Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

司法書士試験初学者向けの受験対策本の著作物性を否定した事例

平成240928日東京地方裁判所[平成23()14347]
2) 検討
ア 著作権法は,著作権の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しているのであって,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならない。そして,当該作品等が,「創作的」に表現されたものであるというためには,厳密な意味で作成者の独創性が表現として現れていることまでを要するものではないが,作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要するものであって,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作成者の個性が表現されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできないというべきである。
イ 前記のとおり,原告書籍は,司法書士試験合格を目指す初学者向けのいわゆる受験対策本であり,同試験のために必要な範囲で民法の基本的概念を説明するものであるから,民法の該当条文の内容や趣旨,同条文の判例又は学説によって当然に導かれる一般的解釈等を簡潔に整理して記述することが,その性質上不可避であるというべきであり,その記載内容,表現ぶり,記述の順序等の点において,上記のとおり民法の該当条文の内容等を簡潔に整理した記述という範囲にとどまらない,作成者の独自の個性の表れとみることができるような特徴的な点がない限り,創作性がないものとして著作物性が否定されるものと解される。
() 以上を前提に,まず,原告書籍のうち,別紙対比表1の記述内容についてみると,前記(1)()のとおり,別紙対比表1は,失踪宣告取消の効果について解説したものであり,具体的には,「失踪宣告取消の効果/失踪宣告が取消されると,その宣告は初めからなかったものと扱われる/→死亡したものとみなされたことから発生した法律関係は/原則,全部復元する(失踪宣告前の状態に戻す)/→相続財産・生命保険金の返還,婚姻関係の復活/→しかし/これを貫くと失踪宣告を信じていた者は不測の損害を被る/→そこで/復元に一定の制限を設ける/a失踪宣告を直接の原因として財産を取得した者/→「現に利益を受ける限度」で返還すればよい(32Ⅱ)/ex.相続人・生命保険金受取人・受遺者(遺贈を受けた者)」(判決注:「/」は改行を示す。以下同じ。)などと記述し,その具体例を図示するなどして説明したものである。
() 上記記述は,内容において,該当条文(ここでは民法32条)の規定内容,趣旨,効果等として一般的に理解されるところを記載したものにすぎない。また,表現ぶりにおいても,簡潔かつ平易な表現であるということができるものの,上記イでみた原告書籍の性質上,このような表現ぶりは,ありふれたものであるというべきである。さらに,その記述の順序をみても,失踪宣告取消に関する原則論について述べた上で,上記原則を貫いた場合に生じる不都合について述べ,上記原則の修正としての例外規定の内容及び具体例について述べたものであり,格別の特徴があるものとはいうことができない。また,上記説明において具体例を挙げることも,原告書籍の性質上ありふれたものであるところ,上記具体例の内容をみても,父の失踪宣告が取り消された場合において,子が失踪宣告により得た相続財産1000万円中,残存500万円,生活費300万円,競馬等の遊興費200万円のどの範囲を現存利益として返還すべきかを示すというものであり,上記具体例の内容に,「1000万」を長方形で囲み,財産の流れを矢印で示すなどという表現上の工夫点を加えて見たとしても,独自の工夫といえる点はなく,ありふれたものというべきである。
() これに加えて,原告は,太字,アンダーライン,付点等による強調,枠囲み,矢印の使用,余白の取り方,イラストの使用等に表現上の特徴があるとも主張する。
