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著作権判例セレクション
氏名表示権の非侵害事例(演芸(単独ライブ)で使用する小道具が問題となった事例)
▶令和7年4月24日知的財産高等裁判所[令和6(ネ)10079]
(注) 本件は、原告が、演芸家として活動する被告に対し、原告は本件各小道具を制作して被告に提供したとした上で、①本件各小道具は原告が著作した著作物であり、被告が著作者名を表示しなかったことが著作者人格権(氏名表示権)侵害に当たると主張して、不法行為に基づき、慰謝料等の支払、並びに著作権法115条に基づく名誉回復措置として謝罪文の掲載を求めるとともに、②原告が本件各小道具の制作者である旨を被告が公表する旨の合意(本件合意)があったと主張して、債務不履行(履行遅滞)に基づき、前記同額の損害賠償金の支払(単純併合)を求める事案である。
原審が、①原告は著作者名を表示しないことに同意したと認められるから、氏名表示権の侵害は認められない、②原被告間で本件合意が成立したとは認められないとして、原告の請求をいずれも棄却したところ、原告がこれを不服として控訴した。
1 当裁判所も、原告の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
なお、原告は、各争点のうち争点3及び6のみを判断した原判決の判断枠組みを非難するが、①仮に、争点1において本件各小道具の著作物性が認められ、争点2において原告が著作者と認められることを前提としても、氏名表示権侵害(争点3)が認められなければ、不法行為(氏名表示権侵害)に基づく請求に理由がなく、②本件合意(争点6)の成立が認められなければ、その余の点について判断するまでもなく、債務不履行に基づく請求に理由がないことは明らかである。したがって、原判決の判断枠組みに何ら誤りはない。
その上で、当裁判所は、事案に鑑み、念のため、争点1及び2についても検討することとする。
2 認定事実
(略)
5 争点3(氏名表示権侵害の成否)について
⑴ 氏名表示権は、著作者が原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利であるところ(著作権法19条1項)、原告は、被告が本件各小道具を被告演芸に使用して公衆に提示しながら、被告演芸後も長期間にわたり、本件各小道具の制作者が原告であることを表示しなかったことが、原告の氏名表示権を侵害する旨主張する。
これに対し、被告は、①原告は、本件各小道具の提供に当たり、公衆への提示に際して原告の氏名を表示しないことに同意していた、②原被告間では、被告が本件各小道具を被告の制作物として使用し、原告は氏名表示権を行使しないことを合意していた旨主張する。
⑵ まず、本件各小道具を使用した被告演芸における原告の著作者名の表示について、原告は、原審第11回弁論準備手続調書によれば、令和6年6月7日の同期日において、制作者名不言及等事実(原告が、被告に本件各小道具を提供するにあたって、被告演芸の中で、あるいは、劇場及びテレビ番組放映中並びにプログラムにおいて、本件各小道具の制作者名ないし著作者名に言及しないことは、当然の前提とされていたこと)を「認める。」と述べている。原告は、当審において、原告の発言の趣旨は、制作者名不言及等事実は、本件のメインの争点ではないという趣旨であった旨主張するが、原告の主観的意図がいかなるものであれ、客観的にみれば、原告が、弁論準備手続期日において制作者名不言及等事実の存在を認めたことに変わりはない。それのみならず、以下に述べるとおり、原告は、令和2年5月頃まで、被告演芸やテレビ番組等において本件各小道具の制作者が原告である旨の言及がされることがなかったにもかかわらず、被告演芸のための作品の提供を続けていたことが認められる。このような原被告の関係に照らすと、制作者名不言及等事実の存在が推認されるというべきであり、これに反する原告の主張は、採用することができない。
すなわち、前記2の認定事実によれば、①被告は、原告に最初に小道具制作を依頼した平成26年8月ころ、被告演芸の際の表示に限らず、原告が小道具を制作した事実の公表自体を、少なくともしばらくはしないで欲しいと求め、原告はこれを拒絶しなかったこと、②被告は、同年9月から令和2年5月頃まで、原告から提供された本件各小道具(本件小道具1、27、101、103を除く。)を使用して被告演芸を行ったが、その際、原告から提供されたものを含め、小道具の制作者名を表示したことはなかったこと、③にもかかわらず、原告は、令和2年5月頃まで、本件各小道具(本件小道具1、103を除く。)を被告に提供し、一部の小道具については自ら提供を申し出ており、平成28年9月6日には、被告が使用する小道具を原告が制作している事実を関係者に知られたくないとの被告の意向に配慮しつつ、大道具というべき本件小道具62(櫓)については、原告の制作作業を関係者に見られる場所で行っても構わないのではないかとの趣旨を被告に提案していることが認められる。
