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著作権判例セレクション
脚本原稿の同一性保持権侵害を否定した事例
▶令和7年2月27日大阪高等裁判所[令和6(ネ)1431]
(注) 本件は、一審原告が作成した脚本原稿(第10稿)を、一審被告が、一審原告に無断でその内容を改変して第12稿を作成し、一審原告が有する第10稿についての著作者人格権(同一性保持権)を侵害したと主張して、一審原告が、一審被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金等の支払などを求めた事案です。
原審は、一審原告の上記不法行為に基づく損害賠償請求については、一審被告による第10稿から第12稿への変更のうちの本件変更が一審原告の同一性保持権の侵害に当たると認めて、不法行為に基づき慰謝料5万円及び弁護士費用5000円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして認容しました。
1 当裁判所は、一審原告の一審被告に対する著作者人格権(同一性保持権)の侵害に係る不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 一審原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無(争点1)について
(略)
(2)
そうすると、一審被告が第10稿から第11稿を経て第12稿を作成するに至る過程でした第10稿の変更行為(本件変更)は、これが一審原告の意に反するものであるならば、一審原告が有する第10稿についての同一性保持権を侵害する行為に該当するが、この点につき、一審被告は、一審原告が第10稿を加筆、修正して変更することについて同意していたとして、本件変更をした行為は、同一性保持権を侵害する行為には当たらない旨を主張する。
そこで、一審被告が第10稿を加筆、修正して変更した第12稿を作成した一連の経緯についてみると、前記前提事実に加え、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
(略)
(3)
以上認定の事実によれば、一審被告は、一審原告も同席する本件打合せ①の席において、本件映画のプロデューサーであるX5から本件映画の脚本家に加わるよう依頼され、一審原告も一審被告が脚本家として連名となることに同意したこともあって、その依頼を承諾し、第10稿を加筆、修正して第11稿を経て第12稿を作成する作業を行うことになったと認められるが、その関係は、法的には一審被告が脚本家として本件映画のプロデューサーから映画制作のために第10稿の見直し作業の業務委託を受けてこれを履行した関係であるといえる。そして、令和3年8月14日の本件打合せ①以後にされた第8稿から第10稿に至る変更作業は同日から同月19日までの5日程度で済んでいるのに対し、一審被告による第10稿から第11稿への変更作業はその後2か月にも及ぶ期間を要していること、その作業期間中の直接の変更作業を一審被告が単独でしていたこと(原判決別紙認定事実)や、一審被告がその作業期間中、何らかの創作を伴う変更を加えようとしていることは、一審原告に対する調査依頼等の内容からも理解できたはずのものであること(原判決別紙認定事実のやりとりからは、一審被告が創作行為をしていたことは十分うかがわれる。)、そうであるのに、一審原告は、これに異議を述べることなく一審被告の作業に協力していたことが認められるから、以上によれば、一審原告は、一審被告が、第10稿を一審被告としての創作も加えながら加筆、修正をして変更することを容認していたと認めるのが相当である。
その上、一審原告は、第10稿から第11稿へ変更した一審被告の加筆、修正についての不満をX3に伝えながら、X3から、本件打合せ②を受けて第11稿を加筆、修正する作業を一審被告が担当することを聞かされ、それが第11稿を破棄して第10稿に戻すだけであるという単純な作業でないことは想定できるのに、なお一審被告が単独で第11稿に加筆、修正をして第12稿とする作業をすることを容認していたことも明らかである。
以上を総合すると、一審原告は、一審被告が、本件映画の脚本制作のため
第10稿から第12稿に至る加筆、修正作業をすること自体は同意していたと認めるのが相当である。
(4)ア 一審原告は、令和3年8月14日の本件打合せ①で一審被告が脚本家に加わったのは、映画のキャスティング、原作者の許諾、資金集め、集客等のためであり、一審被告の作業は、一審原告の脚本の歴史考証やこれに伴うチェック等にとどまると主張し、その旨供述しており、また、一審被告に脚本家として加わることを求めたX5も上記主張の目的が含まれている趣旨を証言している。
しかしながら、上記X5の証言は、上記内容にとどまらず、一審被告が脚本家としての創作性を発揮して加筆、修正することを期待していたことにも及んでいるし、なにより一審被告としては、脚本家としての自らの名前を、出演を引き受ける俳優のみならず一般の映画鑑賞者に対して表示する以上、脚本家として加筆、修正を加えて納得のいく脚本を完成させようとすることは当然予想されるところであって、そのことは一審原告自身も理解していたものと考えられる。そして、一審被告が脚本家として加わることが決まった本件打合せ①において、一審被告は脚本家として名前が使われるだけで脚本家としての創作的な活動は不要であるとか、脚本家としての創作を制限するなどの話がされた事実が認められるわけではない上、現に上記のとおり、一審被告が第10稿に創作的部分が加わる加筆、修正をしようとしていたことを一審原告は容認していたとしか理解できないから、脚本家として加わった一審被告がする作業が一審原告の脚本の歴史考証やこれに伴うチェック等にとどまるものに限定されていたようにいう一審原告の上記主張は採用できない。