この点,原告は,原告書籍中,被告書籍と実質的に同一であると考える部分を,原告書籍マーカー部分として特定した旨主張しており,請求の趣旨において,被告書籍マーカー部分の複製等の差止めを求めていることなども考慮すれば,原告書籍マーカー部分につき,著作権侵害を主張するものであると解される。
そもそも,ある作品等の一部につき,複製等がされたとして著作権侵害を主張する場合においては,当該作品等の全体が上記の意味における著作物に該当するのみでは足りず,侵害を主張する部分自体が思想又は感情を表現したものに当たり,かつ,当該部分のみから,作成者の個性が表現として感得できるものであることを要するものと解するべきであるから,原告書籍においても,その全体が著作物に該当するのみでは足りず,侵害を主張する部分(原告書籍マーカー部分)について,著作物に該当することを主張すべきものと解される。
そうすると,原告書籍マーカー部分に含まれない部分である余白の取り方等に関し,著作物性を主張することは,原告の請求内容とは整合しないものというべきであるが,この点を措くとしても,強調のために太字,アンダーライン等を使用し,区切りやまとまりを示すために枠囲みや矢印を使用するということ自体はありふれたものである。また,具体的に強調されている部分等をみても,原告書籍は,「ただし,現存利益で足りるのは善意者のみ」との記述中の「善意者」の部分を強調するなど,作成者において,司法書士試験対策として重要であると考えた記述部分を強調していると思われるものであるところ,どの部分を重要であると考え,強調するかという点は思想又はアイデアに属するものであると考えられる上,これを表現であるとみたとしても,原告書籍の性質上,その記述の一部を強調するということはありふれたものであるというべきである。また,どの部分を強調するかという強調部分の選択においても,一般に重要であると解されるところを選択したものにすぎず,特段,特徴的なところは見いだせない。区切り,囲みについても同様であり,問題意識,理由付け,結論等,それぞれ分けることができると考えられる部分を区切り,又は一定のまとまりがあると考える部分を囲むということ自体は思想又はアイデアに属するものであると考えられる上,これを表現であるとみたとしても,その選択及び方法に特徴的なところは見出すことができない。
イラストの使用についてみても,原告書籍のイラストは,いずれも,市販のソフトウェアに収録されたイラスト素材データを使用したものであって,その著作権は,当該収録データの制作者又はソフトウェア販売者に帰属するものと認められるから,当該イラストの具体的表現(対比表1において,苦笑しているような表情の男性の顔が描かれているもの)が,原告書籍の著作物性の根拠となるものとは認められない。具体的表現を離れたイラストの表示(当該位置にイラストを挿入するということ)自体は思想又はアイデアに属するものであるというべきであり,やはり,著作物性の根拠となるべきものとは認められない。人物のイラストの横に楕円を付し,人物の台詞とみられる文章(対比表1において,「なんや,オヤジ,生きとったん・・・」との文章部分)を挿入することも,ありふれたものというべきであり,上記文章の内容も,具体例の内容に沿った,ごく短いものであり,個性の現れとみることのできるものではない。
() 以上によれば,原告書籍のうち,別紙対比表1の部分に著作物性は認められない。
 () 原告書籍の対比表2ないし15の記述部分について個別にみても,別紙対比表1について上記ウでみたところと同様であり,各部分において説明しようとする各法概念(前記(1)()ないし()でみたもの)の内容,趣旨,効果等として一般的に理解されるところを記載したものにすぎず,その表現ぶりや記載の順序についても,原告書籍の性質上,ありふれたものというべき範囲を超えるものは見いだせない。
() これを具体的に述べれば,
a 対比表2については,条文や判例の説明部分には,表現上の創作性は認められないし,具体例は理解をしやすくするためのアイデアとはいえるが,その表現に創作性は認められない。また,枠囲みやイラストの使用も創作的表現と認めることはできない。
b 対比表3については,項目立てや条文及び二重譲渡の法理の説明部分に表現上の創作性は認められないし,具体例は理解をしやすくするためのアイデアとはいえるが,その表現に創作性は認められない。また,枠囲みやイラストの使用を創作的表現と認めることはできない。
