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著作権判例セレクション

性格検査用紙の侵害を認定した事例

▶平成190612日大阪地方裁判所[平成17()153]
1 争点1-1(本件用紙の著作物性)について
(1) YG性格検査用紙の開発経緯について,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
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(2) 上記認定事実によれば,本件用紙は,昭和41年用紙に依拠してこれに改変を加えたものであり,昭和41年用紙は,昭和30年代用紙に依拠してこれに改変を加えたものであり,さらに昭和30年代用紙は,昭和32年論文に依拠して開発・作成されたものであることが認められる。
したがって,本件用紙の著作物性の有無を検討するためには,昭和32年論文と昭和30年代用紙の関係,昭和30年代用紙と昭和41年用紙の関係,昭和41年用紙と本件用紙の関係を検討する必要がある。
そこで,まず,昭和32年論文,昭和30年代用紙,昭和41年用紙及び本件用紙の内容について見てみると,上記(1)認定事実及び証拠によれば,次のとおりであることが認められる。
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(3) 上記(2)認定の事実により,昭和32年論文,昭和30年代用紙,昭和41年用紙及び本件用紙を対比すると,次のとおりである。
ア 昭和32年論文と昭和30年代用紙
昭和30年代用紙における質問文の配列,質問文の内容,プロフィールの構成は,いずれも昭和32年論文で発表された内容と同一であり,そこに何らかの創作的部分が新たに付加されたものとは認められない。
したがって,昭和30年代用紙は,昭和32年論文に依拠し,その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製したもの,すなわち複製したものにすぎず,それ自体としては昭和32年論文とは別の著作物と認めることはできない。
イ 昭和30年代用紙と昭和41年用紙
() 昭和30年代用紙と昭和41年用紙は,いずれも三つ折り・六面の用紙で,①表紙,②質問文,③回答表,④粗点集計欄,⑤プロフィール表を構成要素としている点で共通している。
() 他方,両用紙は,質問文の配列,プロフィールの構成,系統値の表示の有無及びプロフィール判定基準の有無において相違する。
() ところで,証拠によれば,質問文の配列及びプロフィールの構成は,YG性格検査の中核的部分をなすものであることが認められる。
したがって,昭和41年用紙は,質問文の配列及びプロフィールの構成という具体的表現において,昭和30年代用紙にはない創作的部分を新たに付加したものである。したがって,昭和41年用紙は,既存の昭和32年論文(前示のとおり昭和30年代用紙は昭和32年論文に依拠しその内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製したものである。)に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作したものであり,既存の昭和32年論文を翻案したものというべきである(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。したがって,昭和41年用紙は,昭和30年代用紙が依拠した昭和32年論文を翻案することにより創作された二次的著作物(著作権法2条1項11号)に該当するものというべきであり,質問文の配列及びプロフィールの構成という具体的表現に新たな著作物性を認めることができる。そして,昭和41年用紙について著作権は,P1に帰属することが明らかである。
ウ 昭和41年用紙と本件用紙の関係
() 昭和41年用紙と本件用紙は,いずれも三つ折り・六面の用紙で,表紙,②質問文,③回答表,④粗点集計欄,⑤プロフィール表,⑥プロフィール判定基準を構成要素としている点で共通しており,質問文の配列及びプロフィールの構成も同一である。
