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著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】中国法人との記録映画の供給契約(利用許諾契約)

平成23711日東京地方裁判所[平成21()10932]▶平成24228日知的財産高等裁判所[平成23()10047]
() 本件は,中国中央電視台(中華人民共和国の国営放送。以下「CCTV」)のグループ会社で中華人民共和国法人である原告が,CCTVの放送用として製作された「中国世界自然文化遺産」と題する記録映画の著作権を有するとして,被告の製作・販売に係る「中国の世界遺産」と題するDVDが当該記録映画を複製又は翻案したものである旨主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償等の支払を求めた事案である。
原審の経緯は,以下のとおりである。
中華人民共和国の国営放送であるCCTV(中国中央電視台)のグループ会社で,同国法人である原告は,CCTVの放送用として制作された「中国世界自然文化遺産」と題する記録映画(本件各原版)の著作権を有していること,被告の製作・販売に係る「中国の世界遺産」と題する被告各DVDが上記記録映画を複製又は翻案したものであること等を主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求した。これに対し,被告は,原告が本件各原版に係る著作権を有することを争うとともに,被告は原告から本件各原版の利用許諾を受けていたこと,損害賠償請求権の一部は時効消滅したことなどを主張した。
原審は,①本件各原版に係る著作権は原告に帰属すると判断し,②被告各DVDは,本件各原版に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており本件各原版の翻案に当たると判断し,③被告は,本件各原版の利用許諾を受けていたとは認められないと判断し,④原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の一部については,時効消滅したと判断して,⑤原告の損害賠償請求のうち10万5000円(弁護士費用相当額1万円を含む)の限度で認容し,その余の請求を棄却した。
これに対し,原告及び被告は,原判決のうち各敗訴部分の取消しを求めて,それぞれ控訴を提起した。また,原告は,当審において,新たに不当利得返還請求権に基づく請求原因を追加的に主張した(なお,請求の趣旨に変更はない。)。

1 著作権法による保護と準拠法について
 (1) 著作権法による保護
我が国と中華人民共和国は,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)の同盟国であるところ,本件各原版は,中華人民共和国の国民が著作者であり,同国において最初に発行された著作物であると解されるから,同国を本国とし,同国の法令の定めるところにより保護されるとともに(ベルヌ条約2条(1),3条(1),5条(3)(4)),我が国においても著作権法による保護を受ける(著作権法6条3号,ベルヌ条約5条(1)。また,ベルヌ条約14条の2(2)()は,映画の著作物について著作権を有する者を決定することは,保護が要求される同盟国の法令に定めるところによると規定する。)。
(2) 準拠法
原告は中華人民共和国法人であり,被告は日本法人であるから,準拠法が問題となるところ,著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求については,本件において,原告が本件各原版の複製権又は翻案権が侵害され,被告各DVDが販売されたと主張するのは我が国であるから,「原因タル事実ノ発生シタル地」(法例〔平成11年法律第151号による改正後のもの。以下同じ。〕11条1項),「加害行為の結果が発生した地」又は「加害行為が行われた地」(法の適用に関する通則法17条〔平成19年1月1日施行〕,同法附則3条4項参照)として,日本法が準拠法となる。
