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著作権判例セレクション
著作権侵害に基づく損害賠償請求の準拠法(台湾法が問題となった事例)
▶平成23年03月02日東京地方裁判所[平成19(ワ)31965]▶平成23年11月28日知的財産高等裁判所[平成23(ネ)10033]
(参考)
法の適用に関する通則法17条:「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。」
法の適用に関する通則法22条(不法行為についての公序による制限)1項:「不法行為について外国法によるべき場合において、当該外国法を適用すべき事実が日本法によれば不法とならないときは、当該外国法に基づく損害賠償その他の処分の請求は、することができない。」
6 争点(4)ア(著作権侵害①:著作権侵害を理由とする損害賠償請求権についての準拠法)について
(1)
著作物としての保護について
台湾及び日本は,WTOの加盟国であって,TRIPS協定9条1項により,その加盟国は,ベルヌ条約の規定を遵守する義務を負うことから,日本は,台湾に対し,ベルヌ条約に基づく義務を負う。
そして,台湾法人である原告が著作者である著作物は,ベルヌ条約3条(1)a及び著作権法6条3号により,我が国の著作権法の保護を受けることになる。
(2)
著作権侵害に基づく損害賠償請求権についての準拠法
ア 著作権侵害に基づく損害賠償請求の性質は,不法行為であると解されるから,通則法附則3条4項により,同法の施行日(平成19年1月1日)前に加害行為の結果が発生した不法行為によって生ずる債権については法例11条1項により「原因タル事実ノ発生シタル地」の法律が,通則法の施行日以後に加害行為の結果が発生した不法行為によって生ずる債権については通則法17条により「加害行為の結果が発生した地」の法律が,それぞれ準拠法となる。
そして,本件において,原告が著作権侵害であると主張する行為は,原告設計図1及び2から被告各商品を製造する行為であるところ,前記の争いのない事実等のとおり,当該行為は台湾で行われていることからすれば,「原因タル事実ノ発生シタル地」(法例11条1項)及び「加害行為の結果が発生した地」(通則法17条)ともに台湾であると認められ,台湾法が準拠法となると解される。
なお,原告は,ベルヌ条約5条(2)により,台湾法が準拠法となると主張する。しかしながら,前記のとおり,著作権侵害に基づく損害賠償請求は,その被侵害利益が著作権であるというほかは,不法行為一般の問題であって,同規定にいう「保護の範囲及び著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済の方法」とは認められないから,法例11条又は通則法17条によるのが相当である。
このほか,原告は,法例又は通則法には著作権の準拠法に関する明文の規定がないから,条理によって準拠法を決定すべきであると主張するが,前記のとおり,著作権侵害に基づく損害賠償請求の性質は,不法行為であると解され,法例及び通則法には,不法行為によって生ずる債権の準拠法につき明文の規定(法例11条,通則法17条)があるから,原告の主張は,失当である。
イ 以上のとおり,法例11条1項又は通則法17条により,台湾法が準拠法となるところ,損害賠償請求が認められるためには,法例11条2項又は通則法22条1項により,「外国ニ於テ発生シタル事実」又は「外国法を適用すべき事実」が日本法によっても不法となることが必要である。
なお,原告は,これらの各条項の意味につき,日本において,翻案権侵害が違法とされていればよいという意味であると主張するが,条文の文言自体,「発生シタル事実」又は「外国法を適用すべき事実」として,「事実」それ自体を問題としていること,公序に基づき日本法を重畳適用するというこれらの規定の趣旨に照らして,単に翻案権侵害が違法とされればよいというものではなく,事実それ自体,すなわち,本件においては,原告設計図1及び2から被告各商品を製造する行為が,日本法上,不法であることを要すると解すべきである。
争点(4)イ(著作権侵害②:原告が原告設計図1及び2につき著作権を有するか)について
(1)
インベンテック設計図と被告設計図1及び2との実質的同一性
(略)
(3)
小括
以上のことからすれば,原告設計図1及び2は,インベンテック設計図を複製したものであると認められるから,そのいずれも「原告の」著作物と認めることはできない。
よって,原告設計図1及び2について,原告が著作権を有すると認めることはできない。
8 争点(4)ウ(著作権侵害③:被告による著作権侵害行為の有無)について
(1)
台湾法上の著作権侵害の有無
ア 前記6のとおり,著作権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権の準拠法は,台湾法であるところ,原告は,被告による被告各商品の製造が,台湾法上,翻案権侵害になると主張する。
台湾の著作権法上,翻案とは,翻訳,編曲,脚色,映画化その他の方法を用いて,既存の著作物を元にして別の著作物を創作することをいう(3条1項11号)と規定されており,翻案の結果,創作されるものは,著作物であることが要件となる。そして,著作物とは,文学,科学,芸術又はその他の学術分野に属する創作物をいうとされている(同項1号)ところ,被告各商品のような工業製品を設計図に基づき製造することは,設計図の「実施」であって,創作的要素を含むものと認めることはできないから,製造された工業製品が著作物であると認めることはできない。