() 他方,昭和41年用紙と本件用紙との間には,被告ら主張の次のような相違点がある。すなわち,①昭和41年用紙の表紙には, 「矢田部ギルフォド性格検査」との表示はあるが,本件用紙にある「YG性格検査」の表示がないこと,②本件用紙には,裏側の最上面に,質問文を分断する点線とこの点線中の「(この線で半分だけ折りまげる)との表示があるが,昭和41年用紙にはこれらがないこと,③本件用紙には,表紙の反対側の記入欄の枠内に,ルビンの杯を二重の円とその間の「INSTITUTE FOR PSYCHOLOGICAL TESTING」の文字で囲んだマークがあるが,昭和41年用紙にはこれらがないこと,④本件用紙には,回答欄の裏側にカーボンパターン間の黒色の塗りつぶしがあるが,昭和41年用紙にはこれがないこと,⑤昭和41年用紙の回答欄の○△○の表示は,本件用紙のそれに比べて著しく太いこと,⑥質問文の内容に異なる部分があること(第19問,第23問,第31問,第59問,第82問,第103問)構成者3名(P1ら3名)の記載の順序が異なること,氏名・生年月日欄の構成が,昭和41年用紙では「在学(または)出身学校名」,「なまえ」・「生れた年・月・日」,「性別(○でかこむ)」,「備考」の各欄から構成されているのに対し,本件用紙では,「所属団体 」,「氏名」,「生年・月・日」,「性別(でかこむ)」,「検査月日」,「備考」の各欄から構成されていること,以上の相違点がある。
() そこで,検討するに,昭和41年用紙と本件用紙は,YG性格検査の中核的部分をなす質問文の配列及びプロフィールの構成が同一である一方,両者の相違点は,いずれも表現上の形式的な事柄であって,本件用紙中昭和41年用紙から改変された部分は「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)とは認められない。
したがって,本件用紙は,昭和41年用紙に依拠し,その内容及び形式を覚知させるものを「有形的に再製 」(著作権法2条1項15号)したもの,すなわち,昭和41年用紙を複製したものと認められる。
エ 以上のとおり,本件用紙は,昭和41年用紙を複製したものにすぎず,これに何ら創作的な部分を付加したものではないから,昭和41年用紙とは別の著作物とは認められない。
しかしながら,原告らは,本件用紙の著作物性に関連して,「原告Xの有する著作権は,本件用紙それ自体だけではなく,本件用紙を構成する部分(具体的には,質問事項120問やプロフィール表等)についても及んでいる。」と主張している。この主張にかんがみると,原告Xの請求は,被告用紙が,上記のとおり本件用紙と同一性を有する昭和41年用紙を複製又は翻案したものであると主張するものと善解することができる。
したがって,以下においては,被告用紙が,昭和41年用紙において新たに付加された創作的部分である質問文の配列及びプロフィール表の構成において昭和41年用紙と同一性を有するか,すなわち被告用紙が昭和41年用紙を複製又は翻案したものであるか否かについて検討することになるが,上記のとおり,本件用紙と昭和41年用紙とは,昭和32年論文(昭和30年代用紙)に新たに付加された創作的部分において同一であるから,以下においては,便宜上,本件用紙を被告用紙と対比する対象として,被告用紙が本件用紙に依拠してこれを複製又は翻案したものであるか否かを検討することとする。
2 争点1-2(YGPI用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
(1) 証拠によれば,YGPI用紙は,別紙検査用紙目録4のとおり,本件用紙と同様,三つ折り・六面の用紙で,①表紙,②質問文,③回答表,④粗点集計欄,⑤プロフィール表,⑥プロフィール判定基準を構成要素としていること,質問文の配列及びプロフィールの構成が本件用紙と同一であること,他方,本件用紙とYGPI用紙との間には,被告ら主張の相違点があること,すなわち,本件用紙は,表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示があるのに対し,YGPI用紙は,表紙に「性格検査」という表示や教授名の表示はなく,ルビンの杯のイラストに重ねて,丸みのある文字で「YG Personality Inventory」と表示されていることが認められる。
(2) 上記のとおり,YGPI用紙は,本件用紙(昭和41年用紙)の上記創作的な部分を備えており,同部分において同一であるから,本件用紙に依拠し,その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製,すなわち複製したものといえる。
上記認定の両者の相違点は,表現上の形式的な事柄にすぎないから,YGPI用紙が本件用紙を複製したものであることを否定するに足りる本質的な相違とは認められない。
争点1-3(旧ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
