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著作権判例セレクション

楽曲の公衆送信権(テレビ放送権)及び公表権侵害を認定した事例

平成301211日東京地方裁判所[平成29()27374]
() 本件は,作曲等の音楽活動を行う原告が,被告讀賣テレビの放送番組に出演していた被告Bにおいて原告の創作した未発表の楽曲の一部を原告の許諾なく同番組内で再生したことにより,被告らが共同して上記楽曲に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害したと主張して,被告らに対し,民法719条(共同不法行為)及び著作権法114条3項に基づき,損害賠償金等の連帯支払を求めた事案である。

1 本件楽曲は未公表の著作物であったか(争点⑴ア)について
(1) 元気限定事実のとおり,本件楽曲は,布告Bが本件番組内で本件録音データを再生した時点より前に,公衆に提供又は提示されていなかったから,本件楽曲は法18条1項にいう「著作物でまだ公表されていないもの」に当たる。
(2) この点,被告らは,原告が芸能リポーターである被告Bに対して本件録音データを提供したことは公衆に提示したものと同視し得るから,本件楽曲は本件番組内で放送された時点で「著作物でまだ公表されていないもの」には当たらない旨主張する。
しかしながら,法にいう「公衆」とは飽くまでも不特定多数の者又は特定かつ多数の者をいう(法2条5項参照)のであって,被告B個人が公衆に当たると解する余地はない。したがって,原告が被告Bに対して本件録音データを提供したことにより,本件楽曲が公表されたものとは認められない。
2 公衆送信及び公表につき黙示の許諾があったか(争点⑴イ)について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によると,原告が被告Bに対して本件録音データを提供した経緯について,次の事実が認められる。
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(2) 被告らは,原告は音楽活動を再開したことが被告Bによってテレビ放送等で告知されることを期待して本件録音データを提供したものであるから,本件楽曲を公衆送信及び公表することを黙示に許諾したというべきであると主張する。
しかしながら, 上記(1)の認定事実によれば,原告は,本件楽曲を聴いた被告Bの感想等を聞くために,被告Bに対して本件録音データを提供したにすぎないから,原告が本件録音データを提供したことをもって,本件楽曲を公衆送信ないし公表することを黙示に許諾したとは認められない。被告Bが芸能リポーターであるからといって,それのみでは上記説示を左右しない。
3 被告らによる公衆送信行為は法41条所定の時事の事件の報道のための利用に当たるかについて
(1) 被告らは,本件楽曲は,①視聴者に対して原告による覚せい剤使用の事実の真偽を判断するための材料を提供するという点において「警視庁が原告を覚せい剤使用の疑いで逮捕する方針であること」という時事の事件を構成するものであるし,②原告が執行猶予期間中に更生に向けて行っていた音楽活動の成果物であるという点において「原告が有罪判決後の執行猶予期間中に音楽活動を行い更生に向けた活動をしていたこと」という時事の事件を構成するものである旨主張する。
(2)  上記①の主張について検討するに,前記前提事実によれば,本件楽曲は,警視庁が原告に対する覚せい剤使用の疑いで逮捕状を請求する予定であることやこれに関連する報道がされた際に放送されたものであると認められるところ,警視庁が原告に対する覚せい剤使用の疑いで逮捕状を請求する予定であることが時事の事件に当たることについては,当事者間に争いがない。
しかしながら,本件楽曲は,警視庁が原告に対する覚せい剤使用の疑いで逮捕状を請求する予定であるという時事の事件の主題となるものではないし,かかる時事の事件と直接の関連性を有するものでもないから,時事の事件を構成する著作物に当たるとは認められない。これに反する被告らの主張は採用できない。
(3) 次に,上記②の主張について検討する。
ア 前記前提事実及び(証拠)によると,以下の事実が認められる。
