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著作権判例セレクション
依拠と特定の程度と立証
▶平成21年03月26日大阪地方裁判所[平成19(ワ)7877]
(3)
被告各イラストは原告各イラストについての原告の著作権を侵害するものか
著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作することをいう。したがって,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したものというためには,被告各イラストが原告各イラストの特定の画面に描かれた女性の絵と細部まで一致することを要するものではないが,少なくとも,被告各イラストに描かれた女性が原告各イラストに描かれた女性の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要するものというべきであり(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決,同平成9年7月17日第一小法廷判決参照)
,その結果,被告各イラストの女性が原告各イラストの女性を描いたものであることを想起させるに足りるものであることを要するものというべきである。
したがって,原告各イラストの著作権者である原告において,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したと主張している本件においては,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたことを前提として,それが原告各イラストを複製したものか又は翻案したものかを区別することに実益はなく,少なくとも,原告各イラストのうち本質的な表現上の特徴と認められる部分を被告各イラストが直接感得することができる程度に具備しているか否かを検討することをもって足りるというべきである。以下においては,そのような観点から検討することとする。
(4)
被告各イラストは原告各イラストに依拠したものであるか
ア そこで,まず,被告らが原告各イラストに依拠したものであるか否かについて検討する。ここでいう「依拠」とは,ある者が他人の著作物に現実にアクセスし,これを参考にして別の著作物を作成することをいう。
イ ところで,原告著書に描かれている原告各イラストは極めて多数にのぼり,被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成されたものであるかを個別に特定して主張立証することは著しく困難である。他方,原告著書のように,同一のコンセプトに基づき,かつ同一の特徴を有する人物をひとつのキャラクターとして多様に表現する場合,後から描かれるイラストは,先に描かれたイラストに依拠しながら,その本質的な表現上の特徴を直接感得できるようなイラスト(すなわち,同一のキャラクターを表現していると認められるイラスト)を新たに創作するものと解される。したがって,後から描かれるイラストは,先に描かれたイラストを原著作物とする二次的著作物と見られる場合が多いと考えられる。二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じない(前掲最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決)から,第三者が二次的著作物に依拠してその内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したとしても,その再製した部分が二次的著作物において新たに付与された創作的部分ではなく,原著作物と共通しその実質を同じくする部分にすぎない場合には二次的著作物の著作権を侵害したものとはいえない。しかし,二次的著作物に依拠したとしても,これにより原著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したとすれば,二次的著作物を介して原著作物に依拠したものということができ,原著作物の著作権を侵害することになる。また,一話完結の連載漫画などとは異なり,原告著書のように1冊の著書に多数のキャラクターがイラストとして描かれている場合に,どのイラストをもって原著作物とし,どのイラストをもって二次的著作物とするかを判然と区別することは困難である。以上の点を考慮すると,本件において,原告としては個々の被告各イラストについて,原告各イラストのうち被告らが実際に依拠したイラストを厳密に特定し,これを立証するまでの必要はなく,原告各イラストのうちのいずれかのイラストに依拠し,そのイラストの内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製し又はそのイラストの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作したことを主張立証することをもって,原告各イラストの著作権侵害の主張立証としては足りるというべきである。