(1) 証拠によれば,旧ハイブリッド用紙は,別紙検査用紙目録5のとおり,①質問文,②回答表,③粗点集計欄,④「YGPIコンピュータ判定データ入力シート」,「コンピュータによる判定解析法」を構成要素としているところ,質問文の配列及びプロフィールの構成は本件用紙と同一であること,他方,本件用紙と旧ハイブリッド用紙との間には被告ら主張の相違点,すなわち,本件用紙が三つ折り・六面の1枚の用紙からなるのに対し,旧ハイブリッド用紙は,2枚の紙を切り離し可能に接着した用紙1枚と,別紙1枚の合計2枚からなること,本件用紙においては,プロフィール表は,その下の生年月日欄,性別欄,検査年月日欄,判定欄と一体になった構成で,粗点集計欄とプロフィール表との間に比較的広い間隔があり,この間隔には折り目,カーボンが設けられているのに対し,旧ハイブリッド用紙においては,粗点集計欄とプロフィール表との間にわずかな間隔しかなく,この間隔には学年・組・番号欄,姓名欄,年齢欄,性別欄が,粗点集計欄やプロフィール表とは分離した態様で設けられていること,以上の相違点があることが認められる。
(2) 上記のとおり,旧ハイブリッド用紙は,本件用紙(昭和41年用紙)の上記創作的な部分を備えており,同部分において同一であるから,本件用紙に依拠し,その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製,すなわち複製したものといえる。被告ら主張の相違点のうち,用紙の枚数及び構成の点は機能的な事柄にすぎず,その余はいずれも表現上の形式的な事柄にすぎない。また,旧ハイブリッド用紙の構成要素④の「YGPIコンピュータ判定データ入力シート」は,本件用紙の構成要素⑤のプロフィール表に相当するものであり,旧ハイブリッド用紙の構成要素⑤の「コンピュータによる判定解析法」は,系統値の算出方法を説明した上でコンピュータ判定解析を行うことを示しただけのものである。したがって,上記認定の両用紙の相違点は,旧ハイブリッド用紙が本件用紙を複製したものであることを否定するに足りる本質的なものとは認められない。
4 争点1-4(新ハイブリッド用紙は本件用紙を複製又は翻案したものか。)について
(1) 証拠によれば,新ハイブリッド用紙は,別紙検査用紙目録6のとおり,①質問文,②回答表,③粗点集計欄,④プロフィール表,⑤「系統値の求め方」を構成要素としているところ,質問文の配列及びプロフィールの構成は本件用紙と同一であること,他方,本件用紙と新ハイブリッド用紙との間には,被告ら主張の相違点,すなわち,本件用紙が三つ折り・六面の1枚の用紙からなるのに対し,新ハイブリッド用紙は,3枚の紙を切り離し可能に接着した用紙1枚と別紙1枚の合計2枚からなること,本件用紙では,粗点集計欄とプロフィール表が同一見開き内に配置されているのに対し,新ハイブリッド用紙では,このような構成は採用されていないこと,そして,新ハイブリッド用紙における粗点集計欄を配置した紙は,プロフィール表とは別の紙にしたことにより生じたスペースに,粗点集計欄計算方法を掲載しており,一方,新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表を配置した紙は,粗点集計欄とは別の紙にしたことにより生じたスペースに 「系統値の求め方」やYG ,PI検査プロフィール区分表等を設けていること,新ハイブリッド用紙における粗点集計欄は,本件用紙のそれと異なり尺度を示す英字がなく,また,マス目の区切り方において本件用紙のそれと異なること,新ハイブリッド用紙におけるプロフィール表では 「尺度 , 」,「調査される性格特徴」の各欄が左からこの順に設けられているが,本件用紙におけるプロフィール表では,上記「尺度」,「調査される性格特徴」の各欄に相当する欄が,右からこの順に設けられていること,「調査される性格特徴」の内容についての表現が両用紙で異なること,以上の相違点があることが認められる。
(2) 上記のとおり,新ハイブリッド用紙は,本件用紙(昭和41年用紙)の上記創作的な部分を備えており,同部分において同一であるから,本件用紙に依拠し,その内容及び形式を覚知させるものを有形的に再製,すなわち複製したものといえる。被告ら主張の相違点のうち,用紙の枚数及び構成の点は機能的な事柄にすぎず,その余はいずれも表現上の形式的な事柄にすぎない。また,新ハイブリッド用紙の構成要素⑤の「系統値の求め方」は,文字どおり系統値の算出方法を説明したものにすぎない。したがって,上記認定の両用紙の相違点は,いずれも新ハイブリッド用紙が本件用紙を複製したものであることを否定するに足りる本質的なものとは認められない。
