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著作権判例セレクション

【不正競争防止法/一般不法行為】将棋の動画配信の一般不法行為該当性が争われた事例
▶令和6116日大阪地方裁判所[令和4()11394] ▶令和7130日大阪高等裁判所[令和6()338]
() 本件は、原告が、ユーチューブ等に投稿した動画(「本件動画」)について、被告がグーグル等に対して本件動画が被告の著作権を侵害する旨の申告をした行為が不正競争防止法2条1項21号の不正競争に当たると主張して、被告に対し、不競法3条1項に基づき、原告が配信する動画が被告の著作権を侵害する旨を第三者に告げることの差止め、同法14条に基づき、グーグル等の動画配信プラットフォーム事業者(「プラットフォーマー」)に対して本件動画が被告の著作権を侵害しないこと等を通知することを求めるとともに、民法709条に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案である。
なお、本件動画は、原告が出演し、被告が配信する将棋の実況中継から得た情報を基に、即時に、自ら用意した将棋盤面に各対局者の指し手を表示するなどして、視聴者が、視聴者同士や原告とのチャットでのコミュニケーションを行う内容であるが、本件動画内において、被告が配信する動画の映像、画像、音声等は一切表示等されることはない。

1 争点1(本件削除申請は「虚偽の事実の告知」に当たるか)について
本件動画は被告の著作権を侵害するものではない(この点について被告は争っていない。)にもかかわらず、本件削除申請は、グーグル等に対し、本件動画が被告の著作権を侵害する旨を摘示するものであるから、客観的な真実に反する内容を告知するものとして、「虚偽の事実の告知」に当たると認められる。
これに対し、被告は、本件動画は被告の営業上の利益その他何らかの権利を侵害する旨を主張するが、本件削除申請が虚偽の事実の告知に当たるかどうかの判断とは無関係である上、本件動画により被告の何らかの権利が侵害された事実も明らかでないから、採用できない。
2 争点2(本件削除申請は原告の「営業上の利益」を侵害するか)について
前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、ユーチューブ及びツイキャスにおいて、本件動画を配信して収益を得ていたところ、本件削除申請は、グーグル等のプラットフォーマーに対し、本件動画が被告の著作権を侵害する違法なものであることを摘示する内容であり、これによって、原告は、ユーチューブにおいては、別紙「原告動画目録」の「配信停止期間」欄記載の期間、動画の配信が停止されたことが、ツイキャスにおいては、動画配信によって収益を得ることが少なくとも一定期間停止されたことがそれぞれ認められる。そうすると、本件削除申請は、原告が本件動画の配信という営利事業を遂行していく上での信用を害するものとして、原告の「営業上の利益」を侵害したと認められる。
これに対し、被告は、原告による本件動画の配信は、被告が配信する棋譜情報をフリーライドで利用するという著しく不公正な手段を用いて被告ら棋戦主催者の営業活動上の利益を侵害するものとして不法行為を構成することを指摘して、本件動画の配信に係る営業上の利益は法律上保護される利益に当たらない旨を主張し、これを裏付ける証拠として「王将戦における棋譜利用ガイドライン」を提出する。しかし、棋譜は、公式戦対局の指し手進行を再現した「盤面図」及び符号・記号による「指し手順の文字情報」を含むものと認められるところ、本件動画で利用された棋譜等の情報は、被告が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報であると解される。
同ガイドラインは、棋譜の利用権等を王将戦主催者が独占的に有する旨規定するが、王将戦主催者が、原告を含めた被告の実況中継の閲覧者の関与なく一方的に定めたものであり、原告に対して法的拘束力を生じさせるものであるとはいえない。また、前記1のとおり、本件動画は被告の著作権を侵害するものではなく、その他、原告が、被告の配信する棋譜情報を利用することが不法行為を構成することを認めるに足りる事情はない。したがって、被告の前記主張は、その前提を欠き、採用できない。
(以下略)

[控訴審]
1 当裁判所は、被控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 争点(1)(本件削除申請は被控訴人の「営業上の利益」を侵害するか)について
(1) 被控訴人は、本件削除申請により本件動画の配信が停止されて収益を上げることができなかったから、控訴人の不競法2条1項21号該当の不正競争により営業上の利益を侵害された旨を主張するところ、これに対し、控訴人は、被控訴人がする本件動画の配信は不法行為に該当するから、被控訴人が侵害されたと主張する営業上の利益は法律上保護される利益とはいえないとして、被控訴人の上記主張を争う。
