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著作権判例セレクション

虚偽の著作権侵害申告による人格権侵害に基づく精神的損害の賠償を求めることの可否/将棋の動画配信の不正競争該当性(経済的損害)及び一般不法行為該当性(精神的損害)が争われた事例

令和6226日東京地方裁判所[令和5()70052]▶令和7219日知的財産高等裁判所[令和6()10025]
()原告は、YouTube上で公開されていた別紙の各動画(「原告各動画」)の著作権を保有するところ、被告が、YouTubeに対し、原告各動画が著作権を侵害している旨の申告(「本件著作権侵害申告」)をし、原告各動画は、YouTubeから削除された。
本件は、原告が、本件著作権侵害申告が不正競争防止法2条1項21号にいう虚偽告知行為を構成するとともに、原告の人格的利益を侵害すると主張して、不正競争防止法4条及び民法709条に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案である。
これに対し、被告は、不正競争防止法及び不法行為(ただし、原告主張に係る人格的利益が民法709条にいう「法律上保護された利益」に該当するかどうかという争点を除く。)に関する侵害論は、争わないと答弁した。したがって、本件の争点は、「法律上保護された利益」該当性及び損害論(経済的損害は不正競争防止法に基づくもの、精神的損害は不法行為に基づくものをいう。以下同じ。)であるとされた。

1 争点1(「法律上保護された利益」該当性)について
原告は、本件において虚偽の事実を告知等されたことによって、経済的損害につき不正競争防止法2条1項21号に基づく損害賠償請求権が発生するほかに、併せて人格的利益を侵害するものとして、別途不法行為に基づく損害賠償請求権が発生する旨主張する。
そこで検討するに、人格権ないし人格的利益とは、明文上の根拠を有するものではなく、生命又は身体的価値を保護する人格権、名誉権、プライバシー権、肖像権、名誉感情、自己決定権、平穏生活権、リプロダクティブ権、パブリシティ権その他憲法13条の法意に照らし判例法理上認められるに至った各種の権利利益を総称するものであるから、人格的利益の侵害を主張するのみでは、特定の被侵害利益に基づく請求を特定するものとはいえない。しかしながら、原告は、裁判所の重ねての釈明にもかかわらず、単なる総称としての人格的利益をいうにとどまることからすると、原告の主張は、請求の特定を欠くものとして失当というほかない。
もっとも、原告は、原告主張に係る人格的利益とは、最高裁平成16年(受)第930号同17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1569頁(平成17年判決)にいう著作者の人格的利益と同趣旨のものであり、大阪高裁令和4年(ネ)第265号、第599号同4年10月14日判決(令和4年判決)も、その趣旨をいうものである旨主張する。
仮に、原告主張に係る人格的利益が、上記判例を引用する限度で特定されているものと善解したとしても、平成17年判決は、著作者の思想の自由,表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることに鑑み、公立図書館において閲覧に供された図書の著作者の思想、意見等伝達の利益を法的な利益として肯定するものであり、その射程は、公立図書館の職員がその基本的義務に違反して独断的評価や個人的好みに基づく不公平な取扱によって蔵書を廃棄した場合に限定されるものである。そうすると、私立図書館その他の私企業における場合は、明らかにその射程外というべきものであるから、平成17年判決は、私企業であるYouTubeにおける投稿動画に係る伝達の利益が問題とされている本件には、適切なものといえない。
また、原告が引用する大阪高裁令和4年(ネ)第265号、第599号同4年10月14日判決(令和4年判決)は、人格的利益に関わるものと説示しつつも、投稿者の営業活動を妨害するという側面をも踏まえたものであるから、精神的価値という法益に限定して法的利益性が主張されている本件には、必ずしも適切ではない。のみならず、平成17年判決が、上記のとおり、伝達の利益を法的な利益として肯定する場面を、公立図書館の職員による極めて不公平な取扱等の場合に制限している趣旨に照らしても、憲法で保障されている表現の自由から、直ちにYouTubeにおける投稿動画に係る伝達の利益を肯定するのは相当ではない。
その他に、原告は、著作権法、電気通信事業法その他の法令を縷々指摘して、原告主張に係る人格的利益が重要性の高い法益である旨主張するものの、原告が掲げる法令は、原告主張に係る人格的利益を保護するものとはいえず、上記において説示したところに鑑みると、原告の主張は、その特定及び根拠を欠くものであり、採用の限りではない。
2 争点2(損害額)について
⑴ 原告各動画の再生回数に係る逸失利益 1万6511円
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⑶ 精神的損害