表の記載については,後記()のとおりである。
c 対比表4については,項目立てや条文の説明部分に表現上の創作性は認められないし,具体例は理解をしやすくするためのアイデアとはいえるが,その表現に創作性は認められない。図の使用や個人主義的所有権の原則の説明部分については,後記()のとおりである。
d 対比表5については,項目立てや条文の説明部分に表現上の創作性は認められない。別紙対比表4と同じく,平行四辺形の中に「1/2A 1/2B」などと表示した図が多用されており,図解により分かりやすくする工夫は見られるものの,図解にすること自体はアイデアにすぎず,図解の内容についても創作的な表現とは認められない。
e 対比表6については,条文や判例の説明部分に表現上の創作性は認められない。また,債権の二重譲渡を矢印とイラストで分かりやすく表示し,枠囲みの中に,債権の二重譲渡における債務者の公示手段としての役割を,短い文章を矢印で連ねて分かりやすく表示しているものといえるが,これらも受講者の理解を容易にするためのアイデアにすぎず,個々の表現に創作性が認められるものではない。
f 対比表7については,項目立てや条文,弁済の効果,弁済の概念の説明内容に創作的な表現は認められない。債権の準占有者に対する弁済の説明においては,枠囲みの中に具体例や質問形式を採り入れ,分かりやすくする工夫がみられるが,これもアイデアの領域であり,その表現に創作性があるとは認められない。債権の準占有者に対する弁済の制度趣旨についての説明部分については,後記()のとおりである。
g 対比表8については,項目立てや条文,判例の説明内容に表現上の創作性は認められない。また枠囲みを用いて,その中で,具体例を図示し,質問形式を採用する,心裡留保との相違点を説明するなどの工夫がみられるが,いずれもアイデアの領域にとどまり,表現上の創作性が認められるものではない。口語調の表現部分については,後記()のとおりである。
h 対比表9については,二重譲渡と履行不能の関係を図や枠囲み,矢印を用いて分かりやすく表現したものであるが,いずれもアイデアの領域にとどまり,表現上の創作性を認めることはできない。
i 対比表10については,抵当権・質権の優先弁済的効力を枠囲みの中に図をもって示し,債権者平等の原則の場合と対比して分かりやすく説明したものであるが,このように対比的に表現すること自体はアイデアにすぎないものであり,具体例の表現等においても創作性は認められない。
j 対比表11については,催告・検索の抗弁権の条文の内容をイラスト入りで説明したものであるが,特に表現上の創作性は認められない。
k 対比表12については,項目立てや条文の説明内容に表現上の創作性は認められない。最初の枠囲みの中では具体例が挙げられ,質問形式とする工夫がみられるが,いずれもアイデアの領域にとどまり,表現上の創作性は認められない。父母の同意についての図表化部分については,後記()のとおりである。
l 対比表13については,嫡出子と非嫡出子について,枠囲みの中で具体例を示し,質問形式にするなどの工夫が見られ,その他,嫡出子と非嫡出子の相違を対比的に図示するなどの工夫も見られるが,いずれも受講者の理解が得られるように工夫したというアイデアに属するものであって,表現上の創作性があるとは認められない。懐胎期間の矢印による説明については後記()のとおりである。
m 対比表14については,相続の欠格事由を枠囲みやイラストを用いて説明したものであるが,表現上の創作性を認めることはできない。
n 対比表15については,項目立てや条文,法律効果の説明内容に創作性を認めることはできない。図を用いて説明した部分についても,創作的な表現と認めることはできない。