そこで、以下においては、まず、被控訴人のする本件動画の配信が不法行為に該当するかの点を検討するに、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件動画が配信の対象とした王将戦及び銀河戦などの棋戦の主催、棋譜情報20 の利用等につき、以下の事実が認められる。
()
(2) 前記認定の事実関係によれば、棋戦を主催(新聞社等あるいは控訴人との共催を含む。)する日本将棋連盟は、棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げ、これにより棋戦を主催するための開催・運営費用を賄っていること、そして、上記許諾を受けた控訴人ら放送配信事業者は、当該棋戦を有償配信し、これにより棋戦の配信の権利の許諾を受けるために負担した協賛金ないし契約金を回収し、さらに利益を上げようとしているものと認められるが、日本将棋連盟がリアルタイムの棋戦の放送・配信につき、このようなビジネスモデルを採用する理由は、同連盟の目的を達成するための事業をする上で、将棋はスポーツ競技のように大きな会場を用意して入場者から入場料を徴収することで開催・運営費用等を賄うことができないことから、会場を用意する主催者として物理的に独占できるリアルタイムの棋譜情報を、控訴人のような放送配信事業者を介して将棋ファンに提供することで、将棋ファンから上記放送配信事業者を介して対価を徴収し、これにより開催・運営費用等を賄うとともに利益を上げ、もって将棋文化の向上発展に寄与しようとしているものと考えられる。そして、放送配信事業者である控訴人の収益構造も、このようなビジネスモデルに組み込まれたものということができる。
これに対し、被控訴人のしていた本件動画の配信は、自らは一視聴者として控訴人の配信する棋戦を観戦しながら、そこで得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するものであるが、将棋ファンにとっては、被控訴人が配信する動画を視聴すれば無料で棋戦のリアルタイムでの棋譜情報が得られるのであるから、対価を支払ってまでして控訴人から棋戦の配信を受けようとしなくなることが十分考えられ、現に、被控訴人の動画配信の結果、控訴人の有償配信サービスへのアクセス数は減少し、同サービスの加入者からの売上げは減少していることがうかがわれるし、被控訴人自身、控訴人による本件削除申請後、リアルタイムでの棋譜情報を提供する動画配信を止めたことで視聴率が下がったというのであるから、被控訴人はリアルタイムの棋譜情報を提供することで本件動画の視聴者を増加させていたことも推認できる。そうすると、被控訴人による本件動画の配信は、対価を支払って控訴人から配信を受ける将棋ファンを減少させるものであって、このことによって控訴人に対して直接的に損害を生じさせるものであるし、また、このような行為が多数の動画配信者によって繰り返されるなら、控訴人の収益構造でもある日本将棋連盟がよって立つ上記ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させていくことを危うくしかねないものといえる。
なお、控訴人のする棋戦の配信が、会場の映像を視聴でき、高段者の棋士等による実況解説もされているものであるのに対し、被控訴人のそれは会場の映像を視聴できるものではなく、盤面上に棋譜を再現し、AIによって計算された評価値を表示するほか、被控訴人が視聴者とチャット機能を利用した会話をするというものであって、異なる特徴を有するが、棋戦を観戦する将棋ファンにとって重要であるのはリアルタイムでの盤面の推移であって、それは文字情報(たとえば「△4三金」のように表示できる。)のみであっても足りるものと考えられるから、上記の配信内容の違いは、被控訴人がした本件動画の配信が控訴人のする配信の視聴者を減少させ、控訴人に損害を生じさせるとの上記認定を左右するものとはいえない。
そして、被控訴人は、本件動画の配信に当たり、控訴人から有料で配信を受けていたというのであるから、上記のとおりの日本将棋連盟のビジネスモデルに組み込まれた控訴人の収益構造を理解していたはずであり、そうすると本件動画を将棋ファンに無料で配信し視聴させることが、その反射として控訴人から有料で配信を受けていたはずの将棋ファンを減少させ、その結果が控訴人に損害を与えることも認識していたと認められる。
そればかりか、被控訴人が、本件動画の配信前からリアルタイムの棋譜情報を提供する動画配信をしており、かつ、これを禁じようとする日本将棋連盟のビジネスモデルの在り方を批判し、本件動画の配信を適法とすることで、そのビジネスモデルが崩壊してもやむを得ないような主張すらしていることからすると、被控訴人は、上記のような動画配信をすることで日本将棋連盟及びそのビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的すらあったことさえうかがえる。
