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著作権判例セレクション

【保護期間】旧法下で公表された映画の著作権の存続期間・著作権の帰属等が争点となった事例

▶平成21617日東京地方裁判所[平成20()11220]▶平成240509日知的財産高等裁判所[平成24()10013]
() 本件は,映画の著作物の著作権を有すると主張する原告が,被告に対し,被告が当該映画を複製したDVD商品を海外において作成し,輸入・販売しており,被告の同輸入行為は原告の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)として,著作権法112条1項及び2項に基づく当該DVD商品の製造等の差止め及び同商品等の廃棄並びに民法709条及び著作権法114条3項に基づく損害賠償金等の支払を求めた事案である。

1 争点 ()(本件各映画の著作権の存続期間の満了時期(本件各映画の著作者はだれか)について)
(1)映画の著作物の保護期間に関する我が国の法令の概要
前記のとおり, 本件映画1及び2は昭和25年(1950年),に,本件映画3は昭和27年(1952年)にそれぞれ公表されたものであり, 新著作権法が施行された昭和46年1月1日より前に公表された映画の著作物である。 このような旧著作権法下で公表された映画の著作物の著作権の存続期間に関する我が国の法令の概要は,次のとおりである。
ア 前記のとおり,旧著作権法は,映画の著作物の著作権の存続期間を, 独創性の有無(22条ノ3後段)及び著作名義の実名(3条),無名・変名(5条),団体(6条)の別によって別異に扱っていたところ,前記エのとおり, 本件各映画は独創性を有する映画の著作物であるから,本件各映画の著作権の存続期間については,本件各映画の著作名義が監督等の自然人であるとされた場合には,その生存期間及びその死後38年間22条ノ3後段,3条,52条1項)とされるのに対し,それが団体である映画製作者名義であるとされた場合には,本件各映画の公表(発行又は興行)後33年間(22条ノ3後段,6条,52条2項)とされることになる。
イ 旧著作権法は,昭和46年1月1日に施行された新著作権法により全部改正された。新著作権法(平成15年改正法による改正前の規定)は,映画の著作物及び団体名義の著作物の保護期間を,いずれも,原則として,公表後50年を経過するまでの間と規定する(53条1項,54条1項)とともに,附則2条1項において,「改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は, この法律の施行の際現に改正前の著作権法(・・・ 以下「旧法」という。)による著作権の全部が消滅している著作物については,適用しない。」旨を定め,また,附則7条において,「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については,当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第2章第4節の規定による期間より長いときは,なお従前の例による。」旨を定めている。
なお,新著作権法は,法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物の著作者並びに映画の著作物の著作者及びその著作権の帰属について,それぞれ新たな規定を設けた(15条,16条,29条)が,附則4条において,「新法第15条及び第16条の規定は, この法律の施行前に創作された著作物については 適用しない。」旨を定め, また, 附則5条1項において,「この法律の施行前に創作された新法第29条に規定する映画の著作物の著作権の帰属については,なお従前の例による。」旨を定めている。
ウ 映画の著作物の著作権の存続期間は,平成15年改正法(平成16年1月1日施行)により,原則として公表後70年を経過するまでの間と延長される(同法による改正後の著作権法54条1項)とともに,平成15年改正法附則2条は「改正後の著作権法・・・第54条第1項の規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については, なお従前の例による。」と, 同法附則3条は「著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって,同法附則第7条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は,旧著作権法・・・による著作権の存続期間の満了する日が新法第54条第1項の規定による期間の満了する日後の日であるときは,同項の規定にかかわらず,旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間とする。」と定めている。
エ 著作者及び著作名義を個人と団体のいずれとみるかによる著作権の存続期間
ア)本件各映画の著作者及び著作名義がそれぞれその監督である本件各監督であるとした場合の著作権の存続期間
a 本件映画1及び2