ウ 以上の点を前提に,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたものであるか否かについて判断するに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,Aは,「実は,約一年ほど前にハウスメーカーのダイワハウス様の依頼を受けまして分譲マンションのノウハウ本『 マンション読本』というものを制作したのですが,その際,X様の著書『独り暮しをつくる100』のデザイン及びイラストを私一人の判断で無断で参考にさせて頂き作成してしまいました。X様の著作権を侵害し何とお詫びをすればよいのか,誠に申し訳ございません。」と記載した電子メールを原告宛てに送信したことが認められる。これによれば,Aは,原告各イラストが描かれた原告著書に接し,個々の被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成したものであるかを具体的に特定することはできないものの,原告各イラストのうちのいずれかのイラストを参考にして個々の被告各イラストを描いたことが認められるから,被告各イラストが原告各イラストに依拠して描かれたものであることを優に認めることができる。
(5)
被告各イラストは原告各イラストを複製又は翻案したものか
ア 上記(4)のとおり,原告としては,個々の被告各イラストがそれぞれ原告各イラストのうちどのイラストに依拠して作成したものであるかを具体的に特定することは必ずしも必要でないが,個々の被告各イラストが個々の原告各イラストを複製又は翻案したか否かを判断するためには,最低限,個々の被告各イラストが依拠したと考えられる原告各イラストを選択し,特定した上で,個々の被告各イラストが,このように特定された個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得することができるか否かを検討する必要がある。したがって,まず,個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるのかを検討する必要がある。
そして,この点を検討するに当たっては,個々のイラストを他のイラストとは切り離してそれ自体からその本質的な特徴は何かを検討するのではなく,原告各イラスト全体を観察し,原告各イラストを通じてそのキャラクターとして表現されているものを特徴付ける際だった共通の特徴を抽出し,これをもとに個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるかを認定すべきものと解される。なぜなら,原告各イラストは,原告が別紙原告イラスト目録で挙げるだけでも127点の多数に及ぶものであるところ,これらの各イラストは同一の女性(キャラクター)を表現するものとして同一のコンセプトの下に描かれたものであるから,そのキャラクターを特徴付ける共通の特徴を見いだすことができるのであり,その特徴は,まさに個々の原告各イラストの本質的な表現を特徴づけるものとみるのが相当だからである。もちろん,キャラクターなるものは,そのイラストの具体的表現から昇華した人物の人格ともいうべき抽象的概念であって,具体的表現そのものではなく,それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということはできない(前掲最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決参照)から,キャラクター自体に著作物性を認めることはできない。しかし,個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴が何かを検討する際に各イラストに共通する表現上の特徴を考慮することは,キャラクター自体に著作物性を認めることではないから,これを考慮することに何らの問題はないというべきである。
イ そして,そのような観点から原告各イラストに共通して現れている特徴を観察すると,原告各イラストの基本的なコンセプトは,前記のとおり,「独り暮らしをする若い女性」であり,上記(1)のアないしオを表現上の特徴として描かれたものであることが認められる。これに対し,被告各イラストは,マンション読本の表紙に,被告イラスト1を含む3人の人物が描かれており,被告イラスト1の女性とその夫,その子である男児が描かれている。上記3名の人物について上記のような設定がされていることは,被告イラスト1には「mum」と,男性には「daddy」と,男児には「sam」とそれぞれ付記されていることから明らかである。これにより,上記キャラクターのうち被告各イラストの「mum」は,夫(daddy)と幼い息子(sam)のいる30歳という比較的若年の既婚女性であって,これから家族の住むマンションを購入しようと考えている主婦である,などといった性格・環境決定された上で描かれたものであることが認められる。このように,原告各イラストと被告各イラストとは,その性格・環境決定の上で異なるコンセプトをもって描かれたものということができる。
ウ そして,より具体的に原告各イラストの本質的な表現上の特徴は何かについて検討すると,証拠によれば,原告各イラストのうち,その服装(服装の種類,色彩等),姿勢ないしポーズ,体の向き,手足の動き等は原告各イラストごとに様々であり,原告各イラストに共通する特徴を見いだすことはできず,原告各イラストにおいてこれらの各要素をもって原告各イラストの本質的な表現上の特徴ということはできない。また,これらの各要素は,それだけを取り出してみても,単に,人物を描く際に通常考慮され,具体的な状況に応じて適宜選択される事項であるから,原告各イラストの具体的な表現と離れて抽象的に服装,姿勢ないしポーズ等をもって原告各イラストの本質的な表現上の特徴ということはできない(もっとも,服装,姿勢ないしポーズ等の要素が特定のキャラクターと不可分一体に結びつき,それが具体的表現としての人物等の本質的な表現上の特徴と見得る場合もあると考えられる。しかし,原告各イラストはそのような場合には当たらない。)。したがって,これらの各要素において被告各イラストに共通するものがあるからといって,被告各イラストが原告各イラストの本質的な表現上の特徴を備えており,原告各イラストを複製又は翻案したものということはできない。