【不当利得返還請求については,本件において,原告が被告により本件各原版が複製され,被告各DVDが販売されたと主張するのは我が国であるから,『その原因となる事実が発生した地』(法の適用に関する通則法14条)として,日本法が準拠法となる。もっとも,不法行為に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権に係る準拠法が,日本法であることについて,当事者間に争いはない。】
また,被告が著作権侵害を否定する根拠とする本件各原版についての利用許諾の有無については,債権的な利用許諾契約の効力が問題となるところ,本件各原版の利用許諾の有無に関わる合意については,本件意向協議書,本件基本個別協議書,本件終了協議書及び本件原版供給契約に基づく合意が存在する。これらの各契約に基づく合意は,いずれも法の適用に関する通則法施行前の行為であるから,その成立及び効力を判定するについては,法例の適用が問題となるところ,法例7条1項は,「法律行為ノ成立及ヒ効力ニ付テハ当事者ノ意思ニ従ヒ其何レノ国ノ法律ニ依ルヘキカヲ定ム」,同条2項は,「当事者ノ意思カ分明ナラサルトキハ行為地法ニ依ル」と定めている。本件原版供給契約については,準拠法の合意はないものの,日本法人が日本国内で締結したものと認められ,その成立及び効力の準拠法は日本法と解される。本件意向協議書については,「本協議書は中華人民共和国の法律にのっとって解釈し,中華人民共和国の法律の管轄を受けるものとする。甲が訴訟の原告となる場合には中国,乙,丙が訴訟の原告となる場合には日本と定める。」(25.1)とされており,これは準拠法の定めと解釈されるところ,上記甲は原告と解されるから,本件意向協議書の成立及び効力の準拠法は中華人民共和国法となる。また,本件基本個別協議書の準拠法についての合意は定かでなく,本件終了協議書には準拠法についての合意はないことから,行為地法である中華人民共和国法を準拠法と解するのが相当である。そして,中華人民共和国著作権法24条1項は,「他人の著作物を使用するときは,著作権者と使用許諾契約を締結しなければならない。本法の規定により許諾を要しない場合はこの限りでない。」,同条2項は,「使用許諾契約には,主に次の各号に掲げる内容が含まれる。」(各号は省略)と規定している。
(3) 以下,これらを前提に検討する。
2 本件各原版の著作権の帰属(争点(1))について
(1)         後掲の証拠等によれば,以下の各事実がそれぞれ認められる。
()
(2) 以上に基づいて検討するに,原告は,卓倫社に対し,本件第5巻を除く本件各原版の制作を委託するとともに,原告の費用負担で制作設備を提供し,その作成費用を負担したと認められるから,原告は,本件第5巻を除く本件各原版の製作に発意と責任を有する者であって,映画製作者(著作権法2条1項10号)であると認めるのが相当である。また,本件第5巻は,CCTVのチャンネル10「探索・発現」の番組スタッフによって制作されたものであるが,原告が制作を委託したもので,他の本件各原版と同じ「中国世界自然文化遺産」のうちの1巻であり,他の本件各原版は原告が映画製作者であると認められることを考慮すると,原告は,本件第5巻の製作に発意と責任を有する者であって,映画製作者であると認めるのが相当である。
他方で,本件各原版については,その全体的形成に創作的に寄与した者(著作権法16条本文)は定かではない。しかしながら,中華人民共和国著作権法15条本文において,映画著作物の著作権は製作者が享有すると規定されており,映画製作に参加する者はその著作権が製作者に帰属することを認識して参加していると推認される上,参加約束なくして映画製作に関与するとは考え難いのであるから,本件各原版の全体的形成に創作的に寄与した者について参加約束があったものと認め,映画製作者である原告に本件各原版の著作権が帰属した(著作権法29条1項)と認めるのが相当である(著作権法6条3号,ベルヌ条約5条(1),14条の2(2)())。
以上の結論は,本件委託協議書,本件終了協議書及び卓倫社の代理人の法律意見書において,本件各原版の著作権が原告に帰属するとされていることなどに照らしても肯定できるというべきである。
()
3 本件各原版の利用許諾の有無(争点(2))について
(1)         後掲の証拠等によれば,以下の各事実がそれぞれ認められる。
()
(2) 以上に基づいて,本件各原版の利用許諾の有無について検討する。