前記の場合,旧著作権法を適用すれば,①本件映画1の著作権の存続期間は,その監督であるAが死亡した平成19年(2007年)の翌年から起算して38年後の平成57年(2045年)12月31日まで,②本件映画2の著作権の存続期間は,その監督であるBが死亡した平成3年(1991年)の翌年から起算して38年後の平成41年(2029年)12月31日までとなる(同法22条ノ3,3条,52条1項 )。
他方で,本件映画1及び2は,いずれも昭和25年(1950年)に公開されたものであるから,新著作権法附則2条1項により,同法を適用し,その著作権の存続期間を公表後50年とした場合は,本件映画1及び2の著作権の存続期間は平成12年(2000年)12月31日までとなるが,同法附則7条により,著作権の存続期間の長い旧著作権法が適用される。
その結果,本件映画1及び2は,平成15年改正法の施行時において著作権が存するから,同法附則2条により,公表後70年を著作権の存続期間とする平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項を適用することができ,同項を適用した場合の本件映画1及び2の著作権の存続期間は,平成32年(2020年)12月31日までとなる。
ただし,平成15年改正法附則3条により,著作権の存続期間の長い旧著作権法が適用され,前記のとおり,著作権の存続期間は,本件映画1が平成57年(2045年)12月31日まで,本件映画2が平成41年(2029年)12月31日までとなる。
b 本件映画3
前記の場合,旧著作権法を適用すれば,本件映画3の著作権の存続期間は,その監督であるCが死亡した昭和44年(1969年)の翌年から起算して38年後の平成19年(2007年)12月31日までとなる(同法22条ノ3,3条,52条1項)。
他方で,本件映画3は,昭和27年(1952年)に公開されたものであるから,新著作権法附則2条1項により,同法を適用し,その著作権の存続期間を公表後50年とした場合は,本件映画3の著作権の存続期間は平成14年(2002年)12月31日までとなるが,同法附則7条により,著作権の存続期間の長い旧著作権法が適用される。
その結果,本件映画3は,平成15年改正法の施行時において著作権が存するから,同法附則2条により,公表後70年を著作権の存続期間とする平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項を適用することができ,同項を適用した場合の本件映画3の著作権の存続期間は,平成34年(2022年)12月31日までとなる。
したがって,平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項の規定による著作権の存続期間が旧著作権法の規定による著作権の存続期間より長いから,平成15年改正法附則3条は適用されず,平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項が適用され,本件映画3の著作権の存続期間は,平成34年(2022年)12月31日までとなる。
(イ)本件各映画につき団体である映画製作会社の著作名義であるとした場合の著作権の存続期間
前記の場合,旧著作権法を適用すれば,団体名義の著作物として,公表後33年間,すなわち,本件映画1及び2については昭和58年(1983年)12月31日まで,本件映画3については昭和60年(1985年)12月31日までが保護期間となる(同法22条ノ3,6条,52条2項)。
他方で,新著作権法附則2条1項により,同法を適用し,公表後50年間を保護期間とした場合には,本件映画1及び2については平成12年(2000年)12月31日まで,本件映画3については平成14年(2002年)12月31日までとなり,新著作権法の規定による保護期間が旧著作権法の規定による保護期間より長いから,新著作権法附則7条は適用されず,いずれも新著作権法の規定が適用される。
したがって,著作権の存続期間は,本件映画1及び2については平成12年(2000年)12月31日まで,本件映画3については平成14年(2002年)12月31日までとなる。なお,この場合,平成15年改正法の施行前に本件各映画の著作権が消滅しているから,同法附則2条により,同法による改正後の著作権法の規定は,適用されない。
オ このように,本件各映画の著作者及び著作名義をどのように考えるかによって,平成19年1月ころに行われた被告による本件各映画の複製物の輸入行為が,本件各映画の著作権の存続期間内にされたものといえるか否かが異なることとなる。そこで,以下,本件各映画の著作者及び著作名義について検討することとする。
(2)本件各映画の著作者について
ア 本件各映画は,いずれも新著作権法が施行される前に創作された映画の著作物であり,同法附則4条によれば,映画の著作物の著作者に関する規定である同法16条は適用されないから,本件各映画の著作者がだれかについては, 旧著作権法によることになる。そして, 旧著作権法においては,映画の著作物の著作者について直接定めた規定はないのみならず,そもそも著作物一般についての著作者の定義や著作物の定義を定める規定もない。