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イ 上記認定事実によれば,本件番組中における原告の音楽活動に関する部分は,警視庁が原告を覚せい剤使用の疑いで逮捕する予定であることを報道する中で,ごく短時間に,原告が2020年のオリンピックのテーマソングとして作曲した本件楽曲を被告Bに送付し,来月,YouTubeで新曲を発表するなど音楽活動に向けて動こうとしている,ということを断片的に紹介する程度にとどまっており,本件楽曲の紹介自体も,原告がそれまでに創作した楽曲とは異なる印象を受けることを指摘するにすぎないもので,これ以上に原告の音楽活動に係る具体的な事実の紹介はないものであるから,このような放送内容に照らせば,本件番組中における原告の音楽活動に関する部分が「原告が有罪判決後の執行猶予期間中に音楽活動を行い更生に向けた活動をしていたこと」という「時事の事件の報道」に当たるとは,到底いうことができない。
(4) したがって,被告らによる本件楽曲の公衆送信行為は法41条の時事の事件の報道のための利用に当たるとは認められない。
4 被告らによる公衆送信行為は法32条1項所定の引用に当たるか(争点⑴エ)について
前記1で判示したとおり,原告が被告Bに対して本件録音データを提供したことにより,本件楽曲が公表されたものとは認められず,本件番組の放送時において本件楽曲は未公表の著作物であったと認められるから,被告らによる本件楽曲の公衆送信行為は法32条1項所定の引用には当たらない。
5 正当業務行為等により公表権侵害の違法性が阻却されるか(争点⑴オ)について
(1) 被告らは,本件楽曲の公表は,原告が逮捕されそうであるという差し迫った状況において,有罪判決後の原告の音楽活動や更生に向けた活動等を具体的に報道するとともに,視聴者に対して原告による覚せい剤使用の事実の真偽を判断するための材料を提供するという目的で行われたものであり,その具体的事情の下では,法41条の趣旨の準用,正当業務行為その他の事由により違法性が阻却される旨主張する。
しかしながら,本件番組では原告の音楽活動にごく簡単に触れたに止まり,それに係る具体的な事実の紹介がないことは前記3で説示したとおりであるし,本件楽曲が原告による覚せい剤使用の事実の真偽を判断するための的確な材料であるとも認められないから,被告らの上記主張は,その前提を欠くものであり採用できない。
(2) また,被告Bは,原告が逮捕見込みであるとの報道に関連して,原告が更生していることを示すために,本件録音データの一部のみを再生したものであるから,芸能リポーターとしての正当な業務行為として違法性がない旨主張する。
しかしながら,原告の音楽活動に係る具体的な事実の紹介がないまま,本件録音データの一部を再生したからといって,原告が更生していることを具体的に示すことにはならないから,被告Bの上記主張も,その前提を欠くものであり採用できない。
6 被告Bは公衆送信権及び公表権の侵害主体となるか(争点⑴カ)について
前記前提によれば,被告Bは,本件番組の生放送中に出演者として本件楽曲の録音データ(本件録音データ)の一部を再生し,被告讀賣テレビは本件番組を放送したのであるところ,前記1ないし5の説示を踏まえれば,被告らは共同して原告が本件楽曲につき有する公衆送信権及び公表権を侵害したものと認められる。
これに対し,被告Bは,被告讀賣テレビによる放送の履行補助者にすぎなかった旨主張するところ,その趣旨は判然としないものの,上記説示に照らして採用できない。
7 故意・過失の存否
(1) 被告Bはいわゆる芸能リポーターを業とし,被告讀賣テレビは基幹放送事業を業とするものであるから,被告らは,放送番組中において楽曲を再生し放送する場合には著作権や著作者人格権の侵害がないように十分注意すべき高度の注意義務を負っているというべきところ,原告が本件楽曲を公衆送信及び公表することを黙示に許諾したとは認められないにもかかわらず,その認識を欠いて本件楽曲を公衆送信及び公表することが許されると誤信した点などにおいて,少なくとも過失があったと認められる。これに反する被告らの主張は採用できない。
(2) なお,原告は,本件楽曲を公表した際の本件番組の司会者と被告Bとのやり取りや本件番組の放送終了後の上記両名の言動を見れば,被告らが本件楽曲を公衆送信及び公表することにつき原告の同意がないことを認識していたことは明らかであるから,被告らには故意がある旨主張する。