5 争点1-5(本件用紙の著作権はP1から被告Yを通じて被告会社に譲渡されたものであるか。)について
前示のとおり,本件用紙は,昭和41年用紙を複製したものであるところ,P1がもともと昭和41年用紙の著作権を有していたこと,P1が平成13年9月18日に死亡し,P1の妻である原告Xがその余の相続人とともにP1を相続したこと(相続分2分の1)は,当事者間に争いがない。したがって,被告らの主張する著作権喪失の抗弁(生前の権利承継,死因贈与,被告Y又は被告会社による原始取得)が認められなければ,P1はその相続開始当時に上記著作権を有していたことになり,P1の妻である原告Xは,昭和41年用紙についてP1が有する著作権の持分2分の1を相続により取得したことになる。そこで,以下,被告ら主張の抗弁の成否について順次検討する。
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(5) 以上のとおり,被告ら主張の著作権喪失の抗弁は,いずれも理由がない。
したがって,原告Xは,本件用紙(昭和41年用紙)の著作権(持分2分の1)を有するものと認められる。
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9 争点1-9(原告Xによる本件用紙の著作権の行使は,権利濫用に当たるか又は被告用紙の販売に合意しない「正当な理由」を欠き,許されないか。)について。
(1) 権利濫用について
被告らは,原告Xによる被告らに対する著作権の行使は,原告Xが主張するところの,①インターネットでのYG性格検査に歯止めをかける,②英語版でのYG性格検査用紙の制作・販売を防止する,との目的以外には許されないとの前提で,原告Xによる著作権行使は権利濫用に当たる旨主張する。
しかし,まず,原告Xによる被告らに対する著作権の行使が上記①及び②の場合に限定される理由は見当たらない。すなわち,原告Xの許諾なく被告用紙の発行等をすることは,原告Xの著作権(持分2分の1)を侵害するものであることが明らかであり,その差止めを求めることは著作権者としての当然の権利であって,その権利行使が原告の主張する上記①,②の場合に限定されるいわれはないことが明らかである。そもそも,被告らは,原告Xが本件用紙の著作権を有すること自体を否認しており,これを前提に原告Xの許諾なく被告用紙の発行等をしている被告らに対し,原告Xにおいて著作権者としての権利行使をすることが上記の理由によって権利の濫用と評価される余地はない。
また,原告Xは,本件用紙の著作権者である以上,本件出版契約におけるP1の地位の承継者(持分2分の1に対応して)でもあるから,本件出版契約書第5条により,原告会社に対し,本件用紙と「同一または著しく類似の著作物」を第三者をして発行させないようにする義務を負っている。そうすると,第三者が本件用紙と「同一または著しく類似の著作物」を発行し又は発行するおそれがあるなど,本件出版契約第5条によって確保された原告会社の利益が侵害され又は侵害されるおそれがある場合は,原告Xは,原告会社に対し,本件出版契約における信義則上,その侵害の排除に協力すべき義務を負うものと解するのが相当である。しかるところ,被告会社は,少なくとも本件用紙と同一の海賊版用紙を発行していたのであるから,原告Xにおいてその排除を求めて権利行使をするのは,本件出版契約に照らして当然のことというべきである。
よって,被告らの上記主張は,理由がない。
(2) 「正当な理由」について
被告らは,原告Xが被告会社による被告用紙の販売について著作権の共有者である被告Yと合意をしないことについては,著作権法65条3項の「正当な理由」が存しない旨主張する。
しかし,被告らは,前示のとおり,原告Xが本件用紙(昭和41年用紙)の著作権を有すること自体を否認し,原告Xに対し本件用紙の出版に係る印税も一切支払っていないこと(当事者間に争いがない。),被告会社による海賊版用紙の発行は,本件出版契約第5条によって原告会社に確保された利益を侵害する行為であることからすると,原告Xが被告会社による被告用紙の販売について被告Yと合意をしないことについては,著作権法65条3項の「正当な理由」があるものというべきである。
よって,被告らの上記主張は,理由がない。
(3) 以上によれば,被告会社による被告用紙(YGPI用紙,旧ハイブリッド用紙,新ハイブリッド用紙及び海賊版用紙)の発行等は,いずれも原告Xの著作権を侵害する不法行為を構成するものと認められる。