他方で,新著作権法では,著作物及び著作者の定義規定が設けられている(同法2条1項1号及び2号)が,その内容が旧著作権法における著作物及び著作者についての解釈と異なるのであれば(新著作権法が,旧著作権法における著作物及び著作者をすべて著作物及び著作者と定義した上で,更に著作物及び著作者の定義の範囲を拡張したような例外的場合でない限り),従前は著作物及び著作者として認められていたものが, 新著作権法の施行により著作物又は著作者と認められないことが生じ得るのであるから,何らかの経過措置が設けられるのが通常と考えられるところ,これに関する経過規定は設けられていない。また,旧著作権法の下で公表された著作物の著作権が,新著作権法の下でも存続することを前提とした規定(例えば,同法附則7条)もある。これらのことからすれば,新著作権法における著作物及び著作者の定義は,旧著作権法における著作物及び著作者の定義を変更したものではないと解するのが相当である。なお,旧著作権法の下における裁判例においても, 著作物とは,「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現たることを要す」(大審院昭和11年() 第1234号同12年11月20日第三民事部判決参照),「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であって,客観的存在を有し, しかも文芸, 学術, 美術の範囲に属するもの」(東京地裁昭和40年8月31日判決参照)等と解されている。
したがって,旧著作権法における著作物とは,新著作権法と同様,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいい,また,旧著作権法における著作者とは,このような意味での著作物を創作する者をいうと解される。
そして,思想又は感情を創作的に表現できるのは自然人のみであることからすると,旧著作権法においても,著作者となり得るのは,原則として自然人であると解すべきである。
イ このように,著作者となり得るのは,原則として自然人であることを前提として,制作,監督,演出,撮影,美術の担当者等多数の自然人の協同作業により製作されるという映画の著作物の製作実態を踏まえると,旧著作権法においても,新著作権法16条と同様,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者が,当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当である。
なお,新著作権法附則4条は,同法16条の規定は,同法の施行前に創作された著作物については,適用しない旨定めている。しかしながら,旧著作権法において,映画の著作物の著作者につき,新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるような事情があるとは認められないことからすれば,同法附則4条が同法16条を適用しないこととしたのは,同条が新設規定であることに照らして,旧著作権法の下で公表された映画の著作物の著作者については旧著作権法における解釈に委ねる趣旨であって,旧著作権法において新著作権法16条と同様の解釈をすることを積極的に排除する趣旨まで含むものではないと解される。現に,著作権法の所管省庁である文化庁において新著作権法の立案を担当していた者においても,同法附則4条につき,旧著作権法下における映画の著作物の著作者の意義の解釈が必ずしも確定していなかったために,旧著作権法による解釈に委ねる趣旨で設けられたものであると説明している。これらのことからすれば,新著作権法附則4条は,旧著作権法の下で公表された映画の著作物の著作者について,新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるものではないと解される。
ウ これを本件各映画についてみると,証拠並びに前記によれば,本件各監督はそれぞれ本件各映画の監督を務めており,また,本件各映画は本件各監督による創作的な表現であると評価されていることが認められるから,本件各監督は,それぞれ本件各映画の全体的形成に創作的に寄与している者と推認され,これに反する証拠もない。
したがって,本件各監督は,他に著作者が存在するか否かはさておき,少なくとも本件各映画の著作者の一人であると認められる。
(3)本件各映画の著作名義について
ア 前記のとおり,旧著作権法は,3条から9条まで著作権の存続期間に関する規定を置いているところ,3条1項は,発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を著作者の生存する間及びその死後30年間と定め,4条は,著作者の死後に発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め,5条本文は,無名又は変名の著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め,同条ただし書で,その期間内に著作者の実名の登録を受けたときは3条の規定に従うこととし,6条は,団体の名義をもって発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定めていた。