ア 本件終了協議書前文(1)の定めに照らすと,原告は,卓倫社に対し,本件基本個別協議書により,本件各原版の利用許諾の代理権限を授与したと認めるのが相当であり,本件意向協議書の定めに照らすと,卓倫社は,GMGに対し,本件意向協議書により,本件各原版の利用許諾をするとともに(3.1),本件各原版を利用するための具体的方法として,卓倫社が本件各原版の編集していないオリジナル資料である「素材」(1.1(b))として,本件各原版の複製物であるNTSC方式のテープ(本件マスターテープ)を提供し(4.3),本件マスターテープの利用権限(本件マスターテープの改編を含む。ただし,中国大陸を除く。)を授与した(3.2)と認めるのが相当である。
なお,本件終了協議書によれば,本件基本個別協議書による原告から卓倫社への代理授権の日は,本件意向協議書の締結の日である平成15年6月4日より後の同月27日とされているが,たとえ本件意向協議書の後に本件基本個別協議書による授権がされたとしても,本件終了協議書中には,そのことによって本件意向協議書の効力が左右される旨の記載はないから,本件終了協議書の当事者である原告と卓倫社及びGMG間において本件意向協議書の効力が認められていたものと解される。また,本件終了協議書は,すべての当事者が署名・押印し,本件終了協議書のすべての頁に割り印を押捺した時点で効力を生じる旨定められているところ,GMGについては,代表者の署名はあるものの,押印はされていない。しかし,代表者の署名がある以上,GMGに合意する意思はあったと認められるし,GMGは本件意向協議書を合意解除している以上,本件各原版についての権限を回復するために本件終了協議書に合意する利益もあったというべきである。これらに加え,本件訴訟の当事者も本件終了協議書の成立について特段争っていないことに照らせば,本件終了協議書は,GMGの代表者が署名した平成17年7月14日ころに,有効に成立したと認めるのが相当である。
この点,原告は,本件意向協議書は,あくまでも意向協議書であり,GMGと新天社に対する各代理授権と許可は別途付随協議書の中で定められて初めて効力が発生する旨主張する。しかしながら,原告とGMG及び新天社とは,本件意向協議書とともに,本件授権協議書を締結しており(本件終了協議書前文(2)),本件授権協議書が付随協議書であると推認されること,GMGが本件各原版の中国語マスターテープ(本件マスターテープ)を保有していたこと(本件終了協議書4条)を考慮すると,本件意向協議書にいう付随協議書が締結され,本件各原版の利用権限が授与されたと認めるのが相当であるから,原告の主張は採用できない。
また,原告は,本件意向協議書は,GMG単独ではなく新天社との共同授権である旨主張するが,本件意向協議書には,授与された代理権限について,GMGと新天社が共同で行使をしなければならない旨の規定は存在しない上,新天社を当事者とすることなく,卓倫社とGMGとは,本件意向協議書を合意解除し,原告と卓倫社及びGMGとは,本件終了協議書を締結していることを考慮すると,卓倫社は,本件意向協議書により,GMGに対して個別に利用権限を授与したと認めるのが相当であるから,原告の主張は採用できない。
イ もっとも,卓倫社とGMGとは,平成15年8月12日,本件各原版の利用許諾を定めた本件意向協議書を合意解除し,GMGは,原告に対し,同年9月5日付け書面をもって,その旨を通知しているから,卓倫社が原告を代理して行ったGMGに対する本件各原版の利用許諾の効果は消滅したと認めるのが相当である。
この点,被告は,本件意向協議書は,卓倫社,GMG及び新天社間で締結された3社間の合意であって,新天社を除いた卓倫社とGMGの二者のみで,解除の合意をしたとしても本件意向協議書に関する限り何らの法的効力も有しないのであって,このことは,GMGの解除通知より後に有効に成立した本件終了協議書中に,本件意向協議書が有効に存続していることを前提とした記載があることからも裏付けられる旨主張する。
