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著作権判例セレクション
市が運営する文学館の展示に係る著作物の職務著作物性が争点となった事例/職務著作該当性(公表要件)
▶令和6年12月23日東京地方裁判所[令和6(ワ)70126]▶令和7年7月9日知的財産高等裁判所[令和7(ネ)10016]
(注)本件(原審)は、被控訴人の元職員である控訴人が、被控訴人が運営する徳冨蘆花記念文学館(本件文学館)の展示室に設置されている解説パネルの内容部分を構成する文章(本件解説文)及び本件文学館で上映されている映像付き脚本朗読作品の内容部分を構成する朗読部分の文章(本件脚本)に係る各著作権は控訴人に帰属しており、被控訴人は上記展示等により控訴人の当該各著作権を侵害していると主張して、被控訴人に対し、著作権法112条1項に基づき本件解説文及び本件脚本の使用差止めを求めるとともに、民法709条、著作権法114条2項、3項に基づき、損害賠償金の一部の支払を求めた事案である。
原審は、本件解説文及び本件脚本は、職務著作に該当し、その著作権は被控訴人に帰属するとして、控訴人の請求をいずれも棄却したところ、これを不服として控訴人が控訴した。
控訴人は、当審において、上記損害賠償請求を主位的請求とし、予備的請求として同額の不当利得返還請求を追加した。
1 争点1(本案前の争点)について
⑴ 前訴2判決の既判力の及ぶ範囲
前訴2判決で判断の対象とされた訴訟物は、編集著作物としての本件各展示物に係る著作権及び著作者人格権に基づく請求権であるのに対し、本件差止請求に係る訴訟物は、本件各展示物のうち、言語の著作物としての本件解説文及び本件脚本に係る著作権に基づく請求権である。
そうすると、前訴2判決と本件差止請求は、訴訟物を明らかに異にするものであり、編集著作物はその編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼすものではないから(著作権法12条2項)、前訴2判決の既判力が本件に及ぶとする被告の主張は、編集著作物の意義を正解しないものといえる。この理は、訴訟物が明らかに異なる以上、信義則違反をいう被告の主張にも同様に当てはまるといえる。
したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。
⑵ 前訴3判決の既判力の及ぶ範囲
本件における差止請求に係る訴訟物は、前訴3の控訴審における請求拡張部分の趣旨をいうものであり(令和6年7月4日付け原告準備書面参照)、当該請求拡張部分は、同控訴審において全部却下されている以上、前訴3判決の既判力は、本件における差止請求に係る訴訟物に直ちに及ぶものとはいえない。
【前訴3判決で判断の対象とされた訴訟物(控訴審における請求拡張前のもの)は、本件解説文及び本件脚本に係る著作権侵害を理由とする本件パネル及び本件映像作品の使用差止請求権であるのに対し、本件差止請求に係る訴訟物は、本件解説文及び本件脚本に係る著作権侵害を理由とする本件解説文及び本件脚本の使用差止請求権であるから、侵害行為が異なり、訴訟物を異にするから、前訴3判決の既判力は、本件差止請求には及ばない。また、本件訴えが信義則に反すると認めるに足りる事情も認められない。】
2 争点2(著作権の帰属先)について
⑴ 前訴1判決の既判力の及ぶ範囲
原告は、前訴1判決により、本件図録の著作権者が原告であることは確定しているところ、本件図録は本件解説文をそのまま複製したものであり、同一の著作物の著作権者が別個になることはないのであるから、本件解説文の著作権も、本件図録と同様に原告に帰属する旨主張する。
しかしながら、前記前提事実及び証拠によれば、原告に帰属する権利として前訴1判決が確認したのは、本件図録(本件解説文のほか、徳富蘆花の生涯に係る多数の写真や、「徳富蘆花(健次郎)譜」に係る記事等が掲載されているもの)の著作権であり、本件図録に収録されている本件解説文に係る著作権ではないのであるから、原告の主張は、その前提を欠く。【したがって、控訴人の主張は採用することができない。】
⑵ 職務著作該当性
前記前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成元年3月6日に徳富蘆花記念会館展示計画検討委員会議を開催し、本件文学館の展示室における展示テーマ等について協議したこと、原告は、同月22日に、同展示計画に関する業務に従事するために学芸員として被告に採用され、その後本件各展示物の作成など当該展示室の製作に従事してきたこと、本件文学館は、原告の在職中である平成元年11月1日に開館して、本件解説文を含む本件パネルや、本件脚本を用いた本件映像作品は、本件文学館において公開されたこと、以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば、本件パネルを構成する本件解説文及び本件映像作品の脚本部分である本件脚本は、被告の発意に基づき、被告の業務に従事する原告が、職務上作成し、被告が、本件文学館を運営する被告名義の趣旨で【公表するものとして作成されたもの】であると認めるのが相当であるから、本件解説文及び本件脚本は、職務著作に該当するものといえる。したがって、本件解説文及び本件脚本の著作権は、被告に帰属すると認められる。
これに対し、原告は、被告に採用される前に、本件解説文及び本件脚本を創作していたと主張するが、これを裏付ける客観的な証拠はない一方、原告が学芸員として採用されてから、約7か月かけて本件解説文を含む本件パネルや、本件脚本を用いた本件映像作品を製作していたという上記経緯を踏まえると、本件解説文及び本件脚本は、被告に採用されてから創作されたものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる的確な証拠はない。