このような旧著作権法における著作権の存続期間に関する規定全体の構成に加え,前記のとおり,旧著作権法においては,著作者となり得る者は原則として自然人であると解されることにかんがみると,旧著作権法は,著作権の存続期間につき,原則として自然人である著作者の死亡の時を基準とすることを定めた上で,著作者又はその死亡時期が特定できないためこの基準によることができない無名又は変名の著作物及び創作行為を行った自然人を判別することができず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない団体名義の著作物については,5条又は6条で発行又は興行の時を基準とすることとしたものと解される。
そうすると,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物とは,当該著作物の発行又は興行が団体名義でされたため,当該名義のみからは創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物をいうと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると,証拠,前記の各事実及び弁論の全趣旨によれば, 次の事実が認められる。
()
ウ そして,前記のとおり,本件各監督がそれぞれ本件各映画の著作者であると認められることからすれば,前記イの本件各映画のオープニングやポスターにおける本件各監督の名前の表示は,それぞれ本件各映画の著作者である本件各監督の実名を表示したものと認められる。
そうすると,本件各映画は,著作者の実名が表示されて公表された著作物であって,創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物であるとはいえないから,本件映画1及び3に「新東宝映画 」の表示が,本件映画2に「東宝株式会社」の表示があるからといって,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物には当たらないというべきである。
そして,前記の各事実からすれば,本件各映画は,それぞれ本件各監督の生存中に公開されたものと認められるから,その著作権の存続期間について適用される旧著作権法の規定は,同法3条,52条1項であると解される。
(4)本件各映画の著作権の存続期間について
以上のとおり,本件各監督は,それぞれ本件各映画の著作者であり,本件各映画は,旧著作権法6条の団体名義の著作物に当たらず,本件各映画の著作権の存続期間について適用される旧著作権法の規定は,同法3条,52条1項であると解されるから,前記のとおり,①本件映画1の著作権は,少なくとも本件映画1の著作者であるAが死亡した平成19年(2007年)の翌年から起算して38年後の平成57年(2045年)12月31日まで,②本件映画2の著作権は,少なくとも本件映画2の著作者であるBが死亡した平成3年(1991年)の翌年から起算して38年後の平成41年(2029年)12月31日まで,③本件映画3の著作権は,少なくとも本件映画3が公表された昭和27年(1952年)の翌年から起算して70年後の平成34年(2022年)12月31日まで,それぞれ存続することとなる。
(5)被告の主張について
ア 被告は,本件各映画の著作者は,映画製作会社であると主張し,その根拠として,昭和57年判決を挙げる。
しかしながら,同判決は,法人等の職務に従事する者において職務上作成する著作物について,一定の要件の下に,その著作物の著作者を当該法人等とするものであるところ,本件各映画を創作した者である本件各監督が原告又は新東宝の業務に従事する者であることを示す証拠はなく,本件とは事案を異にするから,被告の主張は,採用することができない。
イ そして,被告は,本件各映画が旧著作権法上の法人著作的解釈を含む旧著作権法6条の団体著作物であると主張し,その根拠して,原告又は新東宝が,監督,撮影,美術等の担当者を職務上指揮監督して本件各映画を製作したことを挙げる。
しかしながら,前記で説示したとおり,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物とは,当該著作物の発行又は興行が団体名義でされたため,当該名義のみからは創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物をいうと解されるところ,前記で認定したとおり,本件各映画は,著作者の実名が表示されて公表された著作物であって,創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物であるとはいえないから,同条が適用されることを前提とする被告の前記主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
この点をおくとしても,被告は,原告又は新東宝が本件各映画の製作に当たりどのような指揮監督を行ったのかについて,何ら具体的に主張するものでなく,原告又は新東宝が行った指揮監督の具体的内容について,何ら立証するものでもないから,被告の主張は,いずれにしても採用することができない。
ウ また,被告は,原告の主張は,映画監督以外の共同著作者である映画の製作に創作的に関与した者(助監督,美術監督等のスタッフ)の共同の著作活動をどのように評価しているのか,全く不明であると主張する。
しかしながら,前記で認定したとおり,本件各監督は,少なくとも本件各映画の著作者の一人であると認められるところ,この認定は,本件各映画につき,本件各監督以外にその全体的形成に創作的に寄与し,著作者と認められるべき者が存するか否かにより左右されるものではないから,被告の主張は,失当である。
