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著作権判例セレクション
法42条1項の適用を認めた事例(死刑確定者が作成した原稿が同封された信書の発信を許可しない旨の拘置所長の処分が背景にある事例)
▶平成27年6月11日大阪地方裁判所[平成26(ワ)7683]
(注) 本件は,死刑確定者として大阪拘置所に収容中の原告が,①大阪拘置所職員等が,信書を発信する手続に際し,原告の著作物である原稿を騙して提出させた行為,②同職員が同原稿の写しを原告の許諾なく作成した行為,③同職員が,その写しを大阪法務局訟務部職員に交付した行為,④同訟務部職員が同原稿の写し等に基づき書面を作成した行為が,いずれも違法な行為(②,④については著作権侵害行為として)であると主張し,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,損害金等の支払を求めた事案である。
(2)
原告の主張(2)について
ア 原告は,大阪拘置所職員等が本件原稿の写しを原告の許諾なく作成した行為,大阪法務局訟務部職員が別件控訴理由書を作成した行為が,いずれも原告が本件原稿について有する著作権を侵害する違法な行為である旨主張する。
イ 原告による黙示の許諾
被告は,原告が別件訴訟を提起したことにより,本件原稿の複製を黙示に許諾していたものと主張する。
確かに原告が,本件原稿に関する信書の発信不許可の取消しを求める別件訴訟を提起したことからすれば,別件訴訟の第一審手続において本件原稿が証拠提出されていなかった(争いがない)とはいえ,その内容も審理において問題にされ,そのため本件原稿が証拠として提出されることが当初から見込まれていたといえる。しかし,現に原告は,自らその証拠提出をしていたわけではないし,また本件原稿をP22副看守長に交付した当時,別件一審判決が言い渡されただけであって控訴もされていなかったというのであるから,本件原稿の取扱いを巡る訴訟を提起したからといって,その一事から,拘置所職員による本件原稿の複製について,原告が黙示に許諾していたと推認することはおよそできない。
したがって,原告による黙示の許諾をいう被告の主張は失当である。
ウ P10統括の本件原稿の写しの作成について
処遇規程には,死刑確定者が申告表を提出した場合,所轄の統括は,当該死刑確定者との関係,信書の発受を必要とする事情等を踏まえた可否の方針に関する意見を添え,所長の決裁を受けるものと定められているところ,P10統括は,前記認定のとおり,信書の発受の可否についての判断資料とするためP22副看守長を介して本件原稿の提出を受けたものである。そして,本件願箋についての意見を添えて決裁を受けるに際し,その資料として本件原稿の写しを作成して添付したものであるが,本件原稿の原本によらず,写しを作成して添付する行為は,原本の紛失,汚損等のおそれを考慮すれば合理的で,当該職務の遂行として適切な方法であるといえるから,これは処遇規程に定める申告表が提出された場合に行うべき職務に必要な行為として写しを作成したものといえる。
そうすると,P10統括の行為は,著作権法42条1項本文に定める「行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合」に該当するといえる。
したがって,P10統括が本件原稿の写しを作成した行為は,著作権を侵害する違法な行為とはいえない。
エ 別件控訴理由書の作成について
(ア) 原告は,原告の許諾なく作成した本件原稿の写しを利用して別件控訴理由書を作成する行為は,本件原稿についての原告の著作権を侵害するものである旨主張する。
ところで,別件控訴理由書は,本件報告書を引用して作成したものであるので,まず本件報告書作成行為そのものの適法性が問題とされなければならないが,証拠によれば,本件報告書は,本件原稿の提出を受けた経緯及びその体裁等の外観的特徴を説明報告するとともに,その3(2)部分において,別件控訴事件の裁判所に対し,判読が困難な自筆で記載され,当て字も多用されている本件原稿の内容及び形式を簡潔かつ正確に報告できるようにするため,175枚ある本件原稿について,創作的な表現を加えることなく,本件原稿の構成に沿って各話ごとにその要旨を簡潔に記載し,必要に応じて,本件原稿の記載の一部を,他と区別して括弧書きにして引用しているものであるから,その作成行為は,本件原稿の著作権の利用を問題とすべき上記3(2)部分に限っても翻案に当たらず複製にすぎない。
そして,本件報告書は,別件控訴事件に提出するために作成されたものであることからすれば,その作成のためにした複製行為が著作権法42条1項本文に定める「裁判手続のために必要と認められる場合」に該当することは明らかである。また,本件報告書は,前記のとおり175頁にもわたる本件原稿につき簡潔に概要を記載したもので,裁判手続に必要と認められる合理的範囲でその内容を記載したものといえるから,これが特に原告の著作権を不当に害するものとして同項ただし書きを問題とする余地もない。
そうすると,本件報告書の3(2)部分を引用して作成されたと認められる別件控訴理由書も,結局,本件原稿を複製して作成したものということになるところ,この複製行為が著作権法42条1項本文に定める「裁判手続のために必要と認められる場合」に該当することは明らかであるといえるし,また,原告の著作権を不当に害するものとして同項ただし書きを問題とする余地がないことも本件報告書についてみたものと同様である。
したがって,本件報告書及び別件控訴理由書を作成する行為は,いずれも原告の著作権を侵害する違法な行為とはいえない。
なお,原告は,著作権法42条における「著作物」には未発行のものは含まれないから,本件原稿の複製について同条1項は適用されない旨主張するが,日本国民の著作物であれば著作権法の保護を受けるものであり(同法6条1項),他にこれを制限する規定もないことからすれば,原告の主張は理由がない(本件原稿は,未公表の原稿であるが,その写しが行政機関内で利用されたことによっては公表されたとはいえないし,また別件訴訟及び本件訴訟においても,その内容は本件報告書で示された概略程度でしか知り得ないので,これまた本件原稿が公表されたとはいえず,いずれにしても,本件において,著作権法18条の公表権侵害の問題は生じない。)。