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著作権判例セレクション
Herbert
Rosenthal Jewelry Corp. v. Edward and Lucy Kalpakian, Etc., 446 F.2d 738 (9th
Cir. 1971)
~「アイディア」と「表現」が分離・区別できない場合における著作権による保護~
問題の背景
著作権法は、「表現保護法」であって、「アイディア保護法」ではないことは、国際的な了解事項であって(**1)、わが国のみならず、アメリカにおいても(**2)当然に妥当する、著作権法理論を支える「大原則」の1つであると言っても過言ではありません。この原則は、まさに、「著作権による保護は、特許とは異なり、アイディアを表現したものに対してのみ与えられ、アイディアそれ自体に与えられるものではない」(Unlike a patent, protection is given only to the expression of the
idea -- not the idea itself.)こと、「著作権は、著作物の中のあるアイディアの特定の”表現”の利用を禁止するものであって、その”アイディア”それ自体の利用を禁止するものではない」(A copyright bars use of
the particular "expression" of an idea in a copyrighted work but does
not bar use of the "idea" itself.)こと、それ故にまた、「その”表現”を剽窃するものでない限り、誰でも自由にその”アイディア”を利用できる」(Others
are free to utilize the "idea" so long as they do not plagiarize its
"expression.”)ことを意味しています。
(**1)
例えば、WIPO著作権条約2条は、“Copyright protection extends to
expressions and not to ideas, procedures, methods of operation or mathematical
concepts as such.” 「著作権による保護は、表現されたものに及び、アイディア[思想]、手順[手続]、運用[操作]方法又は数学的概念それ自体には及ばない。」と明記している。
(**2)
連邦著作権法§102.(b)参照。なお、「アイディア-表現二分法」(idea-expression dichotomy)に関するリーディングケースとしてBaker v. Selden事件参照。
それでは、実際問題として、この「アイディア」と「表現」の区別がつきにくい事例では、どう考えたらよいか。例えば、ここに、「ミツバチをモチーフにして宝飾されたピンを制作しよう」と考えた者が2人いたとします。彼らは、お互い独立して、つまり、お互いのデザインに「依拠」することなく、自然のミツバチの形態にできるだけ似せたもの(lifelike representations of a natural bee)を制作しました。その出来上がった物(表現物)は、当然のことながら、お互い、非常によく似ています。この場合、どちらかが、一方の制作行為を、自身の制作に係るミツバチのピンの著作権を侵害するものとして正当に権利主張できるでしょうか(ここでは、依拠性や応用著作物性に関する論点はひとまず措いておきます)。本ケースは、まさに、このように、「アイディア」と「表現」が分離・区別できない(inseparable, indistinguishable)場合に係わる事例です。
「アイディア」と「表現」が分離・区別できない場合における著作権による保護
本ケースの原告及び被告は、ともに、宝飾品のデザイン、製造及び販売に従事している者です。本ケースにおける争点は、原告の「宝石が装飾された、金製のミツバチの形をしたピン」(a pin in the shape of a bee formed of gold encrusted with jewels)(なお、このピンに関しては、連邦著作権局に登録されていました。)と「類似している」と原告が主張するところの宝飾されたミツバチのピンを被告が製造販売したことが、原告の当該ミツバチのピンに係る著作権を侵害したか、という点です。この点、原審(連邦地裁)は、被告の製造に係る宝飾されたミツバチは、「実際にミツバチに見える」ということ以外に原告のミツバチとは「実質的に似ていない」(defendants' jeweled bees were "not substantially similar"
to plaintiff's bees, except that both "do look like bees.")、と判示しました。そして、上訴審である第9巡回区控訴裁判所も、この原審の判断を支持しました。
本ケースにおける上訴裁判所も自認しているように、「”アイディア”と”表現”の間に決定的な区別を設けることは難しい」(The critical
distinction between "idea" and "expression" is difficult to
draw.)と言えそうです。「はっきりしていることは、模倣者は、いつから、”アイディア”をコピーすることを越えて、その”表現”を借用することになるのか、この点に関して明確に述べている一般法理は1つもない、ということである」(Obviously, no principle can
be stated as to when an imitator has gone beyond copying the “idea,” and has
borrowed its “expression.”)と言えるかもしれません。
もっとも、「アイディア」と「表現」の保護を区別するために考慮すべき指針として、特許法(デザインパテントとして意匠を含む。)と著作権法の中で反映されている、自由競争と(独占排他権による)保護の間のバランスの保持(The guiding consideration in drawing the line is the preservation
of the balance between competition and protection reflected in the patent and
copyright laws.)、ということは挙がられるかもしれません。つまり、ある「表現」を保護することが、実際には、その「表現」と実質的に一体不可分となっている「アイディア」を保護することに帰するような場合には、著作権による保護を否定すべきである、というものです。「アイディア」と「表現」が混然一体と融合していて両者を区別できない場合に著作権法による保護を容認することは、著作権が無方式主義のもとで、その独占期間も長期に及ぶことを考慮すると妥当ではないと考えられるからです。特許法における厳格な方式主義(あるアイディアに独占排他性が付与されるのは、独立した専門官庁が新規性や進歩性をいった厳格な法定要件を満たすか否かを審査した上で正式に登録することによって担保されている。)に基づくさまざまな条件や制限をすり抜ける形で当該「表現」(実質的には「アイディア」)を(著作権法によって)保護することは、著作権法や特許法を含む知的財産権法全体のバランスを崩すことになる、ということでしょう。
上訴裁判所は、宝飾されたミツバチのピンは、特許の及ばないパブリックな市場で何人も自由に製造することができるもので、それ故に、当該宝飾されたミツバチのピンは、被告が自由にコピーすることができた「アイディア」である、と判示しました。「原告のピンと被告のピンの間には、ともに宝飾されたミツバチの形態を利用することから生じる避けられない類似性を超えるほど大きな類似点はない」(There is no greater similarity between the pins of plaintiff and
defendants than is inevitable from the use of jewel-encrusted bee forms in
both.)との解釈が、上記判断を導く前提となっています。
本ケースにおける上訴裁判所は、結論として、次のように締めくくっています:”アイディア”と”表現”がこのように分離できない場合には、”表現”をコピーすることは、妨げられない。なぜなら、そのような場合において”表現”を保護するとしたら、それは、特許法で要求される条件や制限を受けることなく、著作権者に”アイディア”に対する独占権を付与することになるからである。(When the
"idea" and its "expression" are thus inseparable, copying
the "expression" will not be barred, since protecting the
"expression" in such circumstances would confer a monopoly of the
"idea" upon the copyright owner free of the conditions and
limitations imposed by the patent law.)