エ さらに,被告は,本件各映画はシェーン判決で問題となった映画「シェーン」と公表形態が同一であるから,同判決にいう,「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」に該当すると主張する。
しかしながら,シェーン判決は,アメリカ合衆国法人が映画「シェーン」の著作者であり,その著作名義をもって1953年(昭和28年)にアメリカ合衆国で初めて公表されたこと,当該映画が独創性を有する映画の著作物であることを前提事実とした上で,映画の著作物の保護期間を定める新著作権法54条1項について,その保護期間の延長措置を定めた平成15年改正法の適用関係について判示したものである。これに対し,本件は,本件各映画が団体名義の著作物といえるか否か自体が争点となっており,事案を異にするから,被告の主張は,採用することができない。
オ 加えて,被告は,原告が本件各映画の著作権を有することについて,50年近く一度も第三者や監督等の個人から異議を受けなかったこと自体,本件各映画が団体名義の著作物と認識されていたことを示していると主張する。
しかしながら,このような被告の主張は,本件各映画の著作権が原告に帰属するか否かという問題と,本件各映画が団体名義の著作物に当たるか否かという問題を混同するものであって,到底採用することができない。
2 争点(2)(原告は本件各映画の著作権を有するかについて)
(1)著作者から原告又は新東宝に対する著作権の移転について
ア 前記のとおり,本件各監督は,それぞれ本件各映画の著作者であって,本件各映画の著作権を原始的に取得したものと認められる。
そして,次に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,これらの事実からすれば,本件各監督は,それぞれ,遅くとも本件各映画が公開されたころまでには,映画製作者である原告又は新東宝に対し,明示的又は黙示的に本件各映画の著作権を譲渡したと推認するのが相当であり,これに反する証拠はない。
()
イ なお,仮に,本件各監督以外に本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した者がいて,それらの者も著作者として本件各映画の著作権を原始的に取得していたとしても,前記の認定事実によれば,これらの者についても,遅くとも本件各映画が公開されたころまでには,映画製作者である原告又は新東宝に対し,明示的又は黙示的に本件各映画の著作権を譲渡したと推認するのが相当であり,これに反する証拠はない。
ウ したがって,遅くとも本件各映画が公開されたころには,新東宝は,本件映画1及び3の著作権を,原告は,本件映画2の著作権を,それぞれ単独で有していたものと認められる。
(2)新東宝から原告に対する著作権の移転について
前記(1)のとおり,新東宝は,本件映画1及び3の著作権を単独で保有していたものと認められるところ,証拠及び弁論の全趣旨によれば,新東宝は,原告に対し,昭和38年4月20日,本件映画1及び3の著作権を譲渡したことが認められる。
(3)したがって,原告は,本件各映画の著作権を単独で有しているものと認められる。
3 争点(3)(被告の侵害行為の有無について)
(1)ア 被告が,本件DVDを国外で作成し,遅くとも平成19年1月ころから我が国に輸入し,国内で頒布していることにつき,被告は,いったんはこの事実を認めたが,その後,著作権の侵害についての審理を終え,当該侵害に基づく損害についての審理を目的とした第5回弁論準備手続期日及び弁論準備手続の終結が予定された第6回弁論準備手続期日において,パッケージ化して商品化したのは,別紙被告商品目録記載1及び3については株式会社サイドエーであり,同目録記載2については株式会社アブロックであると主張するに至った。
このような主張の変更は,本件DVD(これが,被告がいうところの商品としてパッケージ化されたDVDを意味することは,別紙被告商品目録の記載から明らかである。)の輸入・頒布について成立した自白を撤回するものであって,これが認められるためには,①自白した事実が真実に合致せず,かつ,自白が錯誤によること(大審院大正10年(オ)第662号同11年2月20日第二民事部判決),②刑事上罰すべき他人の行為により自白したこと(最高裁昭和30年(オ)第416号同33年3月7日第二小法廷判決),③相手方の同意があることのいずれかの事実が認められることが必要である。
本件についてみると,被告の前代表者Dの陳述書には,前記主張に沿った記載があるが,他方で,本件DVDのパッケージや作品リストには,その発売元として「Cosmo Contents」(被告の旧商号)と記載されていること,本件DVDを頒布していた株式会社日本カルチャーセンター及び株式会社ワールドピクチャーは,両社に対する原告の警告状への回答において,被告から商品供給を受けた又は販売委託の話があった旨述べていることに照らして,被告が自白した事実が,真実に合致しない(前記①)とは認めるに足りず,また,前記②及び③の事実についても,これらを認めるに足る証拠はないから,自白の撤回は認められない(もっとも,被告の変更後の主張によっても,本件映画2については,これを複製したDVDの盤を輸入・販売した事実は認めていることから,被告が,本件映画2につき著作権(複製権)侵害行為とみなされ得る行為を行ったことには,当事者間に争いはない。)。
