から構成されていることが認められるところ、本件投稿は、本件作品に対する被告の感想ないし批評を述べる目的で本件作品を引用したこと自体は否定できないが、本件投稿の大部分は被告投稿画像が占め、上記文は極めて短い文である。そうすると、本件投稿の閲覧者において、本件投稿を見れば本件作品の全体を把握できるようになるものといえ、上記目的との関係において、本件投稿における本件作品の引用の方法ないし態様が社会通念上合理的な範囲内のものであるということ25 はできない。
よって、被告の主張を採用することはできない。
5 争点5(本件投稿が著作権法41条の「時事の事件の報道のための利用」に当たるか)について
「時事の事件」(著作権法41条)とは、現時又は近時に起こった社会的な意義のある事件・出来事であると解されるところ、本件作品は写真家である原告が公園内において彼岸花を背景に本件モデルを撮影したというものであって、その際、公園内の植生に影響があったかどうかといったことについても、同条の「時事の事件」には該当しない。また、本件投稿は、上記4のとおり、被告の一方的な感想ないし批評であるから、同条の「報道」に該当するということもできない。
よって、被告の主張を採用することはできない。
6 争点6(本件投稿が、原告の名誉を毀損し、又は業務を妨害するものかどうか)について
(1)
名誉毀損について
本件投稿は、被告投稿画像とこれを批評する「彼岸花をとても潰してる」との文を内容とするものであるから、本件モデルが彼岸花を踏んでいるとの事実を摘示するものといえる。そして、本件投稿は、不特定多数の者が閲覧でき、閲覧者は、本件作品の撮影者が彼岸花を踏む態様の撮影手法を採用する者であると認識するのが自然である(現に、本件投稿をリツイートするなどして複数の閲覧者が原告の撮影手法を批判する内容を投稿した。
以上によれば、本件投稿は、本件作品の撮影者である原告の社会的評価を客観的に低下させる行為と認められる。
(2)
業務妨害について
証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、写真家として活動する個人事業主であること、ツイッター上に自らの撮影写真を掲載していた事実、本件作品を展示及び写真集に採用することや宣伝活動の一環とし、コンテストの入賞作品として発表する予定であった事実、本件投稿後にこれらの予定をいずれも断念した事実、がそれぞれ認められる。しかしながら、本件投稿の内容は、上記のとおり、原告の氏名を表示することなく被告投稿画像と共に短文の感想ないし批評を掲載したものであるから、本件投稿をもって直ちに原告が上記予定をいずれも断念せざるを得なくなる状況に至ったと評価することはできない。
よって、本件投稿が原告主張の業務の妨害と客観的な関係があるとまではいえないが、少なくとも主観的には影響を受けており、このこと自体は無理からぬところであって、後述のとおり、損害額を検討するに当たり原告主張の事情も考慮すべきものと解される。
7 争点7(本件投稿が、原告の名誉を毀損する場合、違法性が阻却されるか)について
被告は、本件投稿により原告の社会的評価が低下したとしても、原告の本件作品の撮影時の態様や方法は社会の正当な関心事であること、本件投稿の目的は公益目的であること、真実を摘示したことなどから、本件投稿について違法性が阻却されると主張する。
事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事項に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときであっても、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決)。
証拠によれば、原告がツイッターにおいてフォロワー3424名を有し、コンテストの入賞歴を有する写真家であった事実は認められるが、この事実をもって原告による撮影行為が「公共の利害に関する事項」に該当するとはいえない。また、被告による本件投稿の目的は、本件作品の感想又は批評の被告なりの表明にあり、「その目的が専ら公益を図ることにあった」ともいえない。また、真実を摘示したことについての的確な立証もない。
よって、被告の上記主張を採用することはできず、本件投稿について違法性が阻却されると認めることはできない。
8 争点8(原告の被った損害)について
(1)
慰謝料
本件投稿は、上記のとおり、不特定多数の者が閲覧可能なツイッターにおける投稿であり、その内容は本件作品を正当な目的を欠いて公衆送信しつつ、撮影手法に対する批判的な感想ないし批評及び本件作品を改変するものであり、改変の程度も小さいものとはいえない。また、本件投稿は、約6か月にわたり存在し、他の閲覧者による本件作品等に対する批判的な投稿などの契機となっており、生じた結果も軽視できない。実際、原告は、本件作品を写真展や写真集への採用や宣伝活動への利用等を予定していたが、本件投稿後、これらを断念して再撮影等を行うこととなった。これらの事情に加え、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件投稿により原告の著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)の各侵害、並びに、名誉毀損により受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は20万円と認めるのが相当である。
(2)
発信者情報開示手続費用
原告は、本件各開示手続の調査費用として30万円を要したと主張するが、本件記録上、これを認めるに足りる証拠はない。
(3)
したがって、本件投稿により原告の被った損害は慰謝料20万円となる。