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著作権判例セレクション

「日めくりカレンダー用デジタル写真集」にかかる著作権の譲渡につき「黙示の同意」の有無が争点となった事例

▶平成19126日東京地方裁判所[平成18()29460]
()本件は,365枚の花の写真を1年間の日ごとに対応させた日めくりカレンダー用デジタル写真集を作成した原告が,原告から同写真集の著作権の譲渡を受けた被告が,インターネット上に開設した携帯電話利用者向けのサイトにおいて,同写真集中の写真を携帯電話の待受画面用の画像として毎週1枚のみを配信し,かつ各配信日に対応すべき写真を用いなかったことが,編集著作物である同写真集の著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして,被告に対して,不法行為に基づく精神的損害についての慰謝料の支払を求めている事案である。

1 はじめに
本件においては,本件写真集がそもそも編集著作物に該当するかという点(争点1),及び本件配信行為が原告の本件写真集に対する同一性保持権の侵害を構成する態様のものかという点(争点2)についても,それぞれ争点となっている。
しかしながら,本件事案の紛争の実体は,原告が,本件写真集の発表の手段として,本件サイトにおいて,本件写真集中の花の写真が「日めくりカレンダー」として画像配信されることを期待していたのに対して,被告による本件配信行為の内容が結果的にその期待に添うものではなかったという行き違いに端を発したものであることに鑑み,当裁判所は,まず争点3(本件配信行為について,原告の明示又は黙示の同意があったか)について判断することが相当であると考える。
2 争点3(本件配信行為について,原告の明示又は黙示の同意があったか)について
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(4) 本件配信行為についての原告の同意の有無について
ア 前記(1)及び(2)において認定した各事実並びに前記(3)エにおいて認定した事実によれば,以下のとおりの事実を認めることができる。
a) 原告の被告に対する当初の提案は,本件写真集中の花の写真を,本件サイトで携帯電話の待受画面用に「日めくりカレンダー」として配信するという企画であった。
しかし,被告側の担当者であるBは,そもそも本件写真集中の花の写真を「日めくり」で配信しなければならないものであるとは考えていなかった。むしろ,Bは,原告に対し,本件サイトの更新がこれまで週1回であったことを告げ,その際に原告がこれにうなずいていたことから,原告に対し,本件写真集中の花の写真を本件サイトの更新に合わせて週1回の割合で更新したいと考えていることを告げたものであり,その上で,その後の原告との交渉を継続した。
b) これに対して,原告は,平成15年1月20日のBとの最初の会談の際,本件サイトにおいて携帯電話の待受画面用の画像を「日めくり」にすることは可能かという質問をし,Bは「技術的には可能である。」と答えている。
しかし,原告は,本件サイトの更新が週1回であることをあらかじめ知っていながら,Bの「技術的には可能である。」というとらえ方によってはあいまいな(少なくとも,本件サイトの当時の更新スケジュールを将来変更して「日めくり」にするという約束をしたものと受け止めることは難しい)回答に対して,現実に「日めくり」にして配信することになるのかどうかを再度確認することもなく,以後は,本件写真集中の花の写真を売却して,本件サイトにおいて配信してもらうための交渉に終始したのである。
そのため,原告がその内心において本件写真集中の花の写真を「日めくり」にして配信して欲しいとの期待を強く持っていたとしても,そのことは被告側の担当者に対しては十分に伝えられておらず,むしろ,原告にとっては,被告に本件写真集中の花の写真を購入してもらうことができるか否かが,被告との交渉においては最重要の関心事であったのである。
イ 上記アにおいて認定した各事実によれば,仮に本件写真集が編集著作物に該当するものであったとしても,原告は,被告が本件サイトにおいて本件写真集中の花の写真を毎週1回の割合で更新して配信することについて,遅くとも本件譲渡行為の時点までには黙示に同意していたものと解さざるを得ない。
また,原告が本件写真集の作成に際して企図した花の写真と1年365日の日付との対応関係についても 「日めくり」にすることによって初めてその配列の連続性に創作的な意義を見出すことができるものであるから,毎週1回の割合による更新,すなわち1週間は同じ花の写真が配信され続けることについて黙示の同意を与えた時点で,原告は,被告が本件写真集中の花の写真から本件サイトにおける配信日に対応すべきものを用いるとは限らないということについても,やはり黙示の同意を与えたものと解するのが相当である。
以上をまとめると,原告は,本件配信行為について黙示に同意をしていたということができる。
ウ これに対して,原告は,黙示の同意をしたことを否認し,原告は毎日1枚の割合で花の写真が配信されることを微塵も疑っていなかったのであるから黙示の同意の前提を欠くと主張する。