イ したがって,被告が,本件DVDを国外で作成し,遅くとも平成19年1月ころから我が国に輸入し,国内で頒布した事実は,当事者間に争いがないものと認められる。
(2)被告は,頒布目的で本件DVDを輸入したことを否認し,被告の前代表者Dの陳述書にも,被告がこのような行為を行ったのは,著作権の存続期間が終了していることを司法に判断してもらうためである旨の記載がある。
しかしながら,前記(1)で認定したとおり,被告は,本件DVDを輸入後,国内で頒布していることからすれば,本件DVDを輸入する際に頒布目的があったことは明らかであり,これに反する被告の主張は,採用することができない。
(3)前記1,2のとおり,原告が有する本件各映画の著作権の存続期間は満了していないから,本件DVDは,輸入の時において国内で作成したとしたならば本件各映画の著作権の侵害となるべき行為によって作成された物に該当する。
したがって,被告が本件DVDを国内で頒布する目的をもって輸入した行為は,原告の著作権を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)。
(4)前記(1)のとおり,被告は,本件DVDを海外で作成して輸入しているところ,本件訴訟において著作権の存続期間の満了を主張して本件各映画の著作権侵害を争っているのみならず,本件各映画以外の劇場用映画についても,これを複製したDVD商品を販売し,本件訴訟と同様に,訴訟において著作権の存続期間の満了を主張して著作権侵害を争っていることからすれば,将来,日本国内においても本件DVDを製造するおそれがあると認められる。
(5)よって, 原告は,被告に対し,著作権法112条1項及び2項に基づき,本件DVDの製造,輸入又は頒布の差止め並びにその在庫品及び原版の廃棄を求めることができる。
4 争点(4 )(被告の故意又は過失の有無について)
(1)被告は,著作権の存続期間が満了してパブリックドメインとなった映画の複製,販売等を業として行っていることが認められ,このような事業を行う者としては,自らが取り扱う映画の著作物の著作権の存続期間が満了したものであるか否かについて,十分調査する義務を負っているものと解するのが相当である。
(2)これを本件についてみると,旧著作権法における映画の著作物の著作者についての法的な解釈が分かれており,それについての確定した判例もない状況であったことからすれば,自らが行う輸入・販売行為について提訴がなされた場合に,自己が依拠する解釈が裁判所において採用されない可能性があることは,当然に予見することができたと認められる。加えて,前記のとおり,旧著作権法においても,新著作権法と同様,著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいうと解されていたことからすれば,旧著作権法においても,著作物を創作する著作者は,原則として自然人であり,映画の著作物についても自然人が著作者となり得るということは十分に理解することができ,その場合の旧著作権法による映画の著作物の保護期間がその著作者の死後38年間となり得ることも理解し得たということができる。また,本件各証拠に照らしても,被告が,本件各映画の著作権が存続しているか否かについて,専門家等の第三者に意見を求める等何らかの調査を行ったことをうかがわせる事情は見当たらない。
これらの事実によれば,被告は,本件各映画の著作権が存続している可能性があることを予見することができ,これについて十分調査すべきであったにもかかわらず,十分な調査を行うことなく,著作権の存続期間について自己に都合のよい独自の解釈に基づき本件DVDの輸入を行ったものと認められるから,被告には,少なくとも過失があったというべきである。
したがって,被告は,前記3の著作権侵害により原告に生じた損害を賠償すべき責任があると認められる。
(3)被告の主張について
被告は,旧著作権法においては,だれが映画の著作者であるかという問題は専門家においても意見が分かれていたのであるから,その中で,被告にとって理論的に首肯でき,妥当な解決と考えられる説に依拠して社会活動上の判断をするのは当然であり,単に,その判断が原告の解釈と異なるからといって,直ちに被告に注意義務違反があるというのは,不可能を強いることになるなどと主張する。
しかしながら,前記で説示したとおり,被告は,パブリックドメインとなった映画の複製,販売等を業として行う者として,自らが取り扱う映画の著作権の存続期間が満了したものであるか否かについて,十分調査する義務を負っているところ,前記で認定したとおり,旧著作権法における映画の著作物の著作者については,法的な解釈が分かれており,確定した判例もない状況であり,被告は,自らが行う輸入・販売行為について提訴がなされた場合には,自己が依拠する解釈が裁判所において採用されない可能性があることは当然に予見することができたにもかかわらず,本件各映画の著作権が存続しているのか否かについて,専門家等の第三者に意見を求める等何らかの調査を行うこともしていないのであるから,本件各映画の著作権の存続期間について,複数あり得る見解のうち自己に都合のよい見解に依拠して,本件各映画の著作権の存続期間が満了したと軽信したにすぎず,何ら不可能を強いるものではないというべきである。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