しかし,本件楽曲を公表した際の本件番組の司会者と被告Bとのやり取りは前記3⑶で認定したとおりであるところ,これらのやり取りを見ても,上記両名が本件楽曲を公表することにつき原告による黙示の許諾がないことを認識していたことはうかがわれない。また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告が本件番組の放送翌日に,被告Bに対して電話で本件楽曲を放送したことを抗議した際,被告Bは,原告が本件楽曲を公表することに同意していると認識していた旨の弁明をしていないものの,原告の抗議は未発表であった本件楽曲を公表したことを明示的に指摘したものではなかったことが認められるから,被告Bが上記のような弁明をしなかったからといって,本件楽曲を公表することにつき原告の同意がないことを認識していたとは認められない。さらに,弁論の全趣旨によれば,本件番組の司会者と被告Bは,平成28年12月23日に放送された番組内で,原告に対して謝罪していることが認められるものの,その謝罪が未発表の本件楽曲を公表したことに対するものであったと認めるに足りる証拠はない。
その他,被告らが,本件楽曲を公表することにつき原告の同意がないと認識していたことや公衆送信権ないし公表権侵害の故意を有していたことを認めるに足りる証拠はないから,被告らの故意に係る原告の主張は採用できない。
8 損害に有無及びその額について(争点(3))について
(1) 法114条3項による損害金
ア 証拠によると,一般社団法人日本音楽著作権協会が,使用料規5 程において,放送及び当該放送の録音に音楽著作物を利用する場合の使用料について,年間の包括的利用許諾契約を締結する方法と1曲1回当たりの使用料を積算する方法とを定めているところ,著作権侵害による損害額を算定するに当たっては,音楽著作物の継続的な利用を前提とする前者の方法を基準とするではなく,1曲1回の利用ごとに使用料が発生することを前提とする後者の方法を基準とするのが合理的であり,これに反する被告らの主張は採用できない。
イ 上記使用料規程によれば,全国放送の場合,1曲1回当たりの使用料は,利用時間が5分までは6万4000円,その後利用時間が5分を超えるごろ,本件番組において本件楽曲が放送された時間は約1分間であったから,その相当対価額は6万4000円と認めるのが相当である。
(2) 公表権侵害による慰謝料
前記2⑴及び3⑶で認定した各事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件楽曲は平成32年(2020年)に開催される東京オリンピックのテーマ曲として応募することを目的として創作されたものであり,原告としては,本件楽曲を聴いた感想を聞くために,被告Bに対して本件録音データを提供したにすぎなかったにもかかわらず,本件番組(日本テレビ系列28社により放送されている。)において本件楽曲が放送されたことにより,原告は本件楽曲を創作した目的に即した時期に本件楽曲を公表する機会を失ったこと,しかも,本件楽曲は,本件番組において,警視庁が原告に対する覚せい剤使用の疑いで逮捕状を請求する予定であるという報道に関連する一つの事情として紹介されたことにより,本件番組の司会者及び被告Bの発言と相まって,本件番組の視聴者に対して原告が本件楽曲を創作した目的とは相容れない印象を与えることとなったことが認められる。
なお,原告は,本件番組において,原告が覚せい剤の使用により精神的に異常を来したかのような報道をされたことにより,原告の音楽家としてのイメージを毀損され,精神的苦痛を受けた旨主張し,その陳述書にはこれに沿う陳述部分があるが,本件における慰謝料請求は飽くまで本件楽曲に係る公表権侵害を理由とするものであるから,上記認定のとおり,公表権侵害の方法・態様として評価し得る事情の限度で考慮するにとどめるのが相当である。
これらの事情に加え,本件で顕れた一切の事情を併せ考慮すると,被告らによる公表権侵害に対する慰謝料の額は100万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
被告らによる公衆送信権侵害及び公表権侵害と相当因果関係のある弁護士費用の額は11万円と認めるのが相当である。