さらに、原告本人の供述及び陳述書においても、原告が被告に求めていたと述べているのは、原告自身がツイッターで発表すること、又は被告がツイッターなどで事後に発表することであって、被告演芸そのものの場において表示等をすることではない。
そして、原告が被告に対し、「僕が作ってない話になるものは、製作を控えさせてください。」等、従前の在り方では小道具作成に応じられない旨を明確に告げた後に作成された本件小道具103についても、原告が当時求めたのは、「早めにパタンナー採用をしれっと発表する作戦」や、「『Yさんの作品を今回はXが作らせていただきました』と発表する件」、具体的には、原告が「ちゃんと対応」したと述べた被告のツイッターによる本件告知であったと認められ、被告演芸の場において表示等をすることではない。
以上によれば、本件各小道具(本件小道具1を除く。)が被告演芸において、それぞれ提示される際、制作者である原告の氏名を表示しないことについて、当時、被告は、同意を与えていたものと認められる。
⑶ これに対し、原告は、本件各小道具を提供し続けたのは、厳しい上下関係や被告からの圧力等があったためである旨主張する。
しかし、前記の原被告間のやりとりや、前記で掲げた多数のLINEメッセージのやりとりをみても、原告には先輩である被告に対する遠慮があったことは認められるが、人間関係において、相手との関係に配慮し、不本意であっても自己の主張を抑えることは通常あり得ることであり、不本意ながら同意したからといって、直ちに同意の効力が否定されるわけではない。本件において、被告が原告に対し社会通念上許容される限度を超えて圧力を加えたり、原告の意思が不当に抑圧されていたりしていたと窺われるまでの事実は認められないから、原告の主張は採用することができない。
その余の原告の主張は、前記⑵の認定に照らし、いずれも採用することができない。
他方、被告は、本件各小道具を被告の制作物として使用する合意があった旨主張するが、被告本人尋問においても、そのような合意をした時期についての供述はあいまいで、具体的なやりとりの内容も不明であり(尋問調書8、9頁)、他に被告の主張を裏付ける証拠はないから、当該主張を認めることはできない(原告の指摘する「ゴーストライター契約」が、この被告の主張を指すのであれば、同様にそのような契約の存在は認められない。)。
⑷ 以上によれば、本件各小道具を被告の制作物として使用する旨の合意やゴーストライター契約の存在は認められないが、原告は、被告に対し、被告演芸において本件各小道具が公衆に提示された当時、その制作者として表示されないことについて同意を与えていたのであるから、被告が、被告演芸による本件各小道具の公衆への提示に際し、原告の氏名を表示しなかったことが、原告の氏名表示権の侵害に当たるということはできない。
そして、被告演芸後に原告が制作者であることを表示しなかったことについては、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)が既に終了しているのであるから、氏名表示権に基づいて「著作物の公衆への提供若しくは提示」に際しての著作者の「表示」を求める前提を欠いているというべきであり、本件合意の債務不履行の問題となることは別として、原告の氏名表示権の侵害に当たるということはできない。
⑸ したがって、その余の点を判断するまでもなく、氏名表示権侵害に基づく原告の損害賠償請求及び名誉回復措置請求は、理由がない。
6 争点6(本件合意の成否)について
⑴ 原告は、平成26年7月か8月頃、「ちなみに今後の作品は、公表してくれるんですよね」と言ったところ、被告は、「もちろんだよ。ただ、今すぐには、Xの方から作ったとは言わないでほしい。」と答え、これにより、小道具の制作者が原告であることを公表するとの本件合意が成立したと主張し、原告本人尋問の結果中には、これに沿う供述部分がある。
しかし、同供述部分は、これを裏付ける客観的な証拠がない上、被告本人尋問の結果中の反対趣旨の供述に照らし、にわかに採用することができず、他に本件合意の成立を認めるに足りる的確な証拠はない。
⑵ かえって、本件小道具103に係る本件告知を除き、被告は、本件各小道具の制作者が原告であることを公表していないところ、前記2の認定事実のとおり、①被告は、原告に最初に小道具制作を依頼した平成26年8月ころ、原告が小道具を制作した事実を、少なくともしばらくは公表しないで欲しいと求め、原告はこれを拒絶しなかったこと、②原告は、そのころから令和2年5月頃まで、本件各小道具(本件小道具1、103を除く。)を被告に提供し続け、③一部の小道具については自ら提供を申し出ており、④平成28年9月6日には、被告が使用する小道具を原告が制作している事実を関係者に知られたくないとの被告の意向に配慮した提案を被告にしていることが、それぞれ認められる。