() なお,別紙対比表2ないし15には,「各共有者は自分の持分だけ分けてくれと,いつでも請求OK/※個人主義的所有権の原則」(別紙対比表4),「※迅速な弁済をなすためには,ある程度債務者の責任を軽くしてやらなければならない/そうしなければ,取引を中心とする経済活動が止まってしまい,また,多くの履行遅滞をひきおこすことになる」(別紙対比表7),「※虚偽の外観を信じた第三者(C)を保護してやるため/また,本人(A)は自ら虚偽の外観を作出した点に帰責性(落ち度)があるから権利を失ってもやむを得ない」(別紙対比表8)等,他の法律書,受験対策本等に直ちに同様の表現を見出すことができないような,口語調でくだけた調子の部分がみられる。しかし,上記表現自体は,当該法概念等を説明するためのありふれたものの域を出るものではなく,作成者の独自の個性の表れとみることのできるような特徴的なものには当たらない。
また,別紙対比表2ないし15中には,①2行掛ける2列の枠内に「1 所有権保存(A),2 所有権移転(C)」と各記載した表(別紙対比表3),②平行四辺形の中に「1/2 A 1/2 B」と表示し,「1/2 B」部分を丸で囲んで,平行四辺形の外の「C」の表示に向けて横向きに矢印を引いた図(別紙対比表4),③4行の枠内に,上から順に「a 父母の一方が同意しないとき」,「b 父母の一方が死亡したとき」,「c 父母の一方が行方不明のとき」,「d 父母の一方がその意思を表明できないとき」と記載した表(別紙対比表12),④横方向に右向きの長い矢印を引き,上記矢印を左側から順に短い縦線で区切り,「懐胎」「婚姻」「離婚」「出生」と記載した上で,矢印上部に,「懐胎」から「出生」までの部分を指示して「懐胎期間」と表示し,矢印下部に,「出生」の表示から矢印を引いた上で,「嫡出子」との表示をした図(別紙対比表13)など,種々の図表を挿入した部分がみられる。しかし,上記図表のうち,具体例を図示したもの(上記①又は②等)については,土地を平行四辺形で,権利の移転等を矢印で,人を「A」,「B」などの記号で表現するなどしたものであり,表現の仕方においてありふれたものである上,その内容についても,例えば,上記②において,共有関係にある者が,自己の持分を第三者に自由に処分することができることを,土地につき二分の一ずつの持分を有する場合を挙げて示したものであり,当該法概念を説明するための具体例としてありふれたものであって,特段の工夫はみられない。また,法令の内容を整理した表(上記③又は④等)については,例えば,上記③の図が,民法737条2項の規定内容を,上から順に箇条書きしたものであることに顕著にみられるとおり,いずれも,比較的単純な法概念につき,法令の内容に従って整理し,図表化したというにとどまるものであり,やはり,特段の工夫が見られるものではないというべきである。別紙対比表に表示されたいずれの図表についても同様であり,特段の工夫がみられるというべきものは見当たらない。
オ 加えて,原告は,全体の構成や項目立て,体裁(記述,図表,イラスト等の配置の順序,位置等)についても著作物性の根拠となると主張する。
しかし,前記2(1)()のとおり,原告書籍1は,民法全体を3章に分け,各章において更に複数の小項目を設け,各小項目においてテーマとされた法概念(「売買契約」等)につき,数ページを用いて説明するものである。また,前記2(1)()及び()のとおり,原告書籍2,3は,民法全体を9編に分けた上で,各編を更に複数の章に分け,各章において,複数の小項目を設け,各小項目においてテーマとされた法概念につき,数ページないし数十ページを用いて説明するものである。これに対し,前記2(1)イのとおり,原告書籍の別紙対比表部分は,原告書籍のうち,各章における小項目の一部分(1ないし2頁)を抜き出したものにすぎず,原告書籍マーカー部分は,その更に一部分にとどまるものである。
そうすると,原告書籍を全体として,又は一定以上のまとまりのある部分についてみた場合に,原告の主張するような点に,何らかの作成者の個性が表現されているとみる余地があるとしても,本件で問題となる原告書籍の別紙対比表部分又は原告書籍マーカー部分からは,上記個性を感得することはできず,この点において著作物性を認めることはできないものというべきである。 カ したがって,原告書籍マーカー部分に著作物性は認められない。
 3 小括
以上のとおり,原告書籍マーカー部分に著作物性が認められない以上,その余の点について判断するまでもなく,被告による著作権侵害は成立せず,著作権侵害を理由とする原告の請求(差止請求,削除請求及び損害賠償請求)はいずれも理由がない。