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著作権判例セレクション
【言語著作物の侵害性】ルポルタージュ記事の侵害性を認めなかった事例
▶令和6年4月18日東京地方裁判所[令和5(ワ)70559]
1 争点1(著作権及び著作者人格権の侵害の成否)
⑴ 著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである(最高裁判所平成13年6月28日第1小法廷判決参照)。これを本件についてみると、思想、アイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性を認めることはできない部分において、被告各記述は原告各記述と同一性を有するにすぎないため、被告各記述の発行又は販売は、複製にも翻案にも当たらないものと認めるのが相当である。その理由は、次のとおりである。
⑵ 原告記述1及び被告記述1
ア 原告記述1A及び被告記述1A
原告記述1A及び被告記述1Aは、いずれも、①原資の確保に当たっては元本の回収が何より重要であること、②他方で、日本学生支援機構は、2004年以降、回収金はまず延滞金と利息に充当するという方針を採用していること、③同機構の2010年度の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円に達し、これらの金が経常収益に計上され、原資とは無関係のところに充てられていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通している。
しかしながら、上記①は、原資の確保には元本の回収が重要であるという、奨学金事業に関する筆者の考察を示すものであり、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。
また、上記②及び③は、日本学生支援機構における回収金の充当方法や利息・延滞金収入の額という客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。
イ 原告記述1B及び被告記述1B
原告記述1B及び被告記述1Bは、いずれも、①回収された金の行き先の一つが銀行であり、もう一つがサービサーであること、②2010年度期末において、民間銀行からの貸付残高は約1兆円であり、年間の利払額は23億円であること、③サービサーについては、同年度に約5万5000件を日立キャピタル債権回収など2社に委託し、16億7000万円を回収し、そのうち1億0400万円が手数料として支払われていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通していることが認められる。
しかしながら、上記①ないし③は、いずれも日本学生支援機構における奨学金の回収状況に関する客観的な事実を簡潔に紹介するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。
ウ 原告の主張に対する判断
原告は、被告記述1及び原告記述1を細切れに分割して対比すべきではなく、全体として対比すべきである旨主張する。
しかしながら、原告の主張を改めて検討しても、上記において説示したとおり、被告記述1と原告記述1の同一性を有する部分は、全体としてみても、客観的事実とこれに対する考察からなるものであって、著作権法の観点からすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又はありふれた表現であるというほかなく、表現上の創作性を認めることはできない。
その他に、原告の主張を改めて精査しても、原告の主張は、いずれも前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
⑶ 原告記述2及び被告記述2について
ア 原告記述2A及び被告記述2A
原告記述2A及び被告記述2Aは、①日本学生支援機構の会計資料によれば、2010年度の利息収入は232億円、同年度の延滞金収入は37億円であること、②延滞金収入は増加傾向にあること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通しているといえる。
しかしながら、上記①は、日本学生機構の会計資料に記載された2010年度の利息収入及び延滞金収入の額という客観的な事実を簡潔に指摘するものであり、上記②も、日本学生機構の会計資料に記載された延滞金収入の額が増加しているという客観的な事実を簡潔に紹介するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものにすぎない。そうすると、上記①及び②は、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①及び②の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。
イ 原告記述2B及び被告記述2B
原告記述2B及び被告記述2Bは、①利息及び延滞金で年間数百億円の収入があること、②日本学生支援機構によれば、そのお金の行き先は「経常収益」つまり「儲け」に計上されていること、③延滞金をどれだけ回収しても奨学金の「原資」にはならないこと、以上の内容を以上の順で記載している点において共通している。
しかしながら、上記①及び②は、いずれも、日本学生支援機構の収支状況という客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。また、上記③は、①及び②にいう客観的な事実から導かれる一般的な考察にすぎず、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。
ウ 原告記述2C及び被告記述2Cについて
原告記述2C及び被告記述2Cは、①延滞金の回収に固執すれば原資の回収が遅れるが、それは回収金をまず延滞金と利息に充当するという方針を実行しているからであること、②原資を確保したいのであれば、元金から回収する必要があること、以上の内容を上記の順に記載している点において共通している。
しかしながら、上記①は、日本学生支援機構における回収金の充当方法という客観的な事実に基づく一般的な考察にすぎず、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。また、上記②も、奨学金事業に関する一般的な考察を記載したものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①及び②の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。
エ 原告記述2D及び被告記述2Dについて