原告主張に係る人格的利益が「法律上保護された利益」に該当するものとはいえないことは、前記1において説示したとおりである。したがって、これに該当することを前提とした原告の精神的損害に係る主張は、その前提を欠く。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
⑷ 弁護士費用 1600円
本件事案の内容、難易度、審理経過及び認容額等に鑑みると、これと相当因果関係があると認められる弁護士費用相当損害額としては、1万6511円の約1割である1600円と認めるのが相当である。そして、本件事案に鑑みると、弁護士費用相当損害額は、原告各動画に按分してこれを認めるのが相当であるから、按分に係る弁護士費用相当額は、次のとおりと認めるのが相当である。

[控訴審同旨]
当裁判所も、控訴人の請求は、1万8111円及びうち8805円に対する令和4年2月12日から、うち1742円に対する令和5年1月9日から、うち5228円に対する同月10日から、うち2336円に対する同月22日から、各支払済みまで年3パーセントの割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は、控訴人が当審で拡張、追加した請求を含めて理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 争点⑴(本件著作権侵害申告が控訴人に対する不法行為となるか否か)について
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⑵ 前提事実及び上記⑴の認定事実を基に、著作権侵害がないにも関わらず著作権侵害申告がされて一定期間YouTubeにおける動画の公開が停止された場合、不正競争防止法2条1項21号(虚偽告知)、4条に基づく損害賠償以外に不法行為が成立するかについて検討する。
ア 著作権侵害申告がされると、一定期間YouTubeにおける控訴人各動画の公開が停止されるが、インターネット上で動画配信サービスを提供するウェブサイトはYouTube以外にも存在しており、それらのウェブサイトを通じて動画を公衆の閲覧に供して表現活動を行うことは可能であり、YouTubeでの動画の公開が停止されたことによって、インターネット上で動画を公衆の閲覧に供する手段がなくなるわけではない。
YouTubeはグーグルという私企業が提供する動画配信サービスであり、動画の投稿者は、投稿のためにグーグルに代金を支払う必要はなく、むしろ、動画の閲覧数に応じて、YouTubeで流される広告からの収入の分配を得ることができる。グーグルはYouTubeの動画配信に関する規定、ポリシー及びガイドラインを定めてこれらを公表しており、動画の投稿者は、これらの規定やポリシー等の範囲内で、動画の投稿を行うものとされている。そして、グーグルは、YouTubeにおける動画による著作権侵害への対応として、投稿された動画に対して第三者が著作権侵害による削除通知(著作権侵害申告)を行った場合、当該通知が無効でなければ、動画の投稿者の意見を求めることなく、当該動画を削除(配信停止)し、動画の投稿者は、当該動画の配信の再開を求めるのであれば異議申立てを行うものとしており、このようなYouTubeの著作権侵害に係る制度は、グーグルによるYouTubeの動画配信に関する規定・ポリシーの一つであるといえる。そうすると、YouTubeに動画を投稿する者は、著作権侵害への対応について上記のような制度設計をしているYouTubeを自ら選択して、代金の支払をすることなく動画投稿を行い、閲覧数に応じて広告収入の配分を得ているのであって、著作権侵害申告に対して上記のような対応がとられることを前提として、著作権侵害に関する上記制度を含むものとしてのYouTubeのシステムを利用していると認められる。
そうであるとすれば、YouTubeの著作権侵害に係る制度に則っていることを前提として、著作権侵害がないにも関わらず著作権侵害申告がされて一定期間YouTubeにおける動画の公開が停止され、著作権侵害があると考えて著作権侵害申告したことについて過失がある場合、一定期間動画が削除(配信停止)されたことにより、動画の配信がされていれば得られるはずであった収入を得られなかったという経済的損害について不正競争防止法2条1項21号(虚偽表示)、4条に基づく損害賠償が認められるとしても、それ以外に動画投稿者の表現の自由その他の権利又は法律上保護される利益が違法に侵害されたとは認められず、不法行為の成立は認められないというべきである。
イ もっとも、著作権侵害がないことを認識しながら、特定の動画投稿者について多数回にわたって著作権侵害申告を行い、動画の公開を妨げるような場合や、著作権侵害がないことを明確に認識してなくとも、著作権侵害申告を行う目的やそれに伴う行為の態様等の諸事情に鑑み、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合は、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたものとして、例外的に不法行為の成立が認められる場合があるというべきである。
⑶ そこで、本件について検討する。