これに関連して,原告は,原告本人尋問において,「Bの『日めくりの配信をすることは技術的には可能である。』との答えを聞いて,被告が『日めくり』の配信をしてくれるものと信じて全く心配していなかった 旨を供述している。また,本件配信行為の開始後,原告が被告側に対して,風景の写真の採用を巡る交渉と前後して,花の写真の配信が「日めくり」にならないことについてクレームの電子メールを送信したと認められることは前記(2)のとおりである。これらのことは,原告が本件写真集中の花の写真の配信が「日めくり」となることについて強い期待を抱いていたことをうかがわせるに足りる事情であるということができる。
しかしながら,仮に原告が上記のような期待を抱いていたのだとしても,本件譲渡行為に至る交渉の過程においては,当初の原告の「日めくり」による配信の企画の提案に対し,被告側は本件サイトは週1回の更新である旨を回答しており,原告はこれを黙示に了承しながら,「日めくり」による配信の期待を内心において維持していただけであることは,前記認定のとおりである。「黙示の同意」の有無は,あくまで外部的に現れた客観的事実の総合評価によって判断されるべきものであって,上記のような原告の期待という,原告の内心に留まって外部的に何ら表示されていなかったような事情によって,その判断が左右されるべきものではない。
エ また,原告が,被告に対して,本件配信行為の開始後に,花の写真の配信が「日めくり」ではないことについて電子メールでクレームをつけたことは前記(2)のとおり事実である。しかし,その電子メールの内容を具体的に検討すると,最初の電子メールの内容は,「そろそろ風景の方をお願いしないといけないのですが。加工業者様のご都合もあり,七月にという事だったと思いますので,どうか,なんとか,宜しくお願いいたします。」というものであり,その後の電子メールの内容も,「とにかく,7月の『2セット目の考察』が延期になった事と,『日捲りでない』こと,この二点において全然納得材料が見当たりません。 困っております。急きょ2セット目の購入を決めて頂くことが出来ればまだしも,代金も2セット購入を前提としたときのままだし,大事なコンセプトは水泡だし,どう納得すれば良いのでしょうか。とりあえず,ともかくは,2セット目の購入を至急検討して頂くことと,代金の修正をして頂くこと。それに,日捲りのコンセプトを何とかして生かして頂くこと。この三点について,解決の為の要望として善処して頂きたく存じます。取り急ぎ,何卒,宜しくお願いいたします。」というものである。
これらの電子メールの内容によれば,原告は,被告に対して,①風景の写真の購入,②風景の写真を購入しない場合における本件写真集中の花の写真の代金の増額修正,③「日めくり」のコンセプトをいかすことの三つの要望をしている。これらの要望のうち,③の「日めくり」のコンセプトに係る要望の優先順位は最も低いことが認められる上,原告は,被告が風景の写真を急遽購入すれば,その他の要望については撤回することを示唆していることが認められる。
さらに,前記(2)オにおいて認定したとおり,原告は,上記の各電子メールを送った後に,風景の写真を半分だけでもよいから購入して欲しいと被告に申し入れている。
これらのことは,原告にとっては,風景の写真の「日めくり」というコンセプト自体ではなく,その代金にもっぱら関心があったことを裏付けるものであり,花の写真にあっても同様であったと十分に推認することができる。
そうすると,原告が,被告から購入を二度までも断られたにもかかわらず,原告側で画像を加工してまでも本件写真集中の花の写真を売り込んだことと同様に,上記各電子メールによるクレーム当時の原告の最大の関心事は,風景の写真の売り込みにあったものと認められる。
したがって,原告が,被告に対して,花の写真の配信が「日めくり」でないことについてクレームをつけていたとしても,この事実は,上記イの認定を左右するものではなく,結局のところ,そのクレームの内容を子細に検討すれば,かえって,「日めくり」のコンセプトは,花の写真にあっても風景の写真にあっても二の次にすぎないものであったことが裏付けられるものといえるのである。
オ なお,原告は,本件口頭弁論終結後に提出した「最終準備書面」と題する書面において,「本件写真集中の花の写真が原告の配列した順序に従って使用されるものと信じることについての期待権」が法的保護に値し,それが侵害されたと主張する。
しかし,原告は,前記イのとおり,本件配信行為について黙示の同意をしたのであるから,上記のような期待は,仮にその存在が認められたとしても,原告がその内心に抱いていた事実上のものにすぎず,民法709条に規定する「法律上保護される利益」と認めることはできない。
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第5 結論
よって,本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないかこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。