しかしながら,上記アのとおり,卓倫社は,本件意向協議書により,GMGに対して個別に利用権限を授与したと認めるのが相当であるから,本件意向協議書について,卓倫社とGMGとの契約部分のみを解除することは妨げられないというべきである。また,確かに,本件終了協議書には,卓倫社及びGMGは,本件終了協議書の締結日をもって本件意向協議書を期限前に終了させる旨が定められている(1条)が,他方で,GMGは,原告に対し,所定の期限までに残高18万7600米ドルの許諾料の支払を完了させると,GMGが日本国内における独占的な発行権をさかのぼって有する内容となっており(8条),利用権限が有効に存続していたのであれば,条件付の権限付与を行う必要はないのに,あえてそのような権限付与をしていることを考慮すると,本件終了協議書はGMGの利用権限が既に消滅していたことを前提とするものとみるべきであるから,被告の主張は採用できない。
また,GMGが原告に対して所定の期限までに残高18万7600米ドルの許諾料の支払を完了したことを的確に認めることができる証拠はないから,本件終了協議書8条により,GMGが本件各原版の利用権限を得たということもできない。
さらに,被告は,本件終了協議書に基づく解除は合意解除であり,かつ,将来に向かってのみ効力が生じるのであるから,合意解除前の第三者である被告に対する権利許諾関係には影響を及ぼさないと主張する。
しかし,上記被告の主張は,卓倫社とGMGとの間の本件意向協議書に基づく利用許諾関係が,本件終了協議書による合意解除により初めて消滅したことを前提とするものであるが,上記のとおり,卓倫社とGMGとの間の利用許諾契約は,平成15年8月12日の本件意向協議書の合意解除によって既に終了しているのであって,これと前提を異にする被告の主張を採用することはできない。
ウ 以上のとおり,GMGは,本件原版供給契約当時,本件各原版の利用権限を有していないから,被告が本件原版供給契約によって本件各原版の利用許諾を得たとは認められないし,その他これを的確に認めることができる証拠もない。
したがって,被告の本件各原版の利用許諾の主張は理由がない。
(3) そして,原告は,被告各DVDが本件各原版を複製又は翻案したものである旨主張するところ,本件各原版と被告各DVDとの類似性及び依拠性については争いがなく,被告第1巻~第4巻,第6巻及び第7巻は,本件第1巻~第4巻,第6巻及び第7巻と動画映像・音楽・音声(ただし,ナレーションを除く。)について全く同一であり,被告第5巻は,本件第5巻にはない「鎮国寺」のシーン等が約2分半追加され,他方で,本件第5巻に存在するインタビュー等がすべて削除されているものの,被告第5巻のうち,追加映像は全体の約7%であり,その余の約93%の部分については,本件第5巻と動画映像・音楽・音声(ただし,ナレーションを除く。)について全く同一であり(ただし,動画映像・音楽・音声の順番が4か所で入れ替えられ,エンディング部分では各部分の動画映像が編集されて使用されている。),③上記①及び②に共通する被告各DVDと本件各原版との相違点は,オープニング映像,日本語のナレーションとテロップの付加である。
以上に照らすと,被告各DVDは,本件各原版に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているのであって翻案に当たるから,被告は,本件各原版の翻案権を侵害したものである。
4 被告の過失の有無(争点(3))について
 (1) 被告は,本件訴訟提起前の原告からの質問書に対し,平成20年8月14日付け回答書をもって,卓倫社代理人作成の法律意見書中に,平成16年3月当時,本件各原版の著作権は原告に帰属していた旨の記述を確認していたことなどを回答したことによれば,本件原版供給契約には,本件各原版について,「映像素材を編集し,完全パッケージとして製作され,日本等での統括的に実施する権利を,中国中央電視台等から,平成15(2003)年8月に,授権された」GMG及びAの承諾を得て,GMG及びAからプレシャス社が販売権遂行事務を委託されたものである旨が記載されていること(1条1.①及び②)が認められる。
 (2) 以上に基づいて検討するに,第三者が著作権を有する著作物の利用について契約を締結する場合,当該契約の相手方が当該著作物の利用を許諾する権限を有しないのであれば,当該契約を締結しても当該著作物を利用することはできないのであるから,当該契約の当事者としては,相手方の利用許諾権限の有無を確認する注意義務があるというべきであり,これを怠って当該著作物を利用したときには,当該第三者に対する不法行為責任を免れないというべきである。