これらの事実は、本件合意と整合しない事実であり、本件合意が成立していなかったことを推認させるものである。
なお、原告が小道具を提供し続けたことについて、原告の意思が不当に抑圧されていたとまでは認められないことは、前記5⑶のとおりである。
⑶ 原告本人は、「依頼を受けるときに今回は発表してくださいというのを毎回確認してます。」と供述するところ、被告本人も、原告から小道具の制作者が原告であることを公表あるいは表示するよう、口頭では3、4回程度求められたとの限度では認めているが、原被告間の多数のLINEメッセージのやりとりにおいて、令和2年10月より前には、本件各小道具の制作者が原告であることの公表について触れた内容のものはない。
平成29年3月15日の「Yさんデザイナー、でXがパタンナーでいつでも参加します」とのLINEメッセージは、原告が制作に関与していることを何らかの形で公にすることを促す内容とみることもできるが、その前から続く文脈をみても、本件合意の成立を前提に、その履行を催告するものとまではいえない。
原告が被告に対し、従前の在り方では小道具作成に応じられない旨を明確に告げた令和2年10月24日のLINEメッセージにおいて、原告は、「昔は僕も少しでもお仕事につながればと思ってました。何度かYさんがプロデュース、X製作で展開させることを提案しましたが、次の展開はなく、」等と述べているが、このメッセージの内容も、本件合意の成立やその不履行を指摘するものとはいえない。
これらの事情を総合すると、令和2年10月より前において、原告が被告に対し、小道具の制作者が原告であること(少なくとも、実際の制作に関与していること)の公表を求めたことは相当回数あったと認められるが、被告はその度に言葉巧みに拒絶し、だからこそ原告は様々な言い方で提案を繰り返してきたとみるのが相当であって、本件全証拠によっても、同月より前に、小道具の制作者が原告であることを被告が公表する合意に至ったことを認めるに足りない。
⑷ もっとも、令和2年10月以降のLINEメッセージのやりとり、その他本件小道具103に係る経緯によれば、原告が、令和2年10月24日、被告に対し、被告がテレビ番組において原告が作成した小道具を自分が制作したかのように述べることは問題であり、今後は被告のための制作を控える旨述べたこと、同月27日、原告と被告は、約27分にわたりLINE通話をしたこと、その後、令和3年2月、原告は、被告からの小道具制作の依頼を引き受け、本件小道具103を制作し、被告に引き渡したこと、原告は、同月26日、被告に対し、「先日お願いした『Yさんの作品を今回はXが作らせていただきました』と発表する件、今回から許可いただけますでしょうか」等と述べたこと、これに対し、被告は、いったん先送りするような態度を示したが、同月27日までに配信された被告の動画を見た原告から強い抗議を受け、同日、被告のツイッター上で、本件告知をしたことが認められる。これらの事実によれば、遅くとも、令和3年2月に原告が被告からの本件小道具103の制作依頼を引き受けた頃までには、被告は、原告に対し、原告が今後制作する小道具について、何らかの形で原告が制作した事実を公表する旨の約束(以下「本件約束」という。)をしていたこと、同月27日、被告が本件小道具103に係る本件告知をしたことにより、本件約束が履行されたことが推認されるというべきである。
しかし、前記事実によっても、被告が、過去に原告が制作した各小道具についても、制作者が原告である旨公表する約束をしたことまでは推認することができず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。また、本件小道具103の制作後、本件告知までの間に原告が被告からの依頼により制作した別の小道具があることを認めるに足りる主張立証もない。したがって、本件約束については、全部履行されており、未履行部分はない。
⑸ 原告は、本件合意の成否についてさまざまに主張するが、これまで述べた理由により、原告の主張は採用することができず、本件合意の成立は認められない。
仮に、本件約束が本件合意であると考えたとしても、前記のとおり、本件約束は履行済みであるから、被告に債務不履行はない。
⑹ そうすると、その余の点を判断するまでもなく、本件合意の債務不履行に基づく原告の損害賠償請求は、理由がない。
7 結論
よって、原告の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。