Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
イラストの所有権及び著作権の黙示的な譲渡を認定した事例
▶平成14年03月01日京都地方裁判所[平成12(ワ)2116]
1 争点(1)(被告大日本印刷の「びすけっと」印刷に関する著作権侵害又は不正競争行為の成否)について
(1)(本件イラストの著作権の帰属)について
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被告コープないしその下請業者から「びすけっと」や広告チラシ等の受注を受けた際,その制作のために,被告コープ用の人物画のイラストの制作をAに依頼し,Aはこれに応じて(証拠)記載の本件イラストを制作したが,用途によって人物の姿態等に若干の違いがあり,例えば,ふとんの丸洗いに関しては,(証拠)のイラストが制作されたこと,そして,原告からAに,平成9年3月21日,「パルコープ・ふとんの丸洗いチラシ」B4の2枚分名目で10万円,イラスト代名目で5万円が支払われ,平成10年5月11日,「生協ふとんうちなおし」のラフ・B3の2枚分名目で15万円が,イラスト代名目で5万円が支払われ,これらの支払と引換に本件イラストの原画そのものが原告に引き渡されていること,原告とA間に,本件イラストの原画の所有権及び著作権の処理についての明示的な合意はなく,原告は,業界慣行に照らし,本件イラストを被告コープのふとんのチラシ以外の全く異なる用途に使用する場合は,Aの了解を得る必要があるとの認識であったが,実際にはそのような事態はこれまでなかったことが認められる。
イ 上記事実関係によれば,本件イラストについて具体的表現行為をしたのはAであるから,本件イラストについては原始的にはAが著作権を有していたものと認められるが(なお,本件イラストが創作性を有することについては,その創作性の程度についてはともかく,当事者間に実質的に争いはない。),イラスト代名目を含んで一括して金員が支払われていること,返還時期についての定めがあるとうかがわれないことからすれば,本件イラストの原画の所有権は原告に譲渡されたものと認めるのが相当である。
これに加え,本件イラストは,もっぱら,原告が被告コープの「びすけっと」や他の広告チラシの印刷に用いるために制作され,それ以外の用途は実際上想定されていなかったものと推測されること,実際上も,本件イラストの複製は排他的に原告においてされていることからすれば,本件イラストの著作権そのものも原告に譲渡されたと認めるのが相当といえる。原告は,本件イラストを被告コープのふとんのチラシ以外の全く異なる用途に使用する場合は,Aの了解を得る必要があるとの認識であったことは上記のとおりであるが,これは,本件イラストがもっぱら被告コープのふとんのチラシにその用途に合わせて使用することを前提に製作されたものであるため,他の用途に用いる場合は,対価の点を含め再協議の必要があるというものにすぎないと考えられるから,本件イラストの著作権が譲渡されたとの上記認定と矛盾しないというべきである。
ウ なお,被告らは,本件イラストは,被告コープの依頼で同被告の業務のためにのみ使用することになっていたことや本件イラストは,ふとん関連チラシと一体として,資源を再利用して地球環境に負荷を与えないとする被告コープの思想を表しているものであり,原告は本件イラストの著作権を保有して使用する利益を有しないことを理由に,本件イラストの著作権は被告コープに移転した旨主張する。しかし,同主張の趣旨自体明確でなく,仮に著作権がAから被告コープに移転したとの主張であるとすれば,これを認めるに足りる証拠はないし,原告から被告コープに移転したとの主張であるとしても,原告が被告コープからふとん関連の仕事を継続して受注していく上で本件イラストを保有する利益を有することは明らかであって,その他に,原告から同被告に対して著作権が譲渡されたことを認めるに足りる証拠はないから,やはり採用することはできない。
エ 以上のとおりであるから,被告大日本印刷が「びすけっと」に本件イラストを原告に無断で使用した行為は原告の著作権(複製権)侵害に該当するものといえる。
(略)
(3)(被告大日本印刷の著作権侵害ないし不正競争行為についての故意・過失の有無)について
(略)
イ 上記認定事実に照らして検討するに,被告大日本印刷は,印刷業者としてイラスト等の著作権の取扱には慎重であるべきところ,担当者であるCは,Bに対し,本件イラストの掲載されたチラシを刷本として使用することの了解を得たのみで,本件イラストについての著作権者やその使用の許諾について確認することもなく,上記チラシからの複製という方法で本件イラストを使用したのである。さらに,同被告は,平成7年には,原告から「びすけっと」の印刷を下請していたのであるから,本件イラストの著作権が原告に帰属する可能性があることについては知り得る立場にあったといえる。そうすると,被告大日本印刷は,本件イラストに関する著作権侵害行為について過失があるといわざるを得ない。
被告大日本印刷は,同被告と被告コープは,平成8年以来,取引により信頼関係を形成してきたところ,「びすけっと」には本件イラスト以外に高度な創作性を感じさせる著名キャラクターのイラストや,タレントの写真が使用されていたが,それらについては適正に処理されていることが被告コープから示唆されていたから過失がない旨を主張する。しかし,仮に,そのような一般的信頼関係があったとしても,個別事案である本件イラストに関する著作権侵害行為についての過失を否定するには足りないというべきである。
(略)
(2) 著作権侵害による損害について
本件イラストは,著名なキャラクターとは異なり,それ自体で顧客吸引力を有するものではない。また,本件においては,単発チラシの枠が取れなかったため,たまたま「びすけっと」に掲載されたという経緯があることからすれば,著作権法114条2項[注:現3項]の「…その著作権…の行使につき通常受けるべき金銭の額」は,商品販売価格の2パーセントとするのを相当と認める。
(証拠)によれば,原告が被告コープから請け負っていた際の「びすけっと」制作代金は,標準的なB4版4頁で一部当たり5円15銭であり,発行部数は概ね16万ないし20万部程度であったことが認められるところ,20万部を基礎として計算すると,著作権法114条2項による損害は4万1200円となる。
(計算式:5.15円×200000(部)×0.02×2(回)=4万1200円)
(3) 著作権侵害に基づく損害賠償請求について,年6分の遅延損害金を付すことについて
原告は,被告大日本印刷が,原告に著作権が帰属する本件イラストを,自社が請け負って制作した印刷物に用いることは,業として行ったものであり,商行為であることは明らかであるとし,それ自体が不法行為であるから,遅延損害金は商事法定利率年6分によるべきである旨主張する。
しかし,商法514条の趣旨は,企業取引である商行為の当事者間において資金が効率よく運用されるのが通常であることに基づくものであるから,ここでいう「商行為によって生じた債務」は,商行為の目的とする法律効果として生じた債務ないしこれと同一性を有する債務を意味するというべきであり,原告の主張は理由がない。