原告記述2D及び被告記述2Dは、日本学生支援機構が「それ」、すなわち元金からの回収を行わないのは、同機構において「利益」こそが回収強化の狙いであることを記載している点において共通している。
しかしながら、同記載は、奨学金事業に関する日本学生支援機構の方針についての一般的な考察にすぎず、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。
オ 原告記述2E及び被告記述2Eについて
原告記述2E及び被告記述2Eは、①数百億円の延滞金と利息収入のうち、利息の大半は財政融資基金という政府から借りたお金の利払いに充てられること、②もう一つのお金の行き先が、銀行とサービサーであること、以上の内容を上記の順序で記載している点において共通している。
しかしながら、上記①及び②は、いずれも、日本学生支援機構の延滞金や利息収入がその後どのような使途に当てられるかという客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①及び②の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。
カ 原告記述2F及び被告記述2F
原告記述2F及び被告記述2Fについては、そもそも表現上の共通点が存在するものと認めることはできない。
キ 原告記述2G及び被告記述2G
原告記述2G及び被告記述2Gについては、そもそも表現上の共通点が存在するものと認めることはできない。仮に、原告主張の立場を採用したとしても、日立キャピタル債権回収株式会社が21億9545万3081円を回収し、1億7826万円を手数料として受領したという客観的な事実を一般的でありふれた表現で記述する点において共通するものにすぎず、これに表現上の創作性を認めることはできない。
ク 原告の主張に対する判断
原告は、被告記述2及び原告記述2を細切れに分割して対比すべきではなく、全体として対比すべきである旨主張する。
しかしながら、前記⑵ウで説示したところと同様に、原告の主張を改めて検討しても、被告記述2と原告記述2の同一性を有する部分は、全体としてみても、客観的事実とこれに対する考察からなるものであって、著作権法の観点からすれば、思想、アイデア、事実又は事件など表現それ自体でない部分又はありふれた表現であるというほかなく、表現上の創作性を認めること20 はできない。
その他に、原告の主張を改めて精査しても、原告の主張は、いずれも前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
⑷ まとめ
以上によれば、被告各記述は、原告各記述に係る原告の著作権を侵害するものではなく、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するものとも認めることはできない。
2 争点2(デッドコピーによる不法行為の成否)について
⑴ 著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成23年12月8日第一小法廷判決参照)。
これを本件についてみると、被告各記述が、著作物に該当しない原告各記述を利用したものであるとしても、原告は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を具体的に主張するものではなく、その他に、本件記録を精査しても、上記にいう特段の事情を認めるに足りない。
⑵ これに対し、原告は、Bが原告記述1を読んだ上で被告記述1に及んだことなどを一応指摘しているものの、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益をいうに足りず、上記判断を左右するに至らない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
3 争点3(氏名不表示による不法行為の成否)ついて
原告は、被告が本件書籍に原告の氏名を表示しなかったことは、書籍の編集や出版業界の社会通念に照らして著しく非常識な行為であり、不法行為を構成する旨主張する。しかしながら、原告は、氏名表示に係る上記利益につき、著作権法19条にいう氏名表示権のほかに、権利又は利益として保護されるべき法令上の根拠があることを具体的に主張するものではなく、原告の主張は、民法709条に規定する「権利又は法律上保護される利益」を主張立証しないものとして、失当であるというほかない。したがって、原告の主張は、採用することができない。
4 争点4(社内調査結果の不説明による不法行為の成否)
⑴ 認定事実
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(略)
⑵ 不法行為の成否
原告は、原告各記述と被告各記述が類似していることに関し、被告に対し、事情の説明を求めたところ、被告が調査の上回答する旨約束しておきながら、その後調査結果について説明をしなかったことは、社会通念に照らして著しく不適当であり、不法行為を構成する旨主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、被告記述1に関して原告が約束したと主張する相手は、被告とは異なる別会社であるから、上記約束を前提とする原告の主張は、そもそもその前提を欠く。そして、上記約束の内容も、弁護士から連絡があれば被告に連絡する旨のものにとどまるのであるから、原告主張に係る被侵害利益とは、訴外会社から連絡を受けることができる旨の事実上の期待にすぎず、これが民法709条にいう「法律上保護されるべき利益」に該当するものといえない
他方、被告記述2に関して原告が約束したと主張する相手は、被告ではあるものの、前記認定事実によれば、被告は、原告からの要望を受け、まずは、本件書籍の著書であるBに事情を確認した上でなければ、原告に対する正式な回答ができない旨を電話で伝えて原告の了解を得た上、その後、被告は、実際に、Bに対する事情確認を経た上で問題が解決されるまでの間、本件書籍の出庫や電子書籍の販売を停止する旨の判断を行い、その結果を書面で正式に原告に回答したことが認められる。
これらの事情の下においては、原告主張に係る約束が成立していたとしても、被告はこれを履行したものと認めるのが相当であり、その他に、本件全証拠によっても、不法行為が成立するような事情をうかがうことはできない。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
5 その他
その他に、原告提出に係る準備書面及び証拠を改めて検討しても、上記において説示したところに照らし、原告の主張は、前記判断を左右するに足りず、原告の主張は、いずれも採用することができない。
第4 結論
よって、原告の請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。