本件において、被控訴人は、過失の存在を積極的に争わないことから、著作権侵害があると考えて著作権侵害申告したことについて被控訴人に過失があったことは認められる。控訴人は、さらに、被控訴人が著作権侵害のないことを認識しながら意図的に本件著作権侵害申告を行った旨主張する。しか し、被控訴人が著作権侵害のないことを認識しながら意図的に本件著作権侵害申告を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
また、控訴人は、被控訴人が削除申告を行うに当たり、侵害された権利として当初「その他の権利」を選択していたのを後に「著作権」と変更したこと、著作権侵害申告が複数回にわたったこと、控訴人動画3以外の控訴人の動画についての著作権侵害申告が第三者の名称を使用して行われたこと等から、被控訴人の行為は悪質であり、控訴人の表現の自由を侵害し、社会的許容性のない違法なものである旨主張する。しかし、控訴人の主張に係るこれらの事情を考慮しても、上記のとおり、被控訴人は著作権侵害のないことを認識しながら意図的に著作権侵害申告を行ったものではなく、基本的にYouTubeの著作権侵害に係る制度の範囲内での行動にとどまっていたといえるから、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合に該当せず、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたとは認められず、不法行為の成立が認められる場合には該当しないと認められる。
したがって、本件においては、不正競争防止法2条1項21号(虚偽表示)、4条に基づく損害賠償の他に、不法行為の成立は認められないというべきである。
⑷ 控訴人の主張に対する判断
控訴人は、原判決のとおり、本件著作権侵害申告により、控訴人の表現の自由等が侵害され、不法行為が成立すると主張するが、控訴人の主張は上記の判断を左右するものではない。
2 争点⑵(損害額)について
争点⑵につき、当裁判所は、原判決と同じく、被控訴人の行為によって控訴人に生じた損害の金額は、1万8111円であると認める。その理由は以下のとおりである。
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⑵ 精神的損害
前記1のとおり、本件においては、不正競争防止法2条1項21号(虚偽表示)、4条に基づく損害賠償の他に、不法行為の成立は認められないというべきであるから、本件著作権侵害申告と相当因果関係のある精神的損害の発生は認められない。
⑶ 異議申立費用
控訴人は、原判決のとおり、異議申立てを弁護士に委任したことにより負担した16万5000円は、被控訴人の行為と相当因果関係のある控訴人の損害であると主張する。
しかし、YouTubeに投稿した動画に対して著作権侵害申告をされた動画の投稿者が行う異議申立ての手続は、前記1⑴イに認定のとおりであり、弁護士の代理人に委任しなければ手続の遂行が困難であるとは認められない。
控訴人は、被控訴人に氏名及び住所を知られたくないと考えており、これらの情報を被控訴人に知られないようにするため代理人に手続を委任せざるを得なかった旨主張するが、本件著作権侵害申告の態様に照らし、控訴人が氏名及び住所を被控訴人に知られることによって、控訴人に具体的な危険又は不利益が生じるおそれがあったとは認められないから、控訴人が、異議申立ての手続を弁護士の代理人に委任した動機が控訴人の主張のとおりであったとしても、そのことをもって、異議申立ての手続の委任のために生じた費用が、被控訴人の本件著作権侵害申告と相当因果関係を有する損害と認められることにはならない。
したがって、控訴人の主張する異議申立ての費用が、被控訴人の行為と相当因果関係のある控訴人の損害であると認めることはできない。
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3 争点⑶(差止めの可否)(当審における控訴人の追加主張に基づく争点)について
控訴人は、前記のとおり、被控訴人の不正競争行為に関して差止めを命ずる必要があると主張する。
そこで検討すると、控訴人は、前記のとおりの差止請求を当審において追加し、差止めの対象とする被控訴人の行為を、控訴人が配信する動画が被控訴人の著作権を侵害している旨をグーグルに告げることとしているが、将来仮に控訴人が被控訴人の著作権を侵害する動画を配信した場合も、当該動画が著作権侵害であることをグーグルに告げることが差止めの対象となるなど、差止めの対象とする行為が極めて広範であって、特定が不十分であり、このような差止請求を認める必要性は認められない。
また、被控訴人が、本件訴訟において、控訴人各動画が被控訴人の著作権を侵害したとの主張をしておらず、本件著作権侵害申告が不正競争防止法2条1行為21号に該当するとの控訴人の主張を争っていないことからすれば、被控訴人が再び控訴人の配信する動画について著作権侵害申告を行う可能性はそれほど高いとはいえず、この点も考慮に入れるならば、上記のような広範な差止めを認める必要性はなおさら認められない。
以上によれば、争点3に関する控訴人の主張は採用することができず、控訴人の差止請求は認められない。