そうすると,原告各イラストに共通する表現上の特徴を見いだすとすれば,頭部とりわけ顔面と細身の体型における具体的な表現であるというほかない。もっとも,このうち原告各イラストにおける体型について,原告は, 極端ななで肩としたこと, ○や△に近い単純なシルエットとしたこと,顔と身体をほぼ同じ幅としたこと,手足が先端に行くほど細く,直立時の足はハの字に開いていること,人間に近いプロポーションを採用した(顔を1としてほぼ6等身),というような特徴があると主張する。なるほど,原告各イラストには,共通してそのような表現上の特徴の存在することが認められる(ただし,原告各イラスト中には,直立時の足がハの字に開いていないものがある〔例えば,原告イラスト4,35〕など,必ずしも上記各特徴を備えているとはいい難いものもある。)。しかし,これらの各特徴は,人物をイラストで単純化して表現する場合にごく一般的に見られるものというべきであり,それ自体を取り出してみても,痩身の若い女性を単純化して描いたイラストとしての本質的な表現上の特徴というべきものとはいえない。
エ 以上によれば,結局のところ,原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴は,顔面を含む頭部に顕れた特徴ということにならざるを得ない。そこで,原告各イラストを総合した場合の際だった表現上の特徴を抽出すると,次のとおりと認められる(ただし,厳密には,原告各イラスト中に以下の各特徴を備えないものもあるが,それらはごく例外的なものと認められ,そのような例外的なイラストを考慮しても,原告各イラストを特徴づけるものとみて差し支えないものと認められる。)。
(ア) 顔の輪郭は,正面視略菱形であり鋭角的であること
(イ) 目は,その形状が横楕円形であり,ひとみ部分を横楕円形を3等分するように縦線で区画して表し,かつ,ひとみ部分を黒く塗りつぶしていない(白目のままである。)こと
(ウ) 左右のほおに,略円形状のぼかしたピンク又は茶色のほお紅を入れていること
(エ) 髪の毛を薄い茶色地に頭頂部から下方に向けて放射状に伸びた2ないし3本の略直線で簡略に表現し,これを頭頂部付近で二重の略楕円形状に束ねていること
(オ) 眉と口を「-」で,鼻を「∧」(横顔の場合は「<」又は「>」
)で,耳を顔の輪郭と連続した半円形で表現していること
(カ) 顔の表情が感情に乏しく無表情で堅めであること
原告各イラストは,上記(ア)ないし(カ)の各特徴を有することにより総じて,独特の透明感のあるクールなタッチで,知的で好奇心がおう盛な若い独り暮らしの女性であることを強く印象づけるものとなっている。したがって,この点が原告各イラストの本質的な表現上の特徴をなしているものといえる。
オ そこで,上記観点から,個々の被告各イラストが原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得し得るものであり,これを複製又は翻案したものといえるか否か順次検討する。
(略)
カ 小括
以上のとおり,個々の被告各イラストは,これが依拠したと原告が主張する個々の原告各イラストを複製又は翻案したものとは認められないから
「マンション読本」の作成,発行,配布するなどした被告の行為が原 ,告の複製権又は翻案権ないしは自動公衆送信権を侵害したということはできない。
2 争点(2)(著作者人格権侵害の有無)について
争点(1)における判断のとおり,被告各イラストの個々のイラストは,これが依拠したと原告が主張する個々の原告各イラストを複製又は翻案したものとは認められない。したがって,被告各イラストは,原告各イラストとは別の著作物であり,原告各イラストを変更,切除その他の改変をしたものではない。
また,同様の理由により,原告が被告各イラストに対して原著作者として氏名表示権を有するものでもない。
よって,マンション読本の作成,発行,配布するなどの被告の行為が原告の著作者人格権を侵害するということもない。
第5 結論
以上によれば,原告の本件請求は,その余の争点について判断するまでもなく理由がない。
なお,本件訴訟の審理の経緯にかんがみ,付言する。上記のとおり,被告らの行為は,原告各イラストの著作権又は著作者人格権を侵害するものではなく,被告らが原告に対しこれによる法的責任を負うものではない。しかし,被告らがイラスト作成を依頼したAにおいて原告各イラストに依拠し,これを参考にして被告各イラストを作成したことは前示のとおりであり,被告各イラストが,一見すると原告各イラストによく似ているところがあることは否定できない。
原告において,被告各イラストを見て原告各イラストを模倣されたと感じたことは無理もないところであるし,被告らにおいてもこの点を問題視していたことは,原告からの指摘後直ちにマンション読本の配布を取りやめるとともに,全ての在庫を調査して回収し,廃棄していることからも明らかである。したがって,被告らは原告に対し,法的責任はともかく,道義上の責任を負うことは否定できない。当裁判所は,このような本件の特殊性にかんがみ,口頭弁論終結後を含め,本件を適切に解決するため当事者双方に和解を勧試してきたが,当審においては合意に至ることはできなかった。当裁判所としては,上記の事情にかんがみ,当事者双方において上訴審の審理の過程その他適当な機会をとらえて,本件を適切に解決するよう努力されることを期待するものである。