これを本件についてみるに,被告は,本件原版供給契約の締結当時,本件各原版について,原告又は「中国中央電視台等」が著作権を有し,GMG又はプレシャス社が著作権を有しないことを認識していたと認められるところ,被告が,原告又はCCTVに対し,GMG又はプレシャス社の利用許諾権限を確認したことや,それ以外の方法で利用許諾権限を確認したことを的確に認めることができる証拠はない。
そうすると,被告には,本件各原版の利用について過失があると認められるから,被告は,原告に対し,不法行為責任を負うというべきである。
(3) これに対し,被告は,被告各DVDの製作・編集作業には,CCTVの名刺を有しているDが立ち会ったことなどに照らせば,GMGがCCTVグループから本件各原版に関する複製等の権原を得ていると被告が信じるのは当然である,日々のビジネスの中で極めて多数の著作物を取扱い,その複製,頒布等の商業的利用を行う場合に,本当に著作権者より適切に利用許諾を受けているのかということを逐一完全に確認しなければ著作物を利用できないとなれば,円滑な著作物の利用を実現することは不可能になってしまう,本件マスターテープのような原版は,極めて重要な資産であり,著作権者以外の第三者が原版を所持している場合,当該第三者が当該原版の利用許諾を行う権限があると信じるのは当然であるから,A及びDが本件マスターテープを所持していること自体,権利者又は権利者から許諾を受けた者であることを示す重要な事実であるなどとして,被告には過失がない旨主張する。
しかしながら,①及び③については,たとえ被告主張の事情がすべて認められるとしても,GMG又はプレシャス社の利用許諾権限が直ちに推認されるものではないから,このような事情のみでは被告の過失を否定することはできないし,②については,著作物の利用を許諾する者が当該著作物の著作権を有していないことが明らかである場合,当該者が適法な利用許諾権限を有するか否かについて当然確認が要求されるのであるから,これによって取引コストの増大があったとしても,他人の著作物を利用して利益を得ようとする以上,甘受しなければならない事柄であり,被告の主張は採用できない。
【また,被告は,①CCTVにおける『世界自然文化遺産』の制作主任(すなわち本件各原版の制作主任を意味する)Bが,被告各DVDの販売促進の激励のため,被告を表敬訪問したこと,②被告各DVDは,CCTVによって製作されたものとして,社団法人日中友好協会の推薦を受けていること,③被告は,Aから本件各原版の撮影状況を記載した『中国世界遺産渡航明細書』と題する書面を受領したこと,④被告は,GMGから,CCTVや元純社作成のレターを受領し,確認していたことから,GMGないしプレシャス社が本件各原版の利用許諾権限を有していることについて,必要十分な確認を行っており,GMGないしプレシャス社が本件各原版の利用許諾権限を有していなかったとしても,そのことについて過失はない,と主張する。
しかし,被告の上記主張は失当である。すなわち,①及び②については,仮に,そのような事実経緯が存在したとしても,GMG又はプレシャス社の本件各原版の利用許諾権限が直ちに推認されるものではない。また,③については,『中国世界遺産渡航明細書』と題する書面の作成経緯が判然としない上,これによりGMG又はプレシャス社の本件各原版の利用許諾権限が推認されるものではない。
さらに,④については,(証拠)は,CCTVの一部署である新影制作中心又は副台長名義で作成されたもの,(証拠)は,元純社ないしGMG名義で作成されたもの,(証拠)は,その作成経緯が判然としないものである上,上記各書面の内容からGMG又はプレシャス社の本件各原版の利用許諾権限が直ちに推認されるものではない。
したがって,被告の上記主張は失当であって,被告は,GMGないしプレシャス社の本件各原版の利用許諾権限について,必要十分な確認を行ったとは認められず,そのことに過失があったと認められる。】
5 消滅時効の成否(争点(4))について
 (1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解するのが相当である(最高裁平成14年1月29日第三小法廷判決,最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決参照)。
