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著作権判例セレクション

【著作権の制限】法41条の適用を認めなかった事例(映画のヌードシーンを撮影した写真を週刊誌に載せた事例)

平成131108日東京地方裁判所[平成12()2023]
() 本件は,原告らが,映画「いちげんさん」につき,被告が原告らに無断で女優Aのヌードシーンを含む映画「いちげんさん」の映像の一部を撮影し,週刊現代に写真記事を掲載した行為は,原告らが映画「いちげんさん」について有する著作権を侵害するものであると主張して,被告に対し,著作権侵害を理由とする損害賠償を求め,被告が,同写真記事の掲載は,著作権法41条所定の時事の事件の報道のための利用に当たるとして,これを争った事案である。

1 争点1(本件写真の本誌への掲載は,著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為か。)について 
当裁判所は,本件写真の本誌への掲載は,著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為に該当しないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1)本件記事の構成,内容及び本件記事における本件写真の位置付けに関しては,前記前提となる事実及び(証拠)よれば,次のような事実が認められる。
ア 本件記事は,モノクログラビア記事3ページ(本件グラビア)と活版記事2ページ(本件活版記事)から構成されている。両者は,本誌上において,本件グラビアは第231ページ,本件活版記事は第51ページに分離して掲載されている。両者とも,その1ページ目に「ニュース・グラフ 京都映画祭『いちげんさん』で古都騒然! A初ヌード 『裸乳シーン』も公開で大騒動」との同一の見出しが掲載され,また,本件活版記事の下部には「231ページからのニュース・グラフも併せてご覧ください」との記載が付されている。
イ 本件グラビアは,その1ページ目は,その真ん中にマイクを持ったAの写真がアップで掲載され,その左右に一段と目立つ白抜きの文字で,右部分に「A初ヌード」,左部分に「『裸乳シーン』も公開で大騒動!」と記載されている。その2ページ目においては,上の5分の3程度の部分に,上映会場につめかけた大勢の観客の姿を写した会場入り口付近の写真が掲載され,下の5分の2程度の部分は,白抜きの大きな文字で「全盲の女性を見事演じ切った花子に観客が熱い視線」と題された記事が記載され,第2回京都映画祭の公式カタログの表紙写真(本件映画に主演したA及び英国人俳優のDを撮影したもの)も掲げられている。同記事の中には,Aが第2回京都映画祭のオープニング上映の際の本件映画の舞台あいさつに立ち,今後育児に専念するとして引退を宣言したこと,本件映画は芸術性,完成度が高く評価され,京都市が古都・京都をテーマにした映画製作の企画を国内外から募集して最優秀作には1億円の助成金を出すという「第1回京都シネメセナ」の対象作品に選ばれていること,そのストーリーは主人公の盲目の女性とスイス人留学生とが恋におちるというものであり,この中でAが全盲の女性という難しい役を見事に演じきっていること,1985年に女優デビューして以来一度もセミヌードさえ披露したことのなかったAが本件映画の中で,「全裸ラブシーン」に挑戦していること,が記載されている。本件グラビア3ページ目には,本件写真が掲載されている。その上半分には,本件映画の映像の一部であるAの上半身のヌード写真がアップで掲載され,「ラブシーンで全裸になる花子。彼女の白い裸身が露になると,観客は声を圧し殺しながらも,身を乗り出していた。」との記述が付されている。その下半分に,同じく本件映画の映像の一部である上半分の写真の約4分の1の大きさの写真が2つ掲載されている。右側の写真には,「花子は全盲女性を好演。雨に降られてずぶ濡れになった彼女の服を,留学生(D)がやさしく脱がすシーン」との記述が,左側の写真には「花子の入浴シーン。京都での撮影はオールロケだったという。古式ゆかしい京都の風情が随所にちりばめられている」との記述が付されている。このページの最下部には,映画祭開催翌日から,映画祭会場内でチケット(900円)購入者に限り一般公開前の「プレ上映会」が開かれたこと,これが押すな押すなの大騒ぎとなり,2回の追加上映が決まったほどであること,Aのヌードシーンがスクリーンいっぱいに映されると,思わず首を伸ばして食い入るように見つめる男性も多かったこと,映画を見た会社員から「今回の迫真の演技は女優のすべてを出し切った感じ。これが最後とは,ほんとうに残念です。」との感想があり,ファンから引退を惜しまれており,近い将来の復帰を望む声も絶えないこと,などが記載されている。
ウ 本件活版記事の1ページ目の左側には,白抜き文字で一番右側に「京都映画祭『いちげんさん』で古都騒然!」との見出しが書かれた後,黒の太字に白の背景地で「A初ヌード」と,白抜きでやや斜めに「『裸乳シーン』も公開で大騒動」との大見出しが記載され,記事本文中には,「原作に忠実な性描写も話題に」「2回の追加上映も『満員御礼』」との小見出しが掲げられている。