したがって,台湾法上,設計図から工業製品を製造する行為が,翻案に該当すると認めることはできない。
そして,台湾法上の複製権侵害の有無について検討してみても,台湾の著作権法上,複製とは,印刷,複写,録音,録画,写真,筆写その他の方法を用いて,直接的又は間接的,永久的又は一時的に複製(再製)することをいう(3条1項5号)と規定されており,設計図から工業製品を製造することは,著作物を複製(再製)するものとは認められないから,これが,台湾法上,複製に該当すると認めることもできない。
また,台湾法上,「実施」は,著作権の権利の内容として認められておらず,これが,著作権を侵害するものとは認めることはできない。現に,台湾の裁判例等においても,設計図から工業製品を製造することは「実施」であって,著作権の侵害にはならないと解釈されている。
なお,原告がその主張の根拠として挙げる台湾の裁判例は,平面の美術著作から立体のぬいぐるみを作製した事案に関するものであって,平面の美術著作を立体形式で新たに表現した著作内容であり,新しい創意表現があるため翻案に属すると判断されたものであって,設計図から工業製品を製造したという本件とは,事案を異にする。
イ したがって,台湾法上,設計図から工業製品を製造する行為が,翻案権その他の著作権侵害になると認めることはできない。
(2)
重畳適用される日本法上,不法といえるか。
前記6のとおり,不法行為に基づく損害賠償請求が認められるためには,設計図から工業製品を製造する行為が日本法上不法であることが必要である。
そして,日本の著作権法上,複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいう(2条1項15号)ところ,設計図から製品を製造することが,既存の著作物を有形的に再製するものということはできないから,複製に該当すると認めることはできない。
また,日本の著作権法上,翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)をいうところ,被告各商品のような工業製品は,著作物として保護されるものではないから,設計図に従って工業製品を製造することは,翻案権侵害に該当するということはできない。
そして,設計図から工業製品を製造することが,他の著作権の支分権を侵害するものとも認められない。
このほか,原告は,被告の行為は,一般不法行為を構成するから,日本法上,不法であると主張するが,後記9のとおり,被告の行為が一般不法行為を構成すると認めることはできない。
(3)
小括
以上のとおり,仮に,原告設計図1及び2に原告の著作権が認められるとしても,被告各商品の製造は,台湾法上の翻案権その他の著作権の侵害行為に該当せず,また,日本法上も不法であるとは認められないから,原告の著作権侵害に基づく損害賠償請求は,理由がない。
[控訴審同旨]
(4)
「著作権侵害を理由とする損害賠償請求権の準拠法」に関する主張について
控訴人は,法例11条2項又は通則法22条1項の解釈に関し,これらの条項が適用されるためには,その権利は管轄権のある法律によって成立した権利であれば足り,同種の権利の侵害が日本法上違法であって不法行為と評価されれば足りると解釈すべきとした上で,その解釈によれば,本件では,被控訴人の行為は台湾法上の著作権の一支分権たる翻案権の侵害であるところ,同種の権利たる日本法上の翻案権の侵害も不法行為であって損害賠償請求が認められると主張する。
控訴人の著作権侵害を理由とする本訴請求は,被控訴人がなした平成18年12月1日から同19年11月30日までの行為を理由とするものであるところ,その根拠となる準拠法の決定方法に関する定めは,平成18年12月31日までは「法例」(明治31年法律第10号)により,平成19年1月1日からは「法の適用に関する通則法」によることになる(上記「通則法」の施行期日に関する平成18年政令289号参照)。
ところで,本件のような不法行為の準拠法について上記「法例」はその11条で,「通則法」では17条(不法行為)と22条(不法行為についての公序による制限)で,それぞれ定めているが,法例11条2項又は通則法22条1項による「不法」とは,控訴人が主張するとおり,同種の権利の侵害が日本法上違法であって不法行為と評価される場合をいうと解釈されるところ,その意味は,同種の具体的な権利侵害行為が日本法上も違法であるということであり,本件についていえば,原判決が指摘するように,設計図から工業製品を製造するという具体的な行為が日本法上も翻案権その他の著作権侵害として違法であるという意味であることは明らかである。これを「被告の台湾著作権法違反行為は日本法上も『不法』であるから,台湾著作権法違反による損害賠償請求は本件において可能というべきである」とする控訴人の解釈は,独自の解釈にすぎず,採用することはできない。
なお,原判決は,著作権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権の準拠法を台湾法であるとした上で,本件では,台湾法上,設計図から工業製品を製造する行為は翻案権及びその他の著作権侵害になると認めることはできないとし,さらに,重畳適用される日本法上も,設計図に従って工業製品を製造することは日本法上も翻案権及びその他の著作権の侵害行為には該当しないと判断するものであるから,いずれにしても,控訴人の上記主張は原判決の判断に影響を及ぼすものではなく,失当である。