 これを本件についてみるに,原告は,被告に対し,平成18年2月21日付け本件告知書をもって,「貴社が当社の授権なしに日本国内において『世界自然文化遺産』(中国部分)を出版,発行した事実に鑑み,当社はプログラムの合法版権所有者として貴社に対し告知をいたします。貴社が日本国内において当プログラムを発行する行為は当社の権益を侵した可能性があります。」などと告知したのであるから,原告は,遅くとも同日までには,被告が原告の利用許諾を得ないで被告各DVDを販売したことを認識していたと認められ,被告に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知ったというべきである。
(2) 他方で,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,株式会社ポニーキャニオンに対し,平成16年9月20日から同年12月10日までの間,被告第1巻1800部,被告第2巻1700部及び被告第3巻~第7巻各1500部,平成17年8月22日被告第1巻100部,平成18年8月17日被告第2巻100部をそれぞれ販売したことが認められる(原告は,現在でも被告による販売行為が継続しているとして,(証拠)〔インターネット書店による販売広告〕を挙げるが,それらを書店が入手した経路及びその時期は明らかではなく,これらの証拠をもって被告が現在でも被告各DVDを販売していると認めることはできない。)。
そうすると,本件訴訟が提起された平成21年4月3日においては,上記①及び②については,不法行為に基づく損害賠償請求に係る消滅時効の時効期間が経過していたというべきである(上記③については経過していない。)。
そして,被告が,原告に対し,平成21年12月25日の本件第3回弁論準備手続期日において,上記の消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから,上記①及び②については,被告の消滅時効の抗弁が認められる。
 (3) 以上に対し,原告は,本件告知書作成の時点においては,被告各DVDが出版されたことを知ったにすぎず,被告が出版した経緯等は全く不明で,被告に説明を求める趣旨で本件告知書を作成した旨主張するが,上記(1)のとおり,本件告知書の記載内容に照らすと,原告は,被告が原告の利用許諾を得ないで被告各DVDを販売したことを認識していたと認められ,これは,原告が,本件各原版の利用許諾の権限について,その発生及び消滅を認識していたと認められることからも裏付けられるから,原告の主張は採用できない。
また,原告は,被告各DVDの販売行為は,行為の性質上,製造から販売までの行為が不可分一体のものとして分離することができない継続的不法行為である旨主張するけれども,被告各DVDの販売行為が継続的不法行為である根拠は示されていないのであるから,主張自体失当である。
【さらに,原告は,被告は平成20年8月14日付け回答書において,平成19年8月まで被告各DVDの販売を継続していたことを自ら認めており,実際,平成22年7月時点でも被告各DVDが紀伊国屋書店通販やアマゾンで販売されていたことからすれば,被告のポニーキャニオン社に対する被告各DVDの販売契約は,再販特約を前提とする販売委託であり,被告の継続的不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は早くても平成19年8月1日である,と主張する。
しかし,原告の上記主張は採用することができない。すなわち,被告は,原告に対し,平成20年8月14日付け回答書において,『平成19年8月,上記DVDの販売を終了する旨決定し,現在一切販売を行っておりません』と回答していたことは認められるものの,これをもって直ちに,被告が平成19年8月まで被告各DVDの販売を継続していたと認めることはできない。また,被告各DVDが平成22年7月時点でも紀伊国屋書店通販やアマゾンで販売されていたとしても,そのことから直ちに,被告のポニーキャニオン社に対する被告各DVDの販売契約が再販特約を前提とする販売委託であったと認めることもできない。さらに,被告各DVDの販売行為が,継続的不法行為であるとする特段の事情も認められない。