 本件活版記事は,1ページ目は5段,2ページ目は4段の記事になっている。その最上部には,「『いちげんさん』より。主演のAとD(左)」と記述が付された写真が掲げられている。その写真のすぐ左側から,他の部分と比べるとやや太めの文字で文章が始まっている。太めの文字で書かれた文章の内容は,「9月19日から26日まで開催された『第2回京都映画祭』は,異常なほどの盛況だった。その最大の原因となったのが,A(33歳)主演の同映画祭参加作品『いちげんさん』(メディアボックス配給)。京都の美しい情景のなかで繰り広げられる男女の機微を描いた文芸作品なのだが,Aの繊細でしかも大胆な演技が評判となり,映画祭期間中に予定されていた7回の上映は,すべて超満員に。そのため,映画祭では異例の,2度の追加上映まで決まったほどの過熱ぶりだったのである。」となっている。上記記述に続いて,2段にわたって,導入部分として,Aが「××××」のE(37歳)と電撃結婚を発表した時点で既にA主演のこの映画が撮影済みであることは知られていたこと,A主演の本件映画に「Aの濃厚SEXシーンがあるとの情報」が漏れてきたこと,本件映画は京都の大学で日本文学を専攻するスイス人留学生の男(英国人俳優D)と盲目の神秘的な女性,京子(A)を中心に展開することなどが記載された後,「ある日,京子は,レズビアンのSEXを描いたデフォルジュの小説『背徳の手帳』を読んでくれるようにせがむ。男は大胆な性描写を読むのをためらうが,強く求められ読み始める。2人は次第に興奮を覚え・・・・。」との記載がある。
これに続いて,本件活版記事には,「原作に忠実な性描写も話題に」との小見出しの下に,「その秀逸シーンを再現してみよう。」との記載に続き,本件映画における性描写のシーンが3段にわたって具体的な臨場感あふれる文章で記載され,その後に「この映画は,京都で学生生活を送った経験を持つスイス人ジャーナリスト,C氏が日本語で書き下ろし,96年第20回すばる文学賞を受賞した同名の小説(集英社刊)を映画化したもの。京都をテーマにした映画製作の企画に助成金を与える『京都シネメセナ』の第1回最優秀作品に選ばれ,1億円の助成金を得た。原作は,スイス人青年の1年間の精神的成長を,四季とともに変わりゆく京都の美しい風物を背景に描いているが,発表当時から絵画的なSEX描写が話題になった。映画も,原作に忠実に官能的な場面を再現している。」との記載がある。
この次に「2回の追加上映も『満員御礼』」との第2の小見出しの下で,本件映画の中における,Aの入浴のシーンと,元日の夜の性描写のシーンとが具体的な臨場感をもった文章で記載されている。その後,映画祭事務局の話や映画関係者の話,本件映画を見終えたファンの話などが引用され,最後に「しかし,そうした周囲の過熱ぶりをよそに,Aは,9月19日の会見で『引退』を明言した。せっかく女優としての幅の広さを見せてくれた彼女の姿が見られなくなるのは,なんとももったいない。」という文章で結ばれている。
(2)上記のとおり,被告は,本件記事において,まず最初の位置に「A初ヌード」「『裸乳』シーンも公開で大騒動!」「京都映画祭で『いちげんさん』で古都騒然!」との大見出しを置き,その上で,第2回京都映画祭が大盛況であったこと,その最大の原因となったのが,A主演の同映画祭参加作品である本件映画であったこと,本件映画は,京都の美しい情景の中で繰り広げられる男女の機微を描いた文芸作品であるが,この中で全盲の女性を演じるAの繊細でしかも大胆な演技が評判となり,映画祭期間中に予定されていた7回の上映は,すべて超満員になり,2回の追加上映が決まったほどであること,映画関係者や映画を見たファンは,本件映画におけるAの演技を肯定的に評価していたこと,Aは,ファンから引退を惜しまれており,近い将来の復帰を望む声も絶えないことを記載し,こうしたことを前提として,本件映画には,Aがヌードになっているシーンが3シーンあることや,それぞれのヌードシーンについて具体的に臨場感あふれる文章で記載し,これをより印象づけるための目玉として,同3シーンそれぞれを撮影した本件写真,すなわち,「ラブシーンで全裸になるA」の写真,「雨に降られてずぶ濡れになった彼女の服を,留学生(D)がやさしく脱がすシーン」の写真,「Aの入浴シーン」の写真をそれぞれ掲載したものである。
そこで,本件記事が著作権法41条所定の時事の事件の報道のための利用に該当するかどうかを検討するに,同条所定の利用というためには,本件記事がその構成,内容等に照らして,時事の事件を報道する記事と認められることを要するというべきであるが,本件記事においては,前記認定のとおり,本件映画に関して,「A初ヌード」「『裸乳シーン』も公開で大騒動!」というような各大見出しが付され,本件活版記事にAの3つのヌードシーンを具体的に説明する文章があり,さらに本件写真が本件グラビアの最後の1ページのほぼ全体を使って掲載され「ラブシーンで全裸になるA。」などの記述が付されているのであって,このような本件記事の構成及び内容からみれば,本件記事が主として伝達している内容は,女優Aが本件映画で初めてヌードになっているということに尽きるものであって,本件記事は,読者の性的好奇心を刺激して本誌の購買意欲をかきたてようとの意図で記述されているものといわざるを得ない。そして,本件映画においてAがヌードになっているということが時事の事件の報道に該当しないことは明らかであるから,本件記事への本件写真掲載は,著作権法41条所定の時事の事件の報道のための利用に当たらないというべきである。