イ 次いで、一審原告は、一審被告が第10稿を加筆、修正するとしても、第三者に提供する場合には、事前に一審原告の確認、承諾を得なければならないように主張する。
確かに、第10稿を見直すことで完成する脚本は、一審原告と一審被告とが脚本家として名を連ねるものとなる以上、加筆、修正の作業を一審被告主体で進めるとしても、映画撮影前のいずれかの段階で一審原告との調整は必要であるところ、X3及びX5の供述によれば、両名とも、一審原告と一審被告の従来からの関係からして、一審被告の加筆、修正の作業中に両名の間で当然そのような調整がなされ、一審被告から提出される脚本原稿は、一審被告と一審原告とで意見が一致したものと考えていた様子がうかがえる。
しかし、本件打合せ①において一審被告が本件映画の脚本家として加わることが決まった際にも、また、その後においても、そのような加筆、修正作業の進め方についての細かな話がされた事実は認められず、一審原告の主張によっても、一審原告自身、第8稿から第10稿に至る原稿の見直し作業と同様に、第10稿以降の加筆、修正作業も当然一審原告の確認を経て外部に提供されると考えていたというだけであって、一審原告主張に係る合意がされた事実を認めるに足りる証拠があるわけではない。
したがって、一審被告が、第10稿から第12稿に至る加筆、修正作業をすること自体が同意されていたと認められる以上、第10稿を加筆、修正した脚本原稿を映画監督であるX3及び映画プロデューサーであるX5ら本件映画制作者側に提供するに当たり、事前に一審原告の確認、承諾を得ていなかったとしても、そのことから遡って、一審被告が一審原告の同意の下に行っていた上記加筆、修正作業が一審原告の意に反するものとなるわけではない。
ウ なお、第10稿を加筆、修正して変更した第12稿を決定稿として映画制作をするためには第10稿の著作者である一審原告の同意は欠かせないにもかかわらず、前記(2)認定の事実経過からすると、本件映画は一審原告から明示的な同意を得ないまま、第12稿が決定稿とされて制作されたことが認められる。しかし、脚本家である一審被告が決定稿を決める権限を有しないことは一審原告も争っておらず、このことは、第11稿がX3の意見によって更に変更されることになった経緯、さらにはX3が第12稿を決定稿とする判断をしたことから明らかであるから、一審被告が一審原告を含む本件映画制作者側に第12稿を提出した後に一審被告以外の者が第12稿を決定稿とする本件映画を制作したからといって、そのことを根拠に、一審被告が第12稿を作成したことについての法的責任を問うことはできないというべきである。また、一審被告は、本件訴訟において、一審被告による第10稿の加筆、修正については一審原告の包括的同意があるとさえ主張しているが、実際には、前記のとおり、一審被告は、第10稿の加筆、修正作業の成果物である第11稿及び第12稿とも、映画監督及び映画プロデューサーらの映画制作側にメール送信する際には、一審原告にも併せてメール送信をして、一審被告が加筆、修正した脚本原稿について検討し意見を述べる機会を与えているのであるから、包括的同意をいう趣旨は、あくまで映画監督及び映画プロデューサーらの映画制作者側に脚本原稿を提供する前段階の作業内容についてのものをいうと理解できる。そして、上記のとおり、一審被告は、単独で第10稿を加筆、修正する作業を行いつつも、その作業成果物である第11稿及び第12稿について、一審原告に対しても検討し意見を述べる機会を与えていたというのであるから、一審被告は、本件映画のプロデューサーから委託された第10稿の見直し作業という業務を履行するに当たり、一審原告が第10稿の著作者であることを踏まえた行為をしていたと評価することができ、その点からも、第12稿提出後に一審被告以外の者によってされた行為を根拠に、一審被告に対して第12稿を作成したことについての法的責任を問うことはできないというべきである。
(5)
小括
以上によれば、一審原告が作成した第10稿に本件変更を加えて第12稿を作成した一審被告の行為は、一審原告が同意している行為の範囲内で行われたと評価できる以上、その限度において、本件変更は一審原告の意に反する改変ではなく著作者人格権(同一性保持権)侵害には当たらないといえるから、著作者人格権(同一性保持権)侵害を理由とする一審原告の一審被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。
3 結論
以上によれば、一審原告の一審被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がないから棄却すべきところ、これと一部異なる原判決は一部失当であって、一審被告の控訴は理由があるから、同控訴に基づき、原判決中、不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した部分を取り消し、同取消部分に係る一審原告の請求を棄却することとし、一審原告の控訴は理由がないから棄却することとする。