原告は,上記回答書を受けて,被告各DVDの継続的な販売が平成19年8月まで行われたと認識し,被告がAらを含めた一体的解決を申し出たことから,被告の対応を待っていたのであって,被告が本件告知書の日付(平成18年2月21日)を起算点とする消滅時効を援用することは権利の濫用に当たり許されない,と主張する。しかし,上記事情が認められるとしても,本件告知書作成当時,原告において,被告に対する損害賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度に『損害及び加害者』を知ったと認められることに変わりはなく,被告が上記消滅時効を援用することが権利の濫用に当たるとはいえない。】
6 原告の損害額(争点(5))について
 (1) 証拠によれば,本件原版供給契約には,被告が,プレシャス社に対し,本件マスターテープの供給対価及びDVD,VHSビデオパッケージに複製・頒布するための許諾契約金として合計金2100万円(1巻について300万円の7巻分)及び消費税相当額の105万円の総合計2205万円を支払い(8条),被告が本件マスターテープを複製・頒布する場合,被告が,プレシャス社に対し,小売価格(税抜き)×10%×実販売本数で計算した複製使用料(消費税別)を支払うこと(9条1項)が定められていたことが認められるから,被告とプレシャス社との間においては,本件マスターテープについての利用許諾の対価として,少なくとも被告各DVDの小売価格(税抜き)の10%を予定していたと認められる(上記2100万円には利用許諾以外の対価が一定程度含まれていると解される。)。
 以上に加え,被告第2巻(平成18年8月17日販売分100部)については,本件第2巻と動画映像・音楽・音声(ただし,ナレーションを除く。)について全く同一であり,相違点は,日本語のナレーションやテロップを付加しているにすぎないことを考慮すると,本件第2巻の利用料相当額(著作権法114条3項)としては,被告第2巻の小売価格(税抜き)3800円の25%と認めるのが相当である。
(2) これに対し,被告は,Aらが提供した本件マスターテープは,Aらが日本で再生可能なNTSC方式に変換し,ダビングしたものであり,本件各原版と同一のテープではない,被告各DVDは,Aらの全面的な協力のもと日本語版の解説のナレーションや音楽,映像の編集作業等を行ったことによって商品化されたものであるなどとして,被告各DVDの複製枚数1枚当たりの原告が受けるべき著作権料相当額は,多く見積もっても小売価格の5%とみるべきである旨主張する。
 しかしながら,本件第2巻の利用料相当額として,本件原版供給契約において明示された複製使用料を下回る額が相当とは認められないし,被告が本件マスターテープを被告各DVDに編集した期間は5日間であり,被告各DVDの1巻当たりの編集に要した時間は1日にも満たないのであって,被告第2巻の製作・販売はその大部分を本件第2巻に依存していたのであるから,上記(1)の額を否定することはできないというべきである。
(3) そうすると,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,本件第2巻の著作権侵害に係る損害として9万5000円(=3800円×100本×0.25)の支払を求めることができる。また,被告が負担すべき弁護士費用相当額は1万円と認めるのが相当である。

[控訴審]
当裁判所は,原告の控訴は一部につき理由があり,被告の控訴は理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。
()
2 不当利得返還請求権の存否及び利得額(争点(6))について
本件各原版と被告各DVDとの類似性及び依拠性については,当事者間に争いがない。すなわち,①被告第1巻~第4巻,第6巻及び第7巻は,本件第1巻~第4巻,第6巻及び第7巻と動画映像・音楽・音声(ナレーションを除く。)について同一であり(ただし,オープニング映像,日本語のナレーションとテロップが付加されている。),②被告第5巻は,本件第5巻にはない「鎮国寺」のシーン等が約2分30秒追加され(全体の約7%),インタビューやガイドのシーン等が削除されるとともに,動画映像・音楽・音声の順番が4か所で入れ替えられ,エンディング部分では各部分の動画映像が編集されて使用されているほかは,本件第5巻と動画映像・音楽・音声(ナレーションを除く。)について同一である(ただし,オープニング映像,日本語のナレーションとテロップが付加されている。)点については,当事者間に争いはない。
