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著作権判例セレクション
図書館等における複製等(法31条)の意義と解釈
▶平成7年04月28日東京地方裁判所[平成6(行ウ)178]▶平成7年11月8日東京高等裁判所[平成7(行コ)63]
(注) 原告は、多摩市立図書館の窓口において、口頭で、被告が管理する著作物である「土木工学事典」(「本件著作物」)のうち112頁から118頁までの部分(「本件複写請求部分」)につき、複写を申請したが、当該窓口の担当職員は、著作権法の規定により、原告の希望する部分全部の複写サービスは実施しかねる旨回答した。
一 争点一(法定複製権の有無)について
1 原告は、著作権法31条1号に基づく複製権の確認を請求しているが、同条項は、政令で定める図書館において、図書館の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分等所定のものの複製物を一人につき一部提供する場合に、図書館資料を用いて著作物を複製することができることを定めた規定であって、著作権者の専有する複製権の及ばない例外として、一定の要件のもとに図書館において一定の範囲での著作物を複製することができるとしたものであり、図書館に対し、複製物提供業務を行うことを義務付けたり、蔵書の複製権を与えたものではない。ましてや、この規定をもって、図書館利用者に図書館の蔵書の複製権あるいは一部の複製をする権利を定めた規定と解することはできない。
2 以上のとおり、著作権法31条1号に基づき原告に複製権を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求一ないし五は理由がない。
二 争点二(複製物交付契約の成否)について
1 証拠によれば、被告は、多摩市立図書館の複写機の近辺に、「コピーをされる方に」と題するお知らせを貼付しており、右お知らせには「図書館では次の場合に限りコピーができます。」として、「1 多摩市立図書館の蔵書であること。2 資料の一部分であること。3 同じ部分は一人一枚のみ。複写目的は調査・研究に限られます。コピーされるときは必ず職員に声をおかけください。」との記載があること、多摩市立図書館の利用案内にも、複写が必要なときコビーサービスをしている旨の記載があるが、「著作権法の規定によりコピーできない場合があります。」との注意書きがあることが認められる。
しかしながら、右お知らせや利用案内の記載の内容は、図書館利用者に対し、行政サービスとして図書館資料の一部の複写ができることを広く知らせる趣旨にすぎず、これをもって、不特定の図書館利用者との間の予約契約であるとか、契約の申込と解することはできない。
かえって、前記争いのない事実及び証拠によれば、図書館利用者が複製を希望するとき、利用者において「複写申込書」に利用日、氏名、住所及び複写枚数などの必要事項を記載して提出したうえ、複写をすることからすれば、原告の主張する多摩市立図書館長の告知の性質は申込の誘引にすぎず、申込は利用者において行うものと解するのが相当である。
2 そして、本件においては、原告の申込に対し、被告が承諾の意思表示をしなかったことが認められるから、契約としての意思の合致はなかったものといわざるを得ない。したがって、契約の成立を前提とした、原告の複製物の交付請求は理由がない。
なお、原告は本件複写請求部分の少なくとも半分(一部)につき契約による複製物の交付請求権が成立するかの主張をするが、原告の複写の申込は、本件複写請求部分の一部でもよいとする意思を伺わせるものでないことは明らかであり、また、被告がそのように解した申込に対する承諾をしていないことも明らかであるから、原告の複製物の交付請求は理由がない。
三 争点三(国家賠償法に基づく請求)について
1 証拠によれば、多摩市立図書館長の本件回答は、原告の複写請求を受けて、文化庁著作権課指導普及係に照会した結果、文化庁からの「本件著作物は編集著作物であるが著作者の区分が不可能な共同著作物ではない。全体について編集著作権があるとともに、個々の項目、論文にもそれぞれ著作権が働いている。各項目、論文毎に著作者が明示されている以上は、それぞれの項目、論文を一著作物単位と判断するのが妥当である。」との要旨を含む回答を受けて、本件著作物のうちの本件複写請求部分が、項目毎全部に当たるとして、なされたものである。
2 ところで、本件著作物は、B他一六名の編集委員が編集し、四五名の執筆者が執筆したもので、大きな一八の節に分かれているがその節につき、「9.コンクリート工学」(項目が一三含まれている。)や「10.鋼構造・鉄筋コンクリート構造」(項目が一八含まれている。)などは一人が執筆しているのに対し、「11.基礎工学」は二人の共同の執筆にかかり、また、本件複写請求部分が含まれる「2.土質力学・土構造」のように節の中の項目毎に執筆者が分かれている項目も多くあり、一人の執筆者がその項目の一個のみ執筆しているものもあれば、項目九個を一人で著作しているものもある。また、項目を複数著作している場合にも、Aのように続いた項目を一人で著作している場合もあれば、CやDのように離れた項目を複数著作している者もある。したがって、本件著作物のうち、Aは、「2.7.地盤内の応力伝播特性と沈下」(一〇四頁から一一一頁)と「2.8.地盤の安定問題」(一一二頁から一一八頁)の二項目につき、それぞれ個別の著作権を有するものと解するのが相当である。
原告は、本件著作物は共同著作物の性質を有し、全体が単一の著作物であるから、その中の任意の一部は単一の著作物全部には当たらない旨を主張するが、本件著作物は、各項目毎にまとまった内容を有しているものと窺われかつ著作者が明示されており、「各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」(著作権法2条12号)とはいえず、かつ、本件著作物が編集著作物であることは原告も認めるとおりであるが、編集著作物であることによってそれの部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない(著作権法12条2項)ことからすれば、原告の右主張は理由がない。
してみれば、原告の請求した本件複写請求部分は、著作物の全部に当たるものであって、「著作物の一部分」の複製物の提供を認める著作権法31条1号の規定に当たらないものというほかはなく、その全部の複写を求めた原告の申込みに対し承諾しなかった被告の行為に違法性はない。
なお、原告は、本件著作物は事典という公共的著作物であり、その全部を複製しても著作権を侵害することはない旨を主張するが、著作権法31条のうち、2号の「図書館資料の保存のため必要がある場合」及び3号の「他の図書館等の求めに応じ、絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合」に全部を複製することは可能と解されるのに対し、1号の場合は「公表された著作物の一部分」と明文で規定されているのであって、原告が同条1号に基づく主張をしていることは明らかであるから、公共的著作物であるとの一事をもって、その全部を複製することができることを前提とした原告の主張は理由がない。
3 次に、著作権法31条1号の括弧書きの規定との関係については、本件著作物を「定期刊行物」と解する余地はないのであるから、本件著作物が発行から14年以上経過したものであること及び定価が1万3000円であることを考慮しても、著作権法31条1号の括弧書きの規定により図書館における著作物の複製が許される場合と解することはできないから、被告の右行為を違法ということもできない。
また、原告は、本件著作物は事典であるから、一般読者の情報入手権と著作者の著作物公表権を確保するという目的を両立させるべく、著作権法31条1号の括弧書きの規定を類推すべきと主張する。しかしながら、著作物の複製を認めることはすなわち著作権の制限を伴うものであり、原告の右主張は、立法論としてはともかく、現行著作権法の解釈として採りえないものである。
4 してみれば、原告の本件複写物交付請求は著作権法31条1号で認められた要件を欠く場合に当たるものであって、これに対し多摩市立図書館長がした本件回答は何ら違法ではないから、原告の国家賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
[控訴審同旨]