この点について,被告は,本件記事の伝達する内容のうち,「(本件映画をめぐる)過熱,大騒ぎの最大の原因は,本件映画で主演をつとめた女優Aがはじめてヌードになって,官能的な場面を大胆な演技で見事演じきったことによるものであった」ことは,文化風俗に関する時事の事件として社会一般に報じられるべき価値の高いものであり,「時事の事件」に当たると主張する。なるほど,ある映画が短期間に極めて大きな興行成績を挙げた場合や,新しい映像技術を用いた映画が公開された場合などには,これらの事実を社会事象として紹介する報道がされることがあり,これらの場合には映画の筋立てや映像の一部が紹介されることもある。そして,本件記事には,第2回京都映画祭が大盛況であったこと,その最大の原因となったのが同映画祭参加作品たる本件映画であったこと,本件映画におけるAの演技が評判となり映画祭期間中の上映がすべて満員になり,追加上映も行われたことなども記述されている。しかしながら,本件記事の伝達内容にそうした事項が含まれているとしても,Aのラブシーンなどを撮影した本件写真は,そうした事項との関連で著作権法41条にいう「当該事件を構成」するものではなく,また,上記事項を伝達するための「報道の目的上正当な範囲内」のものともいえない。被告の主張は,採用することができない。
以上によれば,本件写真の本誌への掲載が著作権法41条所定の時事の事件報道のための利用として適法な行為ということはできない。したがって,本件写真を本誌に掲載した被告の行為は,本件映画の著作権(複製権)を侵害するものというべきである。
2 争点2(損害の内容と額について)
当裁判所は,原告らの損害額は,それぞれ280万円と認める。その理由は,以下のとおりである。
(1)上述したような本件記事の構成及び内容に照らし,本件写真が読者の性的好奇心を刺激して本誌の購買意欲を高める意図で掲載されたというべきであること,Aの初めてのヌードシーンを撮影した本件写真は芸能ファンの関心をひくものであって,本件写真の掲載は相当程度本誌の売上げに貢献したものと推認されること,本誌の小売価格(本体価格)が一部当たり286円であり,本誌の販売部数が60万部であったこと,本件写真が一般公開に先立って映画祭において先行上映されていた本件映画の映像を劇場内において撮影禁止の掲示に反して撮影したものであることなど,本件における一切の事情を総合考慮すると,本件写真を本誌(60万部)に掲載したことによる使用料相当額の損害賠償額としては1000万円をもって相当と認める。
(2)ところで,本件映画の共同製作契約書によれば,本件映画の著作権は,原告らが各4分の1,京都市が2分の1の割合で共有することと定められていること(同契約書第3条)が認められるから,被告の本件映画の著作権の侵害による上記損害につき,原告らは,それぞれ4分の1に当たる250万円の支払を請求することができる。
(3)被告は,本件写真の掲載によって通常受けるべき使用料相当額とは,本誌の定価(本体価格)に販売部数を乗じた金額に,本誌全体の頁数に占める本件写真の掲載頁数の割合を乗じた上,本誌における他の掲載記事の原稿料と同率の割合により算出すべきである旨を主張するが,著作権法114条2項[注:現3項]にいう「著作権の行使につき受けるべき金銭の額」については,被告が無断複製物を掲載した雑誌等の現実の販売価額や他の掲載記事の原稿料等に必ずしもとらわれることなく,侵害に係る著作物の内容及びその複製物の掲載が雑誌等の販売に寄与する程度等を考慮して認定するのが相当である。本件においては,本件写真につき上記のような各事情が認められるところであるから,損害額を上記のとおり認定するのが相当であり,被告の主張は,採用することができない。
(4)民法709条に基づく原告ら主張について
原告らは,被告が本誌上へ本件写真を掲載したことが原因で,本件映画の興行における観客動員数が原告らの予測した観客動員数をはるかに下回る結果になったと主張するが,本件において,被告の行為と原告ら主張のような結果との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。
(5)民法710条に基づく原告ら主張(無形的損害)について
本件において侵害された原告らの権利は,財産権である著作権(複製権)であり,原告らの人格的利益が著しく侵害されたとまでは認められず,被告らの不法行為により原告らに生じた損害については,上記の財産的損害の賠償により回復されることに照らせば,これに加えて原告ら主張のような無形的損害の賠償を認める必要があるものとはいえない。
(6)弁護士費用について
本件における原告らの請求の内容,本件事案の性質,本件訴訟の審理経過その他の事情を総合考慮すれば,被告による著作権の侵害行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用としては,原告らそれぞれについて30万円をもって相当と認める。
(7)したがって,原告らは,各自,被告に対して,280万円の支払を求めることができる。