また、原告は、実態としては請負作業のような業務をしていた旨主張するが、これを裏付ける契約書その他の客観的な証拠はない上、原告が被告の学芸員として正式に採用されていた事実関係に整合するものとはいえない。
さらに、原告は、徳富蘆花記念会館展示計画検討委員会議においては、展示内容を構想するための基本となる創作については話し合われなかった旨主張するが、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件文学館の展示構想として「考えられる展示テーマ」を、「蘆花の一生(年表・系図含)」、「蘆花の作品」、「不如帰」、「徳富蘆花とその時代の人々(映像)」とすることなどが話し合われたことが認められる。そうすると、徳富蘆花記念会館展示計画検討委員会議においては、現に、展示内容として本件解説文を含む本件パネルや、本件脚本を用いた本件映像作品を構想していたといえるから、原告の主張は、その前提を欠く。
そもそも、原告は、本件文学館の展示室に関する業務に従事するために学芸員として被告に採用され、その展示室の完成まで当該業務に従事してきたのであるから、仮に、原告がその業務に多大な貢献をしたのに本件文学館の館長に任命されなかったとしても、これらの原告に酌むべき事情は、職務著作該当性という著作権の帰属を左右するものとはいえない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
[控訴審同旨]
1 当裁判所も、本件解説文及び本件脚本は職務著作として被控訴人がその著作者となるものであって、控訴人の請求(当審における追加請求を含む。)はいずれも理由がないと判断する。
その理由は、次のとおり原判決を補正し、後記2のとおり当審における控訴人の追加請求に係る主張、補充的主張等に対する判断を付加するほかは、原判決…に記載のとおりであるから、これを引用する。
(略)
(1)
争点6(不当利得の成否及び不当利得額)について
控訴人は、被控訴人が法律上の原因なく控訴人の労務によって利益を受け、控訴人が損害を被ってきたと主張する。しかし、前記補正して引用する原判決…で判示するとおり、控訴人は、被控訴人との任用行為に基づき、本件文学館において展示・上映するために本件パネル及び本件映像作品を製作したものであり、本件解説文及び本件脚本は本件パネルや本件映像作品の内容部分を構成するものであるから、被控訴人が本件解説文及び本件脚本を展示等して利用していることにつき、法律上の原因があるといえ、控訴人の主張は採用できない。
したがって、控訴人の不当利得返還請求は認められない。
(2)
控訴人は、本件図録は編集著作物ではないから、本件図録が編集著作物であることを理由として、前訴1判決の既判力は本件解説文に及ばないとした原判決の判断は誤りであると主張する。
しかし、前訴1判決が判断の対象とした本件図録と本件訴訟の判断の対象である本件解説文とは、著作物としては別個のものであるから、前訴1判決の既判力によって、本件解説文の著作権が控訴人に帰属するということはできない。
したがって、本件図録が編集著作物であるか否かによって、前訴1判決の既判力が本件解説文に及ぶか否かが左右されるものではないから、本件図録は編集著作物ではないとしても、前訴1判決の既判力が本件解説文に及ばないことに変わりはない。
(3)
控訴人は、本件解説文や本件脚本が、長らく本件文学館に展示されていたとしても、被控訴人の著作者名義で公表されていないから、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」の要件に該当しないと主張する。
しかし、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」とは、著作物作成時に法人等の著作名義で公表することが予定されていればよく、実際に公表されたか否かには関わらないと解される。そして、前記補正して引用する原判決…において判示するとおり、本件解説文は本件パネルの内容部分を構成する文章であり、本件脚本は本件映像作品の内容部分を構成する朗読部分の文章であるところ、本件パネル及び本件映像作品は、本件文学館において展示等するために製作され、本件文学館において公開されたことが認められるから、本件解説文及び本件脚本は、本件文学館を運営する被控訴人の著作の名義の下に公表するものとして作成されたものと認められる。そうすると、被控訴人の著作者名義で公表されていないとしても、「法人等が自己の名義の下に公表するもの」の要件に該当しないということはできない。
(4)
以上のとおり、控訴人の主張はいずれも採用することができない。また、控訴人はその他にも様々な主張をするが、いずれも上記認定判断を左右するものではない(なお、控訴人は、原判決に民訴法246条違反があると主張するが、原判決は、原審第1回弁論準備手続において控訴人が陳述したとおりの請求の趣旨に対して判決しているのであるから、同条違反があるとは認められない。)。
3 結論
したがって、控訴人の請求(当審における追加請求を含む。)は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。よって、控訴人の原審における請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における控訴人の追加請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。