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著作権判例セレクション

学会への論文投稿により著作権を喪失したと認定した事例

▶令和6627日大阪地方裁判所[令和5()3064]▶令和61129日大阪高等裁判所[令和6()1544]
() 本件における訴訟物は、被告書籍の作成、発行等が原告表(「表2 実地指導者に対するアンケート調査」と題する表の一部)に係る原告の共有著作権(複製権又は翻案権)の侵害であることを前提とする、原告の被告に対する、著作権法112条1項に基づく、被告表を掲載する被告書籍の発行等の差止請求である。

1 争点4(一審原告は、原告表の共有著作権を喪失したか)について
事案に鑑み争点4から判断する。
(1) 補正の上引用した前提事実(4)によれば、本件共同著作者及び一審被告が会員である日本教育工学会においては、甲5論文が同学会へ投稿された当時、同学会論文誌に採録されることが決定された論文等の著作権は同学会に移転する旨が投稿規定に定められていたと認められる。そうすると、同学会の会員である本件共同著作者がした同学会への甲5論文の投稿は、同学会の内部規範である投稿規定に従ってされたものと解されるから、甲5論文が同学会論文誌に採録されることが決定されたことにより、甲5論文の著作権は、同学会に移転したものと認められる。そして、その移転の効果は、甲5論文全体に及ぶと解すべきであるから、甲5論文中に、甲5論文の著作者である本件共同著作者が甲5論文作成前に作成した著作物を含めているのなら、その著作物の著作権も甲5論文と一体のものとして同学会に移転したと解すべきである。
(2) 本件において一審原告は、甲5論文の草稿段階の論文である甲3論文案に掲載された「表2 実地指導者に対するアンケート調査」と題する表の一部(原告表)について有すると主張する共有著作権に基づき、一審被告による著作権侵害を主張しているところ、一審原告の上記主張は、原告表が甲5論文に掲載された甲5表と異なる著作物であることを前提にいうものである。
しかし、原告表と、甲5表のうち原告表に対応する部分(別紙・甲5表)とを比較すると、その相違点は別紙・甲5表の下線付き太字部分の限りであり、最も大きい相違点であっても、「指導計画と準備」・「学習者や学習環境の分析や確認を行う」欄の「行動記述」中、原告表では二重取消線が引かれていた下2欄の記述(ただし、容易に読み取ることができる。)につき甲5表では二重取消線が外されている程度であり、その余の相違点は、原告表の「相手」あるいは「対象者」が「学習者」に改められ、「おこなう」が「行う」に改められるなどの違いに限られるから、原告表と甲5表は表現が実質的に同一であって、原告表が著作物であるとしても、甲5表は原告表の複製物にすぎず、それらは異なる著作物であるとはいえない。
(3) したがって、一審原告を含む本件共同著作者は、甲5論文中に甲5表を含めることによって、甲5論文作成前に作成した原告表を甲5論文に含めたものということができるから、その甲5論文を日本教育工学会に投稿し、同学会論文誌への採録が決定されたことにより、原告表が著作物であって著作権が認められるとしても、原告表の著作権は甲5論文の著作権と一体のものとして同学会に移転し、その結果、本件共同著作者のうちの一人である一審原告は、その著作権を喪失したということになる。
(4) これに対し、一審原告は、甲5論文について、乙2著作権規程所定の著作権譲渡に係る承諾書を同学会に提出しておらず、同学会との間で著作権譲渡契約書を取り交わしてもいないから、原告表の著作権はもとより、甲5論文の著作権も同学会に移転していない旨を主張する。
しかし、証拠によれば、乙2著作権規程は、甲5論文が同学会により受理された令和2年1月17日(甲5)よりも後である令和4年8月1日に施行されたものであると認められるから、甲5論文の投稿に適用されるものとは解されない。また、証拠によれば、確かに、同学会のホームページに著作権譲渡契約書のひな型が掲載されている事実は認められるが、そのひな型には、それが乙2著作権規程等に基づく著作権譲渡について合意するためのものである旨の記載があることからすると、同学会のホームページに著作権譲渡契約書のひな型が掲載されているとの事実を根拠として、乙2著作権規程が施行される前に投稿された甲5論文の著作権の移転について、著作権譲渡契約書の取交しを要するものであったと解することはできない。また、乙2著作権規程の施行時期の点をおいたとしても、甲5論文の受理される遥か以前から施行されていた投稿規定であっても、同受理後施行された乙2著作権規程であっても、論文採録が決定された段階で著作権は移転する旨が規定されている以上、承諾書や契約書の提出を待つことなく著作権は同学会に移転するのであり、承諾書や契約書の提出は権利帰属を明確にするため念のため作成し提出することを求められるものにすぎないものと解されるから、それらの書面を提出していないからといって、著作権は移転していないということにはならないというべきである。
25 したがって、一審原告の上記主張は採用することができない。
2 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の請求は理由がないから棄却すべきであるところ、これと異なる原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消すこととする。