5 争点(5)(原告の損害の有無及びその額について)
(1)損害の有無について
前記のとおり,被告が本件DVDを輸入する行為は,原告の著作権を侵害するものとみなされるから,原告には,当該著作権の使用料相当額の損害が生じたものと認められる。
(2)損害の額について
ア 本件各映画の使用料相当額について検討すると,証拠によれば,本件DVD1本当たりの使用料相当額は,小売価格の20%に相当する額とするのが相当である。
そして,本件DVDは,被告により3000本(本件各映画につき,それぞれ1000本ずつ)輸入され,1本当たり1800円の小売価格で販売されていることが認められる。
したがって,本件各映画の使用料相当額は,以下のとおり,108万円となり,これが原告の損害となる。
(計算式)1800円×0.2×3000本=108万円
イ なお,原告は,本件DVDは合計1万5000本(各5000本×3)輸入されたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
また,原告は,違法な複製物を通常の販売額より極めて低額で販売している場合には,原告が通常受領すべき金額を重視すべきであるから,原告の標準小売価格である4500円を基準として使用料相当額を算定すべきであると主張する。
しかしながら,原告が本件各映画を複製したDVDの販売等を第三者に許諾した場合に,1本当たり4500円の標準小売価格を基準としてその許諾料を定めていたと認めるに足りる証拠はない。
また,通常,販売価格は販売者が決定し得るものであることを考慮すると,本件DVDの販売による使用料相当額の算定に当たっては,販売価格が通常予想される販売価格よりも極めて低額である等の特段の事情がある場合を除き,本件DVDの現実の販売価格を基準とするのが相当であるというべきである。
そして,1800円という本件DVDの販売価格は,通常予想されるよりも極めて低額であるとまではいい難く,本件各証拠に照らしても,他に特段の事情があるとは認められないから,原告の主張は,いずれにしても採用することができない。

[控訴審同旨]
(2) 著作権の帰属
ア 前記(1)認定のとおり,本件各映画には,本件各監督の個性が発揮され,本件各監督が,それぞれ本件各映画の制作に,監督として相当程度関与し,本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した者ということができる。
そして,本件各監督と1審原告との間に著作権譲渡についての契約書はないが,上記認定のとおり,1審原告が本件各映画の利用許諾等による対価を得た場合,本件各監督に対し追加報酬を支払い,また,1審原告が放送への利用許諾等をした際には,協同組合日本映画監督協会を通じて本件各監督等に対しその旨を連絡していることに照らすと,1審原告は本件各監督を本件各映画の著作者(の1人)として処遇し,遅くとも本件各映画が公開された頃までには,本件各監督が1審原告又は新東宝に対し,自己に生じた著作権を譲渡したものと推認することができる。
イ なお,前記のとおり,長年にわたる1審原告の本件各映画の著作権の行使に対し,本件各映画の制作に関与した本件各監督以外の者から,自己が著作者であるとの主張がされた形跡がなく,また,本件各監督のほか本件各映画の制作に関与した者やそれらの遺族等から,何らかの異議が述べられた形跡もないことに照らすと,仮に,本件各監督のほかに本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した者が存在したとしても,これらの者についても,遅くとも本件各映画が公開された頃までには,映画製作者である1審原告又は新東宝に対し,黙示的に本件各映画の著作権を譲渡したものと推認するのが相当であり,これを覆すに足りる証拠はない。
 (3) 1審原告の著作権
したがって,遅くとも本件各映画が公開された頃には,新東宝は,本件映画1及び3の著作権を,1審原告は,本件映画2の著作権を,それぞれ単独で有していたものと認められる。
そして,新東宝は,1審原告に対し,昭和38年4月20日,本件映画1及び3の著作権を譲渡したから,1審原告は,本件各映画の著作権を単独で有しているものと認められる。
 なお,本件各監督が本件各映画の著作者であったのであるから,本件各映画の保護期間は,未だ満了していない。
2 1審被告の損害賠償責任について
1審被告が本件各映画を複製した本件商品を輸入し,頒布する行為は,1審原告の著作権を侵害するものとみなされ(著作権法113条1項3号),前記のとおり,1審被告に少なくとも過失があったというべきであるから,1審原告には,当該著作権の使用料相当額の損害が生じたものと認められる。
 したがって,1審被告は,1審原告に対し,著作権侵害による損害賠償を支払うべきである。
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4 結論
 以上の次第であるから,これと同旨の原判決は相当であって,金銭請求に係る控訴人敗訴部分に関する本件控訴は棄却されるべきものである。