以上のほか、被控訴人は、控訴人のみならず被控訴人同様の棋戦の動画配信者と棋戦の配信を巡って競争する関係にあるといえるが、控訴人はそのために多額の費用負担をしているわけであるし、他の棋戦の動画配信者は主催者の定めるところに従い、リアルタイムでの棋譜情報そのものを配信せず他の部分で工夫をして視聴者を惹きつけることで視聴者獲得の競争をしていることがうかがえるから、一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、しかも、これにより控訴人に対して故意に損害を与えている被控訴人による本件動画配信は、明らかに上記競争の枠外の行為をしているものということができる。
なお、被控訴人が主張するようにリアルタイムでの棋譜情報の利用制限というルールは、日本将棋連盟等の主催者が一方的に定めたものにすぎず、また、主催者と契約を結ばない被控訴人は、この利用制限について法的に拘束されないが、被控訴人が侵害されたと主張する営業上の利益は、他の競争者が主催者の定めたルールに従うことで価値が増したリアルタイムの棋譜情報を利用することにより、棋戦を主催・運営するための必要なビジネスモデルが成立している中(他の動画配信者がみな一斉に被控訴人同様の行為に及べば、リアルタイムでの棋譜情報の価値は損なわれて現状のビジネスモデルは成り立たなくなると考えられる。)、他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立った上、競争者である控訴人の営業上の利益も侵害することで得ている利益であるといえるから、上記の点を踏まえても、これを社会通念上、許された自由競争で得た利益ということはできない。
したがって、少なくとも控訴人が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである。
(3) 被控訴人は、控訴人が、本件動画の配信が著作権侵害には該当しないことを認識しながら、あえてユーチューブ及びツイキャスにおける所定の削除申請手続を利用して著作権侵害を理由として本件削除申請をしたことが、許されない自力救済であって不当である旨も主張する。
この点、仮に本件削除申請が不当なものであるとの被控訴人の主張が当たっていたとしても、そのことで翻って被控訴人がする本件動画配信という営業に法律上保護される利益があるということにはならないが、その点をおいても、棋譜が著作物ではないとする確定判例は未だないし、棋譜が著作物であるとする学説が存在することは被控訴人も否定していない以上、本件削除申請当時、本件動画の配信が著作権侵害には該当しないことを控訴人が認識していたとは断定できない。また、本件削除申請において、著作権侵害を理由としたことが結果的に誤りであったとしても、ユーチューブ及びツイキャスを利用する上で被控訴人も拘束されるそれぞれの利用規約によれば、投稿された動画に著作権侵害があった場合だけでなく、第三者に損害を及ぼし、あるいは財産権を侵害するのであれば、ユーチューブ及びツイキャスいずれであっても、当該動画は削除対象になるものとされていることからすると、本件動画の配信が不法行為であるとの裁判所の判断が示されたなら、これを理由に削除するという対応もあり得たと考えられるから、不法行為者である被控訴人との関係では、本件削除申請が不当であったとはいえない。さらにまた、本件削除申請は、対象とした本件動画だけでなく、被控訴人が配信予定としていた動画の配信も阻止する効果を生じたものであるが、配信予定の動画も、日本将棋連盟等の主催者から許諾を受けずにリアルタイムの棋譜情報を提供するものであったはずであるから、結果的にこれを予防的に差し止めることになったところで、被控訴人に法律上保護される利益が侵害されたという余地はない。
(4) 以上検討したところによれば、被控訴人による本件動画の配信は、控訴人の営業上の利益を侵害する違法なものであって不法行為に該当し、これによって得られる利益は法律上保護される利益に該当しないから、本件動画の配信との関係では、被控訴人には不競法によって保護されるべき「営業上の利益」も「営業上の信用」も存在するとはいえない。
したがって、被控訴人の控訴人による不競法2条1項21号該当の不正競争を前提とする同法3条1項に基づく差止請求、同法4条に基づく損害賠償請求及び同法14条に基づく信用回復措置請求は、いずれもその余の判断に及ぶまでもなく理由がなく、また、控訴人の本件削除申請により被控訴人は法律上保護される利益を侵害されたとはいえないから、被控訴人の控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求にも理由がない。
3 以上によると、被控訴人の請求は、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当でないから、本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消して同部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却するとともに、本件附帯控訴を棄却し、被控訴人の当審における追加請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。