上記によれば,被告各DVDは,本件各原版に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており,翻案に当たる。そうすると,被告は,本件各原版の著作権者である原告の利用許諾を受けずに,被告各DVDを製造,販売し,本件各原版の使用料相当額の利益を受け,原告に同額の損失を及ぼしたものと認められる。
これに対し,被告は,プレシャス社ないしGMGに対し,本件マスターテープ供給等の対価,印税・複製使用料を支払っていることからすれば,被告の利得は,法律上の原因がある利得であり,原告の被告に対する不当利得返還請求は認められないと主張する。しかし,上記のとおり,プレシャス社ないしGMGが,本件各原版の利用許諾権限を有していない以上,被告が利用許諾権限を有していないプレシャス社ないしGMGに対し上記対価を支払ったことによって,被告の利得が法律上の原因がある利得になるとはいえないから,被告の上記主張は,主張自体失当である。
また,本件原版供給契約では,被告が,プレシャス社に対し,本件マスターテープ(本件各原版の複製物であるNTSC方式のテープ)の供給対価及びDVD,VHSビデオパッケージに複製・頒布するための許諾契約金として合計2100万円(税抜。1巻について300万円の7巻分)を支払うこと(8条),被告が本件マスターテープを複製・頒布する場合,小売価格(税抜)の10%に実販売本数を乗じて算出した複製使用料を支払うこと(9条1項)が定められていたものと認められるところ,上記2100万円には利用許諾料以外の対価が一定程度含まれていたものと解される。
以上の諸事情を考慮すると,本件各原版の使用料相当額は,被告各DVDの小売価格3800円(税抜)の25%に実販売本数を乗じた額と認めるのが相当であり,被告は上記使用料相当額の利得を得たと認められる(ただし,不法行為に基づく損害賠償請求が認められる被告第2巻の平成18年8月17日販売分100部を除く。)。
そして,被告は,ポニーキャニオン社に対し,平成16年9月20日から平成17年8月22日までの間に,被告第1巻1900部,被告第2巻(平成18年8月17日販売分100部を除く)1700部,被告第3巻~第7巻各1500部をそれぞれ販売したことが認められる。
なお,原告と被告との間には,卓倫社,元純社,GMG,プレシャス社及びその関係者等が介在するなど複雑な事実関係が存在したことなどに照らすと,被告は,本件原版供給契約締結時ないし被告各DVD販売時において,GMGないしプレシャス社が本件各原版の利用許諾権限を有しないことを知っていたことや,これを知らなかったことについて重過失があったことまでは認められないが,訴状(訴状における請求原因は,不法行為に基づく損害賠償請求権であるが,請求の基礎となる事実は,不当利得返還請求権に基づく請求原因と同一のものである。)の送達を受けた日である平成21年7月13日から悪意となったものと認められる。
以上によれば,被告は,原告に対し,不当利得に基づき,以下に示すとおり,本件各原版の使用料相当額として1054万5000円及びこれに対する訴状送達の日である平成21年7月13日から支払済みまで民法704条前段所定の利息の支払義務を負う。
被告第1巻 1900部
被告第2巻(平成18年8月17日販売分100部を除く) 1700部
被告第3巻~第7巻 各1500部
合計1万1100部
3800円×25%×1万1100部=1054万5000円
3 小括
以上によれば,原告の被告に対する請求は,次の限度で認められる。
(1) 不法行為に基づく損害賠償請求
損害金9万5000円,弁護士費用相当額1万円,合計10万5000円遅延損害金 上記損害金等に対する不法行為の日である平成18年8月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員
(2) 不当利得返還請求
利得金1054万5000円
利息 上記利得金に対する訴状送達の日である平成21年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員
(3) 不法行為に基づく損害賠償,弁護士費用相当額,不当利得の合計1065万
円(9万5000円+1